「おかえり、総司君。」

教室に戻った瞬間、にこやかな笑みのクラスメイトに出迎えられた。
一分の隙のない笑顔だ。
しかし、その内心が静かな怒りの炎を燃やしている事は、長年の付き合い故、察知する。

「単刀直入に聞くけど、一と平助と原田先生に何した?」
「嫌だな、何もしてないよ?
っていうか、新八さんはいいの?」
「うん、あの人は多分自業自得だろうからいい。」
って結構鬼だよね。」
「おまえに言われたくないな。
‥‥あれ?何もしてないならなんで平助の遺言が「総司」だったのかな?」

いや、だから死んでない、とここに当人がいたら突っ込んだことだろう。
若干片脚一本あっちに突っ込んでいるような状態なんだから、同じ事だ(だから違う)

にこにこと笑顔のままで会話を続ける二人の姿は‥‥ある意味恐ろしい。
とりあえずクラスメイトが半径3メートル近付かない程度には。

「なんでだろうね?平助ってそんなに僕のことが好きだったのかな?
全然嬉しくないんだけど‥‥むしろ嫌。」
「あれは残念ながら好きって響きじゃなかったと思うぞー」
「じゃあ恨み言?ますます分からないなぁ。」
「あっはっは、またご冗談を‥‥」

びゅおおおお、と冬でもないのに冷たい空気が二人の間を吹き抜ける。
因みにその瞬間、クラスから人が消えた。
脱兎の如く逃げ出したのはきっと巻き込まれたくなかったからだろう。

「何をしたって、ただみんなに差し入れしただけだよ?」
そのまま答えないと教室に入ることさえ出来ないので、とりあえずそれだけ答えた。
差し入れ?
は意外すぎる言葉に、笑顔を崩した。

「差し入れ‥‥っておまえが?」
「なにそれ、その天変地異の前触れみたいな顔。」
「いや、天変地異の前触れだろ?」

おまえが差し入れって‥‥と険しい顔をする彼女に沖田はひどいなぁと肩を竦めた。

ああなるほど、その差し入れの中に何か入っていたのか。
というか、皆、何を考えているのやら。
沖田からの差し入れなど絶対に裏があるに決まってるのに。
いや、もしかしたら彼からの差し入れだと気付かれないように手を打ったのだろうか?

‥‥‥‥考えるのは止めよう。
考えるだけ、頭が痛くなりそうだ。

「‥‥その差し入れに毒でも‥‥」
「いやいや、いくら僕でも簡単に毒の入手なんか出来ないよ。」
「出来たらするつもりみたいな発言はヤメロ。」
「あはは、犯罪者にはなりたくないから毒はやめておくかな。」
「殺人犯ではないけど、おまえは犯罪者一歩手前だから安心しな。」
「うわ、酷い。」
「で、差し入れに何を入れた?」

うん?
と沖田はその双眸を猫のように細めて、笑う。

「辛さの限界に挑戦。」
「‥‥‥‥」

うっかり、まだ可愛い物かと思ってしまった自分が怖いとは思った。
彼のことだから毒とまではいかないが、もっとエグイものを入れてるとか思った。
例えば‥‥チョコの中に納豆とか‥‥ああこれは可愛いな。
食用の虫とか‥‥?
‥‥少し想像したら気持ち悪かったので、それ以上考えるのを止めた。
想像で自分の一番苦手な生き物がチョコを開けた瞬間にふわっと飛び出す‥‥などというあり得ない絵が浮かんで、気分が悪くなった。

しかし、その辛さがギネスに紹介された最高スコヴィルを遙かに越えているというのをは知らない。
何を入れたのか‥‥は企業秘密だ。

「‥‥おまえ‥‥なぁ‥‥」
脱力しつつは溜息を零す。
たかだか彼女の手作りお菓子を食べられただけでそんな悪戯をするな。
「たかだかって‥‥ひどいな、
僕にとってはものすごく大事な事だったんだよ?」
「そりゃ、悔しい気持ちは分かるよ。
でもだからって‥‥」
じゃあ、と沖田は腰に手を当てて反論した。
は土方さんの童貞喪失した時の相手が憎いと思わないの?」
「‥‥なんでそういうのと同じにすんのさ。」
全然別次元じゃないかと瞳を眇めると、彼は同じだよとくそ真面目な顔で訴える。
「初めてってのは一度しかないんだよ?
僕にとっては千鶴ちゃんの処女を奪われたようなものなの。」
「でかい声でそういう事を言うな。」
だって、土方さんの初めて‥‥」
「分かった!!
大事なのはよく分かった!」
とりあえずその口を閉じてくれとは声を上げて遮った。
このまま会話をしていてもが疲れる、プラス恥ずかしいだけなので、もういい、分かった、と降参の姿勢を取る。
とりあえず彼の口から出てくる「童貞」とか「処女」とかいう言葉を止めたかった。
だってクラスメイトが聞いている‥‥おや、回りに誰もいない。
不思議だ。

「それにしても‥‥‥‥‥千鶴ちゃんって可哀想‥‥」
「うん?何か言った?」
「イエナンデモ。」

疲れたように頭を振る彼女を見て、沖田はすいっと目を細めた。

「ところで、。」
「なに?」
「土方さんもマフィンを食べたらしいんだけど‥‥」
「うん、知ってる。」

それが?と言いたげな表情に沖田はそれは予想通りだとにこりと笑みを浮かべた。

「土方さん‥‥千鶴ちゃんみたいな子が奥さんに欲しいって、言ってたよ。」

その言葉にの双眸が開かれた。
沖田はそんな彼女に気付かない振りをして、くすくすと笑って続ける。

「なんだか彼女を誉められるのって恥ずかしいけど、嬉しいよね。」
「‥‥‥」
「まあ、確かに良い奥さんになると思うけど、土方さんには渡せないからね。」
「‥‥‥」
「あれ?、どうしたの?」

顔色が悪いよ?
という問いかけに、はなんでもないと小さく答えた。

正直心は痛むと思ったけれど‥‥それが、
彼への一番の報復だと分かっていた。



その日から数日間、千鶴は何故か永倉、原田、藤堂、斎藤‥‥に避けられることになる。

「私‥‥何かした?」

知らないことは、世の中にはたくさんある‥‥と教えてあげたい。