自分でもどうかしていた、と私は思う。
  ハロウィンなんてもので浮かれていたとは思わないけれど、確かにどうかしていたんだと。

  そうじゃなければ、彼に、
  教え子に、
  身体なんて開かない。

  あの日。
  私は教師から逃げ回っていた。
  あの格好で祭を楽しむなんてとんでもないと思ったから。
  だから彼があの場に来たときには驚いたもので、まさか引っ張り出されるかと思ったらそうではなかった。
  彼は私を守ってくれた。

  私は彼に少しばかり気を許しすぎている所があったんだろう。
  元々原田君は話しやすいタイプの人間だった。
  色々と察してくれるし、踏み込んでも来ない。
  それに彼は私と話をするときは決して「教師」と「生徒」という話はしない。
  授業がどうだ、勉強がどうだ、と言う事は一切話題にせず、私自身が好きなこと、彼自身が今嵌っている事、なんていう
  話題を取り上げてくれた。
  だから、私は求められているのは「教師としての雪村」ではなく「一人の人間としての雪村」なんだと分かった。
  少し、それがありがたかった。
  他の生徒はどうしても私に「友達」としてであり同時に「教師」としての何かを求めてくる。
  どこか緩んでいけない一線というのがあった気がして、心が安まる瞬間っていうのは無かった。
  でも、原田君は違った。
  実は彼、賢いんじゃないだろうか、とも思う。

  だからあの日、私はいつものように彼に気を許した。

  似合うとは思っていないけれど「可愛い」と言われてちょっとだけ気をよくして、彼が守ってくれると分かった瞬間に私
  は全幅の信頼を寄せた。
  教師が生徒に守られるなんておかしいと思うけれど、私だって守られたいと思う事もある。
  多分、それは私が「女」で彼が「男」だからなんだろうと言う事を認識させられたのは、彼のブレザーに袖を通した瞬間
  だっただろう。
  ふわりと香る女の子とは違う、独特な男らしさに、ああ、彼は男なんだと、思った。
  そして私は、
  彼の男たる証拠を、
  身体に刻まれる事になったのだ。

  今思えばなんで拒まなかったのか不思議でならない。

  確かに、彼は見た事がないくらい、必死で熱い眼差しを向けていた。
  あの大人びた姿はどこにもなく、そこにあったのは等身大の彼の‥‥男としての姿だった。
  囚われたと思ったのは、その荒々しい中に揺らぐ、頼りないものを見つけたからだと思う。
  年相応の弱さに、私は、それを包んで癒してあげたいと思った。
  私が母性を持っている女だからかも知れない。
  でもだからって、
  彼を止めなかったのはどうかしている。

  結局私は、あの後、気を失ってしまったらしくて、気がついたら家のベッドの上にいた。
  目を開けるとそこに校長であり、恩師でもある近藤さんがいて、大丈夫かと心配そうに訊ねられた。
  どうして家のベッドにいるのかと記憶を探ろうと起きあがって、ベッドサイドに畳んで置いてあるブレザーを見た瞬間に
  身体がぎくりとした。
  思わずという風に伸ばしてひきよせれば、ふいに香るのは自分のにおいではない、男のそれで。
  それを知っていると思った瞬間に怒濤のように記憶が蘇った。
  全身から汗が噴き出そうだった。顔から火が出そうだった。
  なんてことをと後悔した所で遅い。
  もう事は済んでしまったのだ。
  あれが夢でも幻でもなかったのは身体が覚えていた。
  あちこちに残る熱と感触と、それから私の体臭に混じってしまった彼の香りが、それは事実なのだと突きつけた。

  自分は、
  生徒と関係を持ってしまったのだ。

  そんな事実に愕然とした。

  貞操観念は強い方だった。
  決して一時の感情で流されない自信はあったのに。
  どうして、と思う。
  しかも、生徒に。
  確かに、彼、原田君は嫌いな生徒ではない。むしろ、好感の持てる生徒だ。
  彼といると楽だから、教師としての立場を放り投げてついつい甘えてしまうくらい、彼に気を許している所がある。
  だからって、そんな彼に身体を開いてしまうなんてどうしたことか。

  彼は生徒なのだ。
  そして、自分は教師なのだ。
  そんな事があっていいはずが、ないのに。
  どうかしている。
  と、私は自分の軽率さを呪った。

  ――何よりどうかしているのは‥‥私自身が彼に抱かれて「嫌」ではなかったことだ。