俺は2年間、一人の女に片想いをしている――


  「原田左之助さん!私と付き合ってください!!」

  突然校門前で呼び止められ、周りの目があるというのに他校の制服を着た可愛い顔をした女子生徒がお願いしますと勢い
  よく頭を下げた。

  周りの男子や、友人からは冷ややかな目で見られる事になる。
  勿論こんな往来で告白をした彼女が、ではなく、俺自身が、だ。
  それは俗に言う妬みの色ってやつで。
  心の声が聞こえるとしたら「羨ましいな畜生」とかそんな、声。
  俺にとっては嬉しくもなんともねえんだけどな。

  俺は針の筵の上に座らされたようなその中でくしゃと後ろ頭を掻いて、未だに頭を下げている女子にこう告げるしかねえ。

  「悪いんだが‥‥」

  その瞬間、取り巻く視線が一層険を帯びた。
  なんて勿体ない事をするんだ、罰が当たれ!
  そんな心の声が遠慮無く叩きつけられた気がした。

  だけど、俺は今にも泣き出しそうな彼女に、もう一度「悪い」と謝るしかなかった。



  「聞いたぞ、左之―」
  翌日。
  教室に入るや否や、親友の新八にとっつかまった。
  首に腕を回されてぐいと絞められる。
  「通算50人目は、西女の女の子だったらしいな!」
  新八は、俺の首を絞めたままこの野郎と言った。
  昨日の事、早速知れ渡っているらしい。
  まあ、あんな目立つところだったから絶対新八に追求される事は分かっちゃいたが、やっぱりか。
  「しかも、すげぇかわい子ちゃんだったんだろ?」
  「かわい子ちゃんって‥‥おまえそれいつの時代の言葉だよ。
  つか‥‥あの子、西女だったのか。」
  どうりで見かけない制服だと思った、と俺は呟く。
  西女といえば有名な超一流高校で、俺たちが通う薄桜学園からはかなり遠い所にある。
  電車でも軽く一時間掛かるんじゃねえかっていう遠方にある所からわざわざここまで告白しに来たっていうことか?
  「勿体ねえことするよなー
  なんであんな可愛い子ふっちまったんだ?」
  「つか、俺の方こそなんでこっちを知ってたのか知りてえよ。」
  西女の知り合いなんぞ一人もいねえ上に、西女には近付いた事もねえってのに、一体どこで彼女は俺の事を知ってどうし
  て告白なんてしようと思ったんだ?謎だよ、そっちの方が。
  「そりゃあれだろ‥‥噂ってやつじゃねえの?」
  「噂?」
  「ほら、おまえ、見た目だけは良いだろ?」
  「だけってのは余計だ。」
  「まあ、あれだ、中身も‥‥おまえは良いヤツだって言うのは分かってる。」
  言いながら新八は照れたのか、俺の首から手を離してしどろもどろになった。
  「なんだよ、朝っぱらから気持ち悪ぃな。」
  一方の俺も妙にくすぐったい気持ちになって茶化すと、そいつはうるせぇと吼えながらつまり、と指を突きつけて言い放
  った。
  「つまり、てめえは無駄にモテるって事だ!
  俺にも寄越せ、畜生!」
  「しらねぇよ、そんなの。」
  どっかと窓際の自分の席に鞄を放り投げる。
  椅子を引いて腰を下ろすと一息吐いて、それから窓の外へと視線を投げた。
  校門から昇降口まで、同じような格好をした生徒がだらだらした足取りで歩く姿が見えた。

  「なあ左之。こないだは、大学生のおねーさま方にも告られてたよな?」
  ぼんやりと窓の外を見る俺に、新八はまだ話を続ける。
  「あー‥‥いたなぁ。」
  確か音大の、とか言ってたっけか?
  「‥‥あれも振ったのか?」
  なんでかそいつの方が申し訳ないって顔で聞いてくる。
  俺は苦笑を漏らした。
  「付き合ってんなら、土日の休みに暇だっつっておまえを呼びだしたりはしねえだろ?」
  「なんて勿体ないことをっ!」
  新八はこの世の終わりとでも言いたげな悲壮な顔で俺を見て、震える声を上げた。
  大袈裟な、と俺は思う。
  確かに美人だったけど、美人だから付き合うっておかしくねえか?なんかそれじゃ女は飾りみてえじゃねえか。
  俺が好きにならもっと‥‥

  投げる視線の先に、ふいに飛び込んでくる色がある。
  挨拶を交わす生徒や、教師の、そのどれとも馴染まない明るい色がぽつんと‥‥横切るのが見えた。

  明るい、飴色だ。

  染めているのではなく地毛のそれはとんでもなく綺麗な色で‥‥濡れると一層艶が増すというのをこの間初めて、知った。
  今はきらきらと陽の光で煌めいて見える。
  優しい色だなと思って眺めていると、なあ、と新八が控えめに声を掛けてきた。

  「もしかして、好きなヤツでもいるのか?」

  俺が来る人来る人を拒む理由は、もしかすると特定の相手でもいるからなのか。
  その着眼点は、悪くねえ。新八のくせに鋭いじゃねえかと俺は心の中で零しながら、その色から目を離せずにそうだな、
  と笑って言った。

  「いるよ。」
  「えっ!?」
  予想はしたけど、予想外だったらしい。
  驚いたような新八の声は、だけど続いた俺の一言で、言葉を無くした。

  「俺の片想いだけど。」



  俺が雪村を好きになったのは、ほんの些細なきっかけだった。
  些細なきっかけを発端に、俺の気持ちはどんどんと変化していった。
  少しでも好きになって欲しくて馬鹿みてぇに色んな事をした。
  その度にの事を知っていって、その度に俺はどうしようもなく想いが募っていった。
  男らしい性格をしているけれど、本当は繊細で女らしく、
  気を許した相手には甘えるタイプらしく、猫のように擦り寄られるととんでもなく可愛かった。
  自分のガタイが大きくて良かったと胸に身体を預けて言われた時、しみじみ思った。
  よく二年も言わずに片想いを続けてられたよな。
  ただ話すだけで満足できていたと思う。
  頭んなかじゃ、そいつを裸にひん剥いて、とんでもねえことをしてるってのに。
  俺はただ話すだけだった。
  傍にいるだけだった。

  それがあの日、
  ハロウィンの日に、変わった。
  簡単に言うと、俺は普段とは違うそいつに欲情したんだ。
  我慢の限界って所もあったんだと思う。
  別に疚しい事をするつもりじゃなく、の姿が見えないからあちこち捜し回っていただけだった。
  それが、あんな格好で、しかも俺の制服のブレザーを着て、なおかつ、それをぎゅっと、抱きしめて幸せそうな顔して
  たら、さ。
  理性もなんもねえって。
  自分でも卑怯な事をしたとは思ってる。
  そいつが逃げ回っているのを知っていて、優しくして安心させておいて、逃げ場を奪って、抱いた。
  まるで童貞か?ってくらい余裕がなくて、ただ俺はがっついていた。
  想像したよりも柔らかくて、熱くて、それからいやらしくて、可愛くて。
  俺は必死になって貪った。
  そして、が意識をすっ飛ばした瞬間に、急激に冷静になって、気付いた。

  俺は、
  そいつに「好き」だとさえ伝えずに、ただやっちまったって事に。
  この大事な想いを一方的にぶつけた事に。
  気付いて、
  自分を殺してやりたくなった。