「原田君!付き合ってください!」
  「あの、私、友達からで良いんです!」
  「少しでも良いから考えて貰えませんか?」
  「お願いします。」

  校門前で毎日のように、だけど相手は毎日違って、やりとりが繰り返される。
  私はぼんやりと職員室からこんなに女子って世の中にいるんだなぁなんて他人事のように思いながら、小さな女の子の前
  に変わらず佇む大きな彼を見つめた。
  彼が今、どんな顔をしているかは分からない。
  ただ、彼の答えは分かった。
  毎日繰り返されていたから。

  「悪い。」

  どうして彼はそう頑なに拒むのだろうかと、私は長くなる影を見ながら、疑問に思った。



  右良し、左良し。
  前方良し、後方は‥‥ないな、壁だ。
  私はよし、と一つ頷くと、高校の時インターハイにさえ出場できるほどだった俊足を生かして、彼の背後へと回った。
  のんびりと中庭のベンチに腰掛けて日向ぼっこをしている彼、

  「永倉君。」
  「うぉうっ!?」

  突然、背後から声を掛けられ、永倉君は驚いたように飛び上がり、振り返る。
  「な、なんだ、先生かよ。」
  脅かすなよ、と言う彼に私はごめんごめんと謝りながら彼の隣に腰を下ろした。
  原田君の姿はない。
  さっき確か南棟の購買に出掛けたというのを聞いたから恐らく暫く帰ってこないだろう。この時間の購買は、混む。
  時間もないので早速本題に入った。
  「原田君ってなんで彼女作らないわけ?」
  「え?」
  唐突な話題に彼が驚くのも無理はない。
  彼の話をしていたわけではないし、何より私が聞く事じゃない。
  だって私は教師だ。生徒が誰と付き合うとか付き合わないとか、なんて、聞く事じゃない。普通。
  「ほら、毎日のように彼、告白されてるって聞いたからさ。」
  彼が怪訝に思う前に畳みかけるように言葉を続けた。
  「別に生徒が誰と付き合おうとかそういうのは構わないんだけど、ほら、毎日他校の生徒さんが来て、校門前で告白‥‥
  なんて、ちょっとまずいでしょ?」
  「‥‥確かに‥‥」
  永倉君は僅かに眉を寄せて頷いた。
  まずい事があるのかどうか‥‥と聞かれればうちの校長はまず「青春だ!」とか言って黙認してくれるだろうけど、彼は
  誤魔化されてくれたので良しとする。
  恐らく彼の場合は学校的に、とか風紀的にとかそういうものの前に羨ましいから止めて欲しいというのがあるんだろうな。
  モテる親友を持つって大変ね。
  「私は、彼女が出来たらそういうのもなくなって万事解決、だと思うんだけど‥‥」
  さて、ここが本題。
  私はごくりと喉を鳴らして、で?と永倉君に詰め寄った。

  「原田君って‥‥好きな子、いないの?」

  そもそも、あんだけいい男なんだから彼女がいてもおかしくないと私は思う。
  いやでも、彼女がいて自分にあんな事をしたのだとしたら問題か。
  そんな遊び人には見えなかったけど、でも、人というのは分からないものだからなぁ‥‥
  と私は一人心の中で呟いていると、永倉君が難しい顔で唸った。

  「や、俺も前にあいつに聞いてみた事があるんだけどよ。」
  けど?
  と先を促すと、理解できないと言った顔で彼は言った。

  「あいつ、好きなヤツがいるらしいんだけど‥‥片想いらしいんだ。」

  「‥‥‥‥‥‥え‥‥」

  ずき。
  痛みが走った。
  どこがと聞かれたら胸だと思う。
  痛いと思ったのは胸だったからだ。

  どうしてそう思ったか分からない。
  ただ、なんだろう。

  原田君に好きな人がいる、という言葉を聞いて、痛いと反射的に思ってしまった。

  言葉を失った私に、永倉君はそうだよな、と妙に納得したように頷いて続ける。
  「先生もそう思うよな?
  あんないい男がなんで片想いなのか‥‥ってさ。」
  問いかけられ、私ははっと我に返った。
  「えと、その、うん。」
  頷くと、だよな、だよなと彼は何度も頭を上下に振る。

  「顔よし、スタイルよし、性格良し、どこに不満があるのかと聞いてみてえよ。その女に。」
  「‥‥‥」
  「俺は左之ほどいい男っていうのはこの世にいねぇと思うんだけどなあ。
  まあ、俺の次に?」
  「‥‥‥」
  「つか、先生そこ無視かよ?突っ込んでくれよ。」
  「あ。ご、ごめ‥‥」
  聞いてなかったと魂の抜けた声で言うと、彼はひょいと不思議そうに眉を跳ね上げて、まあ、でも、と空を見上げて目を
  細めた。

  「でも、あんなかわい子ちゃんたちを振るってんだから、よっぽど好きなんだろうなぁ。」

  彼は、
  とても一途な人だと私は知っている。
  真摯で、真っ直ぐで、一途な人。
  だから、彼に愛される人は幸せだろうなぁと思ったことがある。

  じゃあ、なんで‥‥?

  じり、と胸を刺す痛みが増した。

  なんで、私にあんな事をしたんだろう?

  裏切られた。
  そんな気がして、私は唇を噛みしめた。