「きて」
  という切羽詰まった声を漏らして、は俺の腕を引く。
  なんだろうかと足を止めれば「いいから」と振り返った瞳が、ひどく飢えた色を湛えているのに気付いた。
  俺は分かった。
  は、今、
  欲情していると。
  そいつは今、
  欲しいと思ってるんだと。
  俺の事を。
  そう思ったら、俺が拒めるはずがなかった。


  行き先はの家だ。
  洒落たマンションの一室。
  無言のまま俺を引っ張って部屋に入り、靴を脱ぎ捨てるようにして上がった。
  オートロックで良かったと思う。
  その時の俺たちには鍵を掛けるなんて余裕がなかった。

  通されたのは寝室だった。
  部屋にはの香りが染みついている。
  どこか甘いそれに、俺はとんでもなく興奮した。
  ベッドの上はきちんと整頓されている。
  やっぱり女だな、と思った。
  俺みてえに起きっぱなしの、ぐちゃぐちゃってわけじゃねえ。
  きちんと整えられた布団の上に、は俺を引っ張って、押し倒した。
  ぎしっとスプリングが軋む。
  その上にが重なって、悲鳴みたいに軋む音が強くなった。

  「原田くっ‥‥」
  は俺の上に乗っかると同時に唇を合わせてきた。
  一月振りに触れた唇は、俺が思っていたよりも、甘く、そして切ない感じがした。
  思わず瞳を眇めると、合わせた唇を小さな舌で舐められた。
  唾液で俺の唇を濡らして、それから濡れた琥珀が俺を見下ろして、
  「あけて」
  と声に出さずに告げる。
  その瞬間にばちりとスイッチが切り替わった気がして、俺は手を伸ばしてそいつの頭を掴むと深く唇を合わせた。
  求めるように開かれた唇の隙間から舌を差し込んで、強く、絡める。
  引き抜くように強く吸うと、びくんと俺の上で華奢な身体が跳ねた。
  「んぅ」
  と鼻から抜けるような甘い声に、ぼうと、頭の芯が霞む。
  もっと、欲しくて、しっかりと抱えて角度を変えると更に舌を奥まで差し込んだ。

  「

  激しすぎるキスの最後に、名前を呼ぶ。
  先生、でもなく、雪村、でもなく、
  名前を呼ぶのは特別な関係‥‥だと思う。

  、と呼ぶと、そいつは心底嬉しそうに笑った。
  許されたと思うと、嬉しくて、だけど同時に衝動がこみ上げてきて、俺はそれを必死で堪えた。
  あの時、初めてを抱いた時を上回る凶暴な欲が俺の中に渦巻いている。

  ――荒々しく触れて、暴いて、突き立てて、揺さぶって、
  ――泣かせて、縋らせて、求めさせたい。

  傷つけたくない。
  守ってやりてぇって思うのに。
  中に渦巻いてるのはそんな男の欲、だ。
  それに、は気付いているのか、いないのか。

  「‥‥はらだくん。」

  俺の頬に手を伸ばして、そっと包む。
  小さな手に重ねて、包み込むと、は愛おしむような目で俺を見下ろして、笑った。

  「いいんだよ。」

  何が、
  いいのか、
  俺には分からなかった。
  だけど、その一言で全てを許されたと、俺は一方的に決めつけた。

  たがを外せば激流の飲まれるのはすぐ、だ。

  ぐるりと身体の位置を交換して、を下に、俺が上に。

  期待で揺れるその瞳を俺は見下ろして、最後通達を告げる。

  「抱くからな。」

  は本当に、嬉しそうに、うん、と頷いた。



  「‥‥っ」
  ずぶりと熱く柔らかい肉をかき分けて、俺の性器を奥にねじ込む。
  あれだけ慣らして、いっぱい濡らしたってのに、の中は相変わらず、狭くてきつい。
  でもって、すげぇ気持ちいい。
  うかうかしてると俺の方が先にイっちまいそうで、締め付けられる度に息を詰めなくちゃならなかった。
  実際、の方が辛いんだろうが‥‥

  「‥‥いっ、ぅっ‥‥」

  苦しげに寄せられた眉に、噛みしめられた唇から漏れる痛みを堪えるような声。
  少しでもそれを和らげてやりたくてキスを繰り返すけれど、だからって中に潜り込む大きさは変わらねえし、の中だ
  って広がるわけじゃねえ。

  「悪い、な‥‥」

  汗で張り付いた前髪を掻き上げて、額にキスを落とす。
  と、が目を開いて涙で濡れた瞳を俺に向けた。
  「はらだくん‥‥」
  「どうした?」
  「‥‥いたい?」
  呼びかけになんだと訊ねると、にそう聞かれた。

  痛くないか、って。

  質問に俺は思わず目を丸くして、次に噴き出した。
  「‥‥なんで、笑う、の?」
  笑い出した俺には不満げに唇を尖らせた。
  いや、だって、さ。
  「ここ、普通、俺が聞くところ。」
  どう考えても、の方が痛そうじゃん?
  と俺が笑いながら言うと、は首を少し捻った。
  「だって‥‥原田君、痛そう、だもん。」
  「‥‥そりゃ、幸せの痛みってヤツだろ?」
  「なに、それ‥‥ぁンっ!」
  ぐ、と腰を押しつけると狭かった内部のそのまた奥に先が滑り込んだ。
  にゅると滑るような感触に腰がぞくりと震える。
  唇を咬んでこみ上げる射精感に耐えると、が寄せていた皺を解いて、熱い溜息を一つ漏らし、もう一度瞳を開いた。

  「はらだ‥‥くん‥‥」

  一瞬、焦点が合わないようで瞳が彷徨う。
  それを合わせるように覗き込むと、琥珀が俺の瞳とばちりと合って‥‥

  「‥‥はらだくん‥‥」

  ふわりと、笑った。
  それがあんまり幸せそうで‥‥俺は胸の奥がきゅうっと締め付けられた気分になった。

  好きだと思った。
  本当に。
  心の底から。
  こいつの事を愛してると思った。

  「っ」
  嬉しくて、苦しくて、堪らなくて、俺は唇に噛みつくようにキスをした。
  そうして細い身体を抱きしめながらもう我慢出来ねえって風に腰を動かしはじめるとくぐもった悲鳴が俺の口の中に上がる。
  ぐじゅっと濡れた音を立てて粘膜同士が擦れ合った。
  まるで体内でもキスしてる、みてえに。

  「っ‥‥くっ‥‥ぁあっ!」

  唇を離せばの口からはもう意味を成さない喘ぎしか漏れない。

  ぎ、ぎしとベッドが悲鳴でも上げるみてえに軋む。

  「っ、っ」

  俺は名前を縋るみたいに何度も呼んだ。
  名前を呼べばその度に背中に回された手に力が込められて、ちりりと肌を爪が裂いた。
  初めて抱いた時よりも、俺は夢中でそいつを抱いていた。
  だけどあの時よりもずっと快感を覚えるのは、心が繋がったからだろうか?
  いや、まだ好きだなんて決定的な言葉を言われちゃいないんだけど、それでも今は受け入れてくれる事が嬉しくて堪らない。
  俺を、
  求めてくれる事が嬉しくて、堪らない。

  「‥‥すきだ」

  好きだ。
  この世界の誰よりも。
  何よりも。

  「‥‥らだ‥‥くっ‥‥」

  縋るような琥珀を見下ろして、俺は余裕のない笑みで、告げた。

  「愛してる――」

  愛してるなんてらしくもねえ言葉だとは分かっている。
  それでも、好きだなんて言葉じゃ伝えきれなくて、その言葉を口にした瞬間、
  の顔が泣き出す寸前みたいなそれになった。

  そうして、

  「っ―――ぁ!」

  甲高い声を漏らし、身体を引きつるようにしてが絶頂を迎える。
  ぎゅうっと引きちぎるみてえに膣が引き絞られ、それに俺の射精感は一気に煽られ、

  「っぁっ」

  掠れた声を漏らし、ぎりぎりまで堪えて性器を引き抜くとの太股に白濁を吐き出した。



  好きだと。
  愛していると。
  あと何百回言えば‥‥俺は満足できるだろう?

  いや、きっと、何度告げてもこの想いは褪せず‥‥
  告げるたびに募っていくんだろう。

  俺は傍らで眠る愛しい人を見つめて、そんな事を思った。