「俺の子を宿せ――」

  雰囲気もへったくれもない鬼の大将の言葉だった。

  「貴様が俺の子を宿せば、鬼の血は一層強くなろう。」

  だから俺の子を宿せと鬼は言って、何度となく彼女を襲った。

  ――誰がおまえなんぞの子を産むものか、一昨日きやがれ。

  その度にそう吐き捨てた。
  だというのに鬼は懲りずに何度も何度もやって来た。
  徐々に頻度も危険度は増し、はぎりぎりの所まで踏み込まれることが多くなった。
  それでも‥‥今まではなんとか守りきったのだ。
  これからも守りきれると思っていた。

  だがまさか‥‥
  『それ』がそんな騒動を起こすことになると思わなかった。



  「の子供ってさ‥‥絶対可愛いだろうね。」
  「は?」
  突然なんだとは首を捻った。
  そうすると沖田はにこにこと笑顔のまま、
  「いやだって‥‥ほら顔、綺麗だし。」
  などと背中がむず痒くなるような誉め言葉を口にする。
  「それに、頭も良いし、強いし。」
  「‥‥ちょ、ちょっと総司?」
  なんだこれはなんの冗談なのかと思っていると、
  ふいに、
  「――わっ!?」

  身体の均衡が崩れた。
  後ろに倒れる、と思わず目を瞑ったが、背中に衝撃は来ない。
  代わりに、
  ふわ、と大きな手がそれを支え‥‥

  とさりと地面に横たえられた所で目を開けた。
  目を開けて‥‥驚いた。

  「‥‥ちょ‥‥なにこれ‥‥」

  沖田の顔が随分と近いところにある。
  それだけじゃない。
  彼は自分の上に、覆い被さっていた。
  さながら、自分を押し倒すかのように。

  「‥‥そ、総司君?」

  にこにこと相変わらず笑顔の彼にこれはどういうことかなと訊ねた。
  沖田はそれはそれは清々しい笑顔で応えてくれた。

  「ねえ、
  僕の子供‥‥産んでくれない?」

  それは一体――どんな冗談?



  「ちょっと待て!本気で待て!落ち着け、早まるな!!」

  近付く男の胸を押しのけながらは盛大に暴れてやった。

  「、あんまり暴れないでよ。」
  「これが暴れずにいられるか!」
  このまま抵抗しなければ確実に食われる。
  そうは本能的に察知した。
  男の身体を押し返しながらまさぐろうとする手を阻止する。
  べちんと思い切り太股に伸びた手を叩くと、沖田はいたいなぁと顔を顰めて呟いた。
  「いいじゃない。
  別に初めてじゃないんだし。」
  「そう言う問題じゃないだろ!」
  確かに初めてではないが‥‥それとこれは別問題だ。
  初めてだろうがそうじゃなかろうが、理由もなく彼に肌を許すわけにはいかない。
  しかも、
  「いいじゃん。
  僕の子供産んでよ。」
  そんな科白付きで。

  「おまえ、酔ってるんだろ?
  だからこんな暴挙に走ってるんだろ?」
  「いや、僕は至って正気だよ?」
  「んなわけあるか!
  正気ならいきなり人に子供を産めなんて言うわけがない!」
  「じゃあ、理由を言えば子供を産んでくれるの?」
  「あほかっ!!」

  誰がそんな無茶苦茶な事を許すものかとは目をつり上げた。
  それなら同じじゃないと、沖田は肩を竦める。

  「言っても言わなくても同じなら、このまましちゃった方がいいって。」
  「『しちゃった方が良い』じゃない!」

  可愛く言うな!
  というか手を離せ!

  「まあ細かいことは気にしない。」
  「ひぇっ!?」
  ちゅと頬に口づけを落とされは声を上げた。
  頬の柔らかな感触を確かめるみたいに彼は唇を動かせる。
  そうしながら、琥珀の瞳を覗き込む目には熱っぽい‥‥男の情欲を覗かせていた。
  彼は本気だ。
  本気で‥‥自分を抱くつもりなのだ。

  ――冗談ではない。

  「総司!いい加減に‥‥」

  そう叫んだ瞬間、
  がたんっ、と物音がして沖田の注意が一瞬そちらに向けられる。

  いまだ――

  はその隙を逃さず、

  「っふっ!!」

  掌を男の鳩尾にたたき込んだ。
  咄嗟に受け身を取ったものの、それは見事に決まり、

  「げほっ!!」
  沖田は噎せ返りながら転げ回った。
  今の内にとは飛び起き、待ってという制止の声を振り切ってばたばたと廊下を走っていってしまった。

  その後ろ姿を見つめながら、男は一つ、呻く。

  「‥‥僕に‥‥しといた方がいいのに‥‥」

  他の男に泣きついたらきっと‥‥もっと大変な目に遭わされるのは目に見えている。