一瞬、は何を言われたのか分からなくて、
  「え?」
  と聞き返していた。
  目の前には先ほどと変わらずにこにこと柔和な笑顔を浮かべる祖母がいて、
  その祖母と二人でお茶をしていて、
  唐突に、言われたのだ。

  「、あなたにはこれからここで暮らしてもらいます。」

  と。

  思考が停止し、固まってしまう彼女に、千歳は言った。

  「大学には行かせません。
  あなたはここで、雪村の次期当主としてこれから暮らして貰います。」

  「ちょ、ちょっと待って。」

  は乾いた笑いを漏らした。

  「ここで暮らすって‥‥私、雪村を継ぐつもりは‥‥」
  毛頭無い。
  その言葉は、千歳の鋭い眼差しで遮られた。
  背筋さえ凍り付くような、冷たくて、鋭い眼差しだ。
  氷のようなそこには一切の感情は、ない。
  「あなたがなんと言おうと、雪村である以上は責任があります。」
  が雪村本家の血筋である以上、逃れられない運命なのだと言われて、無茶苦茶なと立ち上がって抗議の声を漏らした。
  その瞬間、これで話は終わりだと言うように千歳は椅子を引けば、着物の女性がその椅子を押して方向をくるりと変える。
  「待って!」
  「ああ、それから。」
  まだ終わっていないのだと追いかけようとしたに、千歳は静かに言い放つ。
  冗談のような清々しい笑みを浮かべて。

  「あなたには私が決めた者と、結婚をして貰います。」

  「っ!?」

  今度こそ言葉を失い目を見張るに、千歳は優しく微笑んだ。

  「分かりましたね?」

  まるで、我が子に優しく言い聞かせるように言って、彼女はこう、を呼んだ。

  「――静香。」

  それは、確か祖父が着けた名前だった。
  でも、
  それは自分の名前などでは‥‥ない。



  とんだ狸婆だった――

  はしてやられた、とベッドに腰掛けながら溜息を零す。
  きしと微かに軋む天蓋つきの巨大なベッド。
  女の子なら飛びつきたくなるような豪奢な作りのそれは、残念ながらの好みではない。
  ふんだんに使われたレースをうっかり破ってしまいそうでいちいち気を遣わなくてはならないから。

  「くそっ」

  はおよそ女の子とは言えない汚い言葉を吐き捨てながら、じろっと室内を見回す。
  邸の外観から分かるように、だだっ広い室内だ。とりあえず寝室だけで20畳くらいありそうである。
  部屋にはウォーキングクロゼットがあり、そこにはびっしりと洋服が掛けられていた。残念ながらこちらもの好みで
  はない。
  下着も着替えもタオルもきちんと備え付けられていて、寝室にはバスルームが隣接している。
  洗面所もトイレも、完備で、電話一つで執事が必要なものを届けてくれるらしい。
  しかしながら、その部屋から出る事は叶わない。
  重厚な扉は外側から鍵を掛けられていた。
  「お嬢様は大事な次期当主ですから。」
  執事が人の良さそうな笑みを浮かべて扉をしめたのを思い出す。
  「何が大事な次期当主、だよ。」
  やってることは軟禁じゃないか、とは忌々しげに吐き捨てた。
  因みに、そこは三階。
  窓には鉄格子が嵌められていて、例えば上手く着地できるとしても、その細い格子の間から抜ける術はない。
  塔の上に閉じこめられてた囚われの姫君‥‥まさかそんなものに自分がなるとは思わなかった。
  いや、勿論、

  「大人しく閉じこめられるつもりはないけどね。」

  はベッドから立ち上がると、瞳に強い色を浮かべて部屋の中を探りはじめた。

  閉じこめられた今も、は諦めの色を決して浮かべようとは、しない。