「うげ。」

  出会い頭になんて挨拶だと沖田は笑顔で思った。
  勿論、彼が好意的に挨拶なんぞしてこないとは重々承知していたが、これほど露骨だと却って弄り甲斐があるというもの
  である。
  因みに凶悪な面は『ヤのつく自営業』の皆さんだって裸足で逃げてしまうだろう迫力だ。
  その前で笑顔でいる沖田の姿は、ある意味ホラー。

  「こんにちは、土方先生。
  先生はいつから挨拶が「うげ」って短い言葉になったんですか?」
  にこやかに指摘すると、土方は心底嫌そうな顔で、
  「そのままの意味に決まってんだろ。」
  てめえにする挨拶なんぞこれで十分だと言う風に口を開く。

  「ひどいなぁ‥‥僕のガラスの心は粉々に砕けそうですよ。」
  「どこの強化硝子だ。どうせ銃弾も跳ね返す強度だろうが。」
  「顕微鏡のカバーくらいの強度かな?」
  「んな繊細な質か!てめえが!!」
  「どうでも良いですけど、土方先生‥‥こんな所で大声上げたら目立ちますよ?」

  恥ずかしくないんですかと言われ、そもそも始めたのはてめえだと土方は思わず手当たり次第にものを投げつけたい気分
  になった。
  しかし、生憎と彼が持っているのは『それ』だけだ。
  これを投げるわけにはいかない。

  「わ、ティファニーなんて先生おっかねもちー。」

  どこか入りにくさを感じさせる高級感のあるお店。
  店の入口の上部には、金色の文字ででかでかと『Tiffany&Co』のブランドロゴ。
  元々銀製品を扱っていたお店なのだが、今ではとかく上品、かつ高級な宝石店として有名である。
  シルバーならば手が届く値段ではあるが、プラチナになるとゼロが一つ余計につく‥‥ただ値段に恥じないクオリティの
  ものを取り扱っている。
  何度も言うがゼロは一つ余計につく。
  沖田ならば確実にこの店で買い物をしない。今現在の経済状況ではしたくてもできないけれど。
  そんな彼の前に立っている土方の手には、スカイブルーの小さな紙袋が握られている。
  勿論その中央に刻まれているのは白字で『Tiffany&Co』
  ここで何かをお買いあげになったようである。

  「‥‥あれ?誕生日だっけ?」

  いや、確かに彼女の誕生日は三月だけど、一月前に買うのは早すぎやしないだろうか?

  「卒業祝いにしては豪華すぎるし‥‥」
  これが成人の祝いならば分かるけれど。というか成人のお祝いって彼氏がするものなのか?
  「入学祝い‥‥は、結果が分かってないのに買うはずないし。」
  いかにの事を信じていると言っても、万が一にでも落ちたら虚しいだけである。
  「‥‥バレンタイン‥‥は、今年はなかったんですよね?」
  「てめ‥‥」
  さり気なく傷口を抉られて、土方は顔を顰めた。
  そんなことをしている間に彼は退散すべきだったのである。

  ――ということは――

  沖田の笑みが濃くなった。

  なんとなく、見透かされたような気がして、土方は双眸を細めて睨み付ける。
  何か文句があるのか?と言いたげだ。

  「いえいえ?」

  とんでもない、文句など‥‥心の中では罵詈雑言ではあるが‥‥あるはずもない。
  沖田はポケットに手を突っ込むと、そうか、ともう一度店の方を見遣って、呟く。

  「土方さんも漸く身を固めるんですね。」
  「‥‥まあ‥‥な。」
  「三十路になる前に固めた方がいいですもんね。」

  本当に笑顔で嫌な事を言う男だ。
  別に自分は男だから年齢など気にしちゃいないのだけど‥‥

  「30と18。
  ちょっとした犯罪ですよね?」
  「‥‥てめえはどうあっても俺を馬鹿にしなきゃ気が済まねえのか‥‥っ‥‥」

  ふると握りしめた拳が震える。
  『これ』は投げられないが、一発殴ってやりたい。

  「いつ渡すんです?」

  沖田はそんな彼に気付かず、いや、気付いてスルーしているのかもしれないが、とにかく、気にせずに訊ねた。
  そんなことを彼に言う必要は、ない。
  が、彼は一応の友人だ。
  恐らく親友、というものなのだろう。
  そして何より彼女と自分の事件に色々と巻き込まれた当事者でもある。
  土方は少し迷って、答えた。

  「明日、あいつと出掛ける用があるからな。」
  「即行動ですか?」
  「‥‥これでも一年待ったんだよ。」
  遅いくらいだと土方は顔を顰めて言い、ひょいと肩を竦める。
  「それにゆっくりしてて、横からかっ攫われたら泣くに泣けねえ。」
  「あはは、土方さんが泣く所は見てみたいですけど。ちょっと気持ち悪いからやっぱりパス。」
  「‥‥」
  このまま付き合っていてもこちらが腹が立つばかりである。
  土方は漸くそれに気付いてくるっと背を向けた。
  もう今度は沖田が何を言っても振り返らない。

  「‥‥短気だなぁ‥‥」

  その後ろ姿を見送りながら、沖田はそっと目を細めた。
  笑ったようだ。

  「まあ、幸せになればいいんじゃない――?」

  どこか投げやりな声に、微かに滲むのは優しい色。