どたたたたたた。
という慌ただしい足音に男は気付いた。
それが彼女の物だと気付くと、一歩下がり、その人が現れるのを待った。
「わっ!?」
予想通りにやってきた彼女は突然目の前に立っていた黒い影に驚いて声を上げた。
だがすぐに、
「な‥‥なんだ、一か。」
その人物だと気付くとほうっと安堵の溜息を漏らす。
斎藤は怪訝そうに眉を寄せた。
「随分と急いでいたようだが‥‥何かあったのか?」
「いや、問題っつーかなんつーか‥‥」
はぐいと額の汗を拭いながらちらと後ろを見た。
どうやら、まだ追いかけてくる気配はないようだ。
鳩尾への一撃が思ったより決まったらしい。
彼には申し訳ないな‥‥とは思ったが、あんな事を突然言われた‥‥そしてされたのではああせざるを得ない。
よし、自分は悪くない。
は結論づけて、うんと頷いた。
「もしや追われているのか?」
「ああうん、ちょっとね。」
は曖昧に頷いた。
そうか、と斎藤は一人ごちると、すっと障子戸を開いて、
「‥‥ん?」
「逃げているのだろう?
それならばこんな所にいれば容易に見つかってしまうと思うのだが。」
と、こう言うのだ。
確かに彼の言うとおりだ。
こんな所で突っ立っていたら見つけてくれと言わんばかりだ。
「そうだな‥‥」
それじゃ、とは彼に礼を述べながら部屋へと滑り込んだ。
斎藤はちらりと一度あたりを見回すと、
「‥‥」
黙って彼女の後に続いた。
そこは広間だった。
食事も済ませた今、誰の姿もない。
何故かぼんやりと灯されたあかりが室内を静かに照らしていた。
「‥‥そういえば左之さんと新八さんと平助は?」
今日は随分と静かだけどあの三人は島原に出掛けたのだろうか?
「‥‥」
問いかけに返事はなかった。
おや、聞こえなかったのだろうか?
「ねえ、あの三人組は?」
それならば再度問うまでと肩越しには振り返り、
ふわり、
と背後から包み込む男の体温に‥‥思わず言葉がかき消えた。
一瞬、
何が起きたのか分からなかった。
いや、多分信じられなかった。
逞しい腕が、自分を抱きしめるかのように回されているなんて。
彼に、
斎藤に、
自分が抱きしめられているなんて。
信じられなかった。
だがそれよりもっと信じられないのは、
じり、
と首の後ろに僅かな痛みが走った事だった。
斬られた?
いや、ちがう。
これは‥‥
「‥‥は‥‥はじめ‥‥?」
首筋を吸われているのだ。
「すまない。」
はむ、と首筋を緩く噛まれてはひぃと悲鳴を上げそうになった。
嫌悪ではないが‥‥寒気が走った。
まさか、斎藤にそんな所を舐められるとは思わなかったから。
いや、それよりも、
「‥‥俺の子を‥‥」
ぐと、後ろから拘束する手に力が込められた。
瞬間、布を通して柔らかい胸の感触が伝わり‥‥男はぼんやりと脳まで蕩けてしまいそうな感覚に陥る。
「俺の子を‥‥産んでくれぬか?」
――一体どうしてそんな話になるんだ!?
まったく脈絡のない言葉にはあんぐりと口を開いて凍り付く。
沈黙を男は是と取ったのかそれとも、元より返事など必要ないとでも思っていたのか‥‥
「っ!?」
首筋に口づけの嵐が降ってきて、の身体は更に強ばった。

|