10月31日。
今日では有名になっているハロウィンというイベントは、本来、ケルト人の収穫感謝祭であった。
この夜は死者の霊が戻る、あるいは精霊や魔女が現れると言われており、これらから身を守るために仮面を被り、魔除け
の火を焚いていたという。
それがカトリックの行事として取り入れられ、現代では収穫を祝うでも、諸聖人を祝うでもなく、ただただイベントとし
て確立されたのだ。
先人たちはまさか神聖なる行事がこのようなものに変わっているとは思うまい。
お化けの仮装をし、家々を訊ねてお菓子を強奪――などという一風変わったイベントになっているなどとは。

「トリックオアトリート!!」
私の一言に、千鶴ちゃんの目は一瞬、点になる。
因みに彼女の頭には三角帽。
おお、可愛い魔女っ子だ。
これは可愛いから絶対に野郎から守ってあげなきゃいけないなぁなんて思いながら差し出した手に返ってくる物もなけれ
ば声もなく、というか反応自体がないことにちょっとだけ居たたまれないものを感じて、あの、その、と口を開いた瞬間、
「きゃあぁああ!」
千鶴ちゃんの口から歓声が上がった。
あれ?おかしい、ここは歓声が上がるところではなくて、お菓子が出てくる所なのに。
もしくはそれ悲鳴?
私悲鳴上げられるほど似合わない?
「さん、可愛いです!!」
千鶴ちゃんは目をきらきらと輝かせてそう言った。
「いや、可愛いのは君のほ‥‥」
「猫さんですか!?
黒猫さんですよね!?」
いつもの慎ましやかな彼女は一体どこへ?これも魔女っ子コスプレ効果なのか、千鶴ちゃんが私の言葉を遮って、興奮し
たように言葉を連ねる。
「あ、いや、うん、猫っていうか‥‥」
私が化けているのは魔女の傍らにいる黒猫。
黒猫って言っても、別に毛皮を纏ってるわけじゃない。
10月って言っても、あれは暑い、上に、毛皮なんぞ高校生が持ってるわけがない。
ただ、全身を真っ黒にして、耳と尻尾を着けてるだけだ。
しかも半袖、ショートパンツ。
実はこの上にファーつきの真っ黒いパーカーを着てたんだけど、暑くて脱いだらこんな格好になったという。
尻尾と耳がなければただの真っ黒人間。
‥‥うわ、今更ながらチョイスを間違ったかも知れないと後悔しても遅い。
「可愛いです可愛いです!!すごく可愛いです!!」
きらきらと目を輝かせた千鶴ちゃんが私に飛びつかんばかりの勢いで言った。
「え?いや、あの、その、ありがと‥‥う?」
「さんは絶対猫が似合うと思ってました!」
「ああいや、それはよく言われるっていうか‥‥」
「まさしく黒猫、ですね!」
髪は茶色ですけどねー
っていうか、茶色い髪から覗く真っ黒い猫耳。
おかしくないか?
そこ突っ込まなくても大丈夫?
「大丈夫です!!」
千鶴ちゃんは妙に強く、言い切った。
「さんはとっても可愛い黒猫さんです!」
魔女っ子効果、恐ろしい。
それはそうと‥‥と私はちょっとばかり勢いを殺がれて、だけど差し出した手を引くことは出来ずに、その、と口を開いた。
「トリックオアトリート。」
ハロウィンと言えばこれ。
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ」
ってどんだけ質が悪い押し掛け強盗だよと言いたくなるような決まり文句と、お化けの仮装。
「あ、そうでしたっ」
二度目の催促に千鶴ちゃんは慌てて手に持っていた鞄から一つ一つラッピングされたカップケーキを乗せてくれた。
素晴らしい、手作りだ。
「よろしかったら召し上がってください。」
「こちらこそよろしかったら食べさせてください。」
なんて言いながら、カップケーキをいそいそと開く。
すぐに食べるのも勿体ない気がするけど、他の人間に奪われたら泣くに泣けない。
ぱくりと一口で食べられるサイズのそれは、やっぱり美味しい。
甘さの半分は優しさで出来てます‥‥なんてどっかの鎮痛剤みたいな暖かい味のするカップケーキをぺろりと平らげると
千鶴ちゃんはあの、とおずおずと手を差し出してきた。
「トリックオアトリート‥‥です。」
です、の言葉と共に傾げられる首。
上目遣いに見られて思わず私は動きをぴしりと止めた。
そして、
「‥‥‥千鶴ちゃん、それ、男の子の前でやっちゃ駄目よ?」
真剣な顔で彼女の手に乗せたのは『○っちゃんのスルメイカ』
※注意※
今回のハロウィンは、それぞれの立場が逆転しております。
生徒が教師に、教師が生徒に、といった風にいつもの立場が違う状況の内容となっております。
さて、あなたがお菓子を強請る相手は?
沖田先生
藤堂先生
斎藤先生
原田君
土方君
イラスト(ポカポカ色様)
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