翌日、いつものように部活に顔を出すと何故か呻き声が聞こえた。
はなんだろうと怪訝に思い、ひょいと部室を覗き込むと、

「‥‥平助っ!?」

その場に蹲っている藤堂の姿を見つけた。

「ちょ、どうしたんだよ!」

彼は部室の床に蹲って、額を地面に擦りつけて呻いている。

「どうした!?何があった!?」

まさか具合でも悪いのか?いつも元気な彼が‥‥
と訊ねる彼女に、藤堂は真っ青な顔をぎぎぎと油の切れたロボットみたいな動きでこちらに向けて、

「‥‥そ‥‥」
「そ?」

「総司‥‥」

それが、最後の言葉になった。



「さ、山南先生!!平助が死んだーっ!!」
彼女らしくもなく慌てた様子で保健室に飛び込んでくる。
それを迎える山南はおやおやと呟いた。

「藤堂君もですか?困りましたね。」
「困りました‥‥じゃないですよ!真っ青でぶっ倒れたんです!」
「そうでしょうね。」
「しかも遺言が『総司』なんですよ!縁起悪すぎるんですけど!」
「それは沖田君が聞いたら憤慨するでしょうが、私も同意見です。」
「って、これ一体何!?総司の呪いなの!?」
「怨念で他人にこれほどの危害を加えられるのでしたら是非とも私にもその方法を教えて戴きたいところですが‥‥」
「山南先生!何怖いこと言ってんのさ!」
「残念ながらこれは沖田君の報復です。」
「総司の報復って一体‥‥」

なに?と眉を寄せる彼女ににこりと笑顔のまま山南は教えてくれた。

「昨日、雪村君の差し入れを食べた数名が、原因不明の体調不良でここに集まっています。」

その言葉に、一瞬、
「‥‥え‥‥?」
何を言われたのか分からなくては目を丸くした。

どうやら彼女は何も知らないらしい。
それはそうだろう。
彼女も昨日沖田と共に模試を受けていて、千鶴の差し入れを食べていない。
いや例えば食べたとしても沖田からの嫌がらせを受けることはないだろう。
近藤と同じで彼女は彼にとっては特別な人に入るのだから。
しかし、それに入らなかった哀れな人々は‥‥

「原田先生も真っ青な顔で駆け込んできて、今ベッドで唸ってます。」
「‥‥‥は‥‥?」
「斎藤君も蒼い顔で薬が欲しいと言ってきましてね‥‥」
「‥‥‥へ‥‥?」
「永倉先生は可哀想に、泡を吹いて倒れたそうです。
多分彼が一番、沖田君を怒らせたんでしょうね。」

後先を考えない愚か者というのはどうしようもありませんねと疲れたように呟く山南を、はただただ間抜けな顔で見守
った。
それから、


「総司――っ!!」



何があっても、沖田からの贈り物は受け取るな。
と、青白い顔で保健室に駆け込む前に勇猛果敢な戦友、原田は教えてくれた。
「あんただけでも生き残ってくれ‥‥」
とかいうなんとも縁起の悪い言葉も残して。

因みにその肩を借りているもう一人は白目を剥いていた。
とりあえず沖田から差し入れをされたものを食べた瞬間に、
「もげぇ!!」
という意味不明の断末魔を挙げ、ぱたりと倒れたそうだ。
それでも食べた物を吐き出さなかったのは食に対して貪欲すぎるせいなのか。
食いしん坊万歳――
それ故に彼は目下意識不明という重症っぷりだ。

原田も、あれから職員室に戻ってこない。
もしかしてあのまま‥‥特に永倉は、息絶えたか?
っていうか、何を盛られたんだ?
毒か?毒なのか?

などと一人悶々と悩む彼の元に‥‥悪魔が降臨した。

「土方先生。」

普段は絶対に彼の所になんか来ないくせに、こんな日に限って満面の笑顔で、彼はやって来た。

「‥‥総司‥‥」

ひき、と口元が僅かに引きつる。
とりあえず、
笑顔が不気味だ。
そんな事を当人に言おうものなら反論が十個くらい返ってきそうなので、止めておく。
とりあえず、男は腹を括り、なんだ、と低く問いかけた。

原田や永倉が彼からもらった何かを食べて身体の調子がおかしくなったのは確かだろう。
彼らの他、斎藤も不調を訴えた事から‥‥おそらく、藤堂も同じ状況だと思う。
そして被害に遭っているのは昨夜、マフィンを食べた人間‥‥つまり、

彼の最愛の人の手作りお菓子を食べた人間、ということになる。

「‥‥報復のつもりか?」

呻くような言葉に、沖田はなんのこと?と目元をにぃっと細めて笑った。

報復‥‥というよりはただの八つ当たりだ。
彼氏である自分が食べられなかったのに、それ以外の男が食べた‥‥という事実に対しての、八つ当たり。
いやいや、こっちは全然悪くないだろ?
無理矢理奪ったわけじゃない。
もし罰せられると言うのならば、

「新八だけだろうが‥‥」

自分たちは元々千鶴から用意されていて、それを食べたに過ぎない。
沖田の分まで取って食べたのは永倉だ。

「だから、新八さん以外はちょっと大目に見てあげてるじゃないですか。」
「‥‥大目ってなんだよ‥‥つか、やっぱり報復かよ!」
「違いますよ、日頃の感謝の気持ちです。」

いけしゃあしゃあと千鶴と同じ言葉を、欠片も感情を込めずに言う。
そうして、はい、とやはり彼にも用意されていた何かを差し出した。

「‥‥」

彼の手にあったのは、なんの変哲もないチョコだ。
しかし、侮るな土方歳三。
それはチョコであってチョコではない。
一粒で永倉をノックアウトさせられるほどのびっくりチョコに違いないのだ。
多分食べた瞬間にあっちの世界にトリップする事になる摩訶不思議な食べ物‥‥いや、兵器に違いない。
いや、永倉ほど罪はなくとも‥‥沖田は土方を目の敵にしている所がある。
原田や斎藤以上の嫌がらせを用意している事だろう。

「‥‥遠慮しておく。」

ふいっとそっぽを向く彼に、沖田はそう言うと思ったと肩を竦めた。
そして、

「‥‥?」

あっさりとその手を引くのだ。
これには男も眉を顰めた。

「‥‥おまえ、何を企んでる?」
「企んでる‥‥なんて酷いなぁ。いらないって言うから引っ込めただけですよ?」
「嘘吐け!てめぇがんな聞き分けがいいなんて裏があるに決まってるだろ!」
てっきり無理矢理口に放り込まれるか、もしくは秘密を‥‥握られているつもりはないが‥‥それを黙ってもらいたければ
食えと脅されるか、どちらかだと思っていた。
もしくは、悪魔の力で食べさせられるか。

「いやだな、僕、人間です。」
「人間の皮を被ってるだけだろ。」
「あはは、そんなこと言われたら無理矢理にでも食べさせないと駄目かなぁ?」

期待に応えて、とチョコの包みを剥こうとするので土方は思いっきり「いらねぇよ」と頭を振った。
沖田はですよね、と肩をひょいと竦め、それを今度こそポケットに放り込む。

「土方先生にはとびっきりのチョコを用意したんだけど‥‥」
やっぱり永倉並み、もしくはそれ以上のものが待っていたらしい。
断って正解だ。
「まあ、今まで色々悪戯してきたから、それを許すって事でチャラにしてあげても良いですよ?」
「なんでそんなに上から目線なんだてめぇは。」
彼の悪戯をチャラにしてあげるほどの罪なのか?
と半眼になって睨むと、彼は清々しいまでの笑みで頷いた。

「だって、僕の千鶴ちゃんが作ったお菓子を食べたんですよ?」
しかも、
「彼氏である僕は食べてないのに。」

どうやら、相当ご立腹のようである。
なんというか、彼は常々子供っぽいと思っていたが‥‥

「千鶴、逞しく生きろよ。」

あの純粋無垢な少女が哀れで仕方がない。

手作りお菓子を食べたくらいでこれなのだから、事故でも彼女に触れてしまったりしようものなら命が危ういだろうな。
うん、とりあえず、
千鶴には悪いが一定の距離を取らせてもらおう。

「ところで土方先生。」
「ああ?」
「千鶴ちゃんのマフィン、美味しかったですか?」

沖田の問いかけに土方は一瞬答えに迷う。
正直に美味しいと言ったら悔しがられてやはりチョコを‥‥とか言われかねない。
でもだからといって不味いと言おうものなら「僕の彼女にケチ付けるの?」とか言ってやっぱりチョコを‥‥
結果は同じじゃないか。

それならば思ったことを口にすべきだ。

「‥‥美味かった。」
「そうですか。」

言葉に、意外なことににこっと嬉しそうに沖田は笑った。

まるで自分のことを誉められて喜ぶみたいに。

「千鶴ちゃんって本当に料理が上手なんですよ。」
「あ‥‥あぁ‥‥」
「きっといい奥さんになると思います。
あ、勿論僕のですけどね。」

果てしなく千鶴が可哀想だ――

と思ったことは内緒だ。
とりあえず、ああそうかと適当に流しておく。
下手に突いて機嫌を損ねられたら大変だ。

「やっぱり女の子は料理が出来る子がいいですよね。」
「‥‥そう、だな‥‥」
「土方さんもやっぱり、千鶴ちゃんみたいな子がいいと思いません?」
「まあ‥‥確かに。」

料理が出来る奥さんがいいのは確かだろうな。

と、土方が答えた瞬間、

「そう‥‥ですよね。」

翡翠がゆっくりと猫のように細められたのに、男は気付かなかった。