怒鳴るような声に、の顔が恐る恐るといった風に上げられた。
その瞳はめいっぱい開かれていて、俺を、心底驚いたように見上げている。
今、なんて言ったの?
って感じの声がその表情から感じた。
俺は乱れた息を、一度、吸って、吐く事で抑えた。
「‥‥俺は‥‥おまえが好きだ。」
声が震えないか、心配だった。
2年間も片想いしててあんだけ想いを募らせてったってのに、洒落の一つもねえべたべたな告白だと思う。
好きだ。
なんて言葉じゃ片付けられねえくらいそいつの事を想ってるのに、結局出てきたのはそんな言葉だ。
多分、言葉で飾った所で伝わりきらねえけど‥‥
「俺は、おまえが好きだ。」
もう一度言葉を刻むと、の空いた口が塞がった。
こくりと息を飲むのが聞こえる。
飲み下した次の瞬間、驚いたようなそれに、戸惑いの色が広がった。
拒絶の色じゃない事にほっとしつつ、今更んなって気恥ずかしさがこみ上げてくる。
好きだなんて告白したのは生まれてこの方初めてだ。
なるほど告白ってのは本当に勇気がいるもんなんだなと今までこんな俺に告ってくれた女の事を思い出した。
「‥‥」
俺は黙っての顔を見つめた。
俺の気持ちはちゃんと伝えた‥‥後は、の答えだけ、だ。
じっと真っ直ぐに見つめると琥珀が答えを迷うように左右に振れる。
こりゃ玉砕決定かなとずんと腹の奥が重たくなった時、はでも、と戸惑うような言葉を漏らした。
「原田君‥‥千鶴ちゃんの事が好きだったんじゃないの?」
ごめんなさい、でも、困る、でもなく、予想外の言葉に今度は俺が驚く番だった。
は?とかムードのねえ声を思わず上げて、俺は眉間に皺を寄せる。
「なんで、そこで千鶴が出てくんだ?」
俺、千鶴の事なんか言ってたっけか?と訊ねると、はだってと反論する。
「今日、屋上で千鶴ちゃんと一緒にいたとき‥‥」
屋上?
「‥‥もしかしておまえ、あそこにいたのか?」
問いにはう、と小さく呻いた。
気まずそうに視線を背けて、その、と言いよどみながら、白状する。
「貯水槽の上に‥‥」
「‥‥のぞき見してたってわけか?」
「違います!
私が先にいたんだから、私のせいじゃないです!」
「分かった分かった。」
子供みてえに反論するに分かったと答えて、先を促した。
は一瞬、言うか言うまいか、という風に悩んで、それでも俺がじっと瞳を覗き込んで辛抱強く先を促すもんだから、
それに耐えられなくなったのか、観念したように口を開いた。
「あの時の原田君‥‥千鶴ちゃんにすっごい優しい表情を浮かべてたから。」
「‥‥」
「私が、見た事ないような顔だったから。」
だから、
てっきり千鶴ちゃんが好きなんだと。
そう消え入りそうな声で告げて、唇を緩く噛んだ。
多分、
無自覚なんだろうけど、その表情は、
悔しそうな、
拗ねたような、
表情で。
「――」
じわりと言葉と表情の意味とが俺の中に染みこんでくると、ふっと口元がだらしなく歪むのが分かった。
笑ったら絶対にこいつは拗ねると思ったけど、止められない。
だって――
千鶴の事を俺が好きかも知れないって事が、悔しいって事だよな?
嫌ってことだよな?
なあ、それってさ――
「‥‥嫉妬‥‥?」
俺のぽつんと零した言葉に、がくわっと目を見開く。
そして次の瞬間顔を一気に真っ赤にしたかと思うと、ぶんぶんっとものすごい勢いで首を振った。
「ち、違うっ!」
その反応がモロ図星って反応で、俺は思わず笑いを零した。
一度出てしまうとそれは止まらなくて、こんな状況だっつーのにふははとおかしげな笑みが溢れた。
半分はおかしくて、
半分は、
嬉しくて、だ。
一方のは顔を真っ赤にして、怒ったような顔で俺の胸を叩いた。
「違います!嫉妬とかじゃなくて!」
ぽかぽかと叩きながらは言い訳を口にする。
多分パニックに陥ってるんだろうな。真っ赤な顔で必死に言い訳する姿が、可愛い。
「好きな子がいるなら好きな子にすればいいじゃないとか思ったわけで!」
断じて嫉妬じゃないとは言い張った。
いや、否定すればするほどドツボに嵌ってるってことをこいつはわかってんのかな?
でもって否定すればするほど、俺を喜ばせるって事に、さ。
だって俺が千鶴を好きかも知れなくて、それに対してんな反応するのってさ‥‥つまり。
俺は夢にも思わなかった事に、心の底から笑いがこみ上げてくるのが分かった。
なんつうか、暖かいようなくすぐったいような優しいような気持ちになって、口元を綻ばせるとそれまで俺を怒ったよう
な恥ずかしそうな顔で睨んでいたそいつの表情がまた驚いたような顔になって、
「が好きだ。」
俺は、もう一度口にした。
ちゃんと俺が、誰を好きなのかを。
「千鶴じゃなくて、おまえが好きだ。」
もし、千鶴に対して優しい表情を浮かべていたのだとしたら‥‥きっとそれはそいつがの大事な奴だから。
が大事にしているから、俺も大事にしたくなった。
純粋に千鶴の優しさが嬉しかったってのもあるけど、半分はそれだ。
それに、俺は、
千鶴に対するものよりも、もっと色んなものをあげたいと思うのは、
「だけだ。」
彼女だけ。
「‥‥‥」
俺の嘘偽りない最初で最後の告白に、はやがてくしゃっとなんでか泣きそうな顔に歪めて、
「っ!!」
まるで衝動的に、
飛び上がるようにして、
そいつの柔らかい唇が俺のそれと重なった。
一月振りに触れたそれは、あの時よりももっと、甘く感じた。

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