ベッドの上に彼女は転がっていた。
  寝転がる、というよりは突っ伏すという表現が正しい。
  波打つシーツに顔を押しつけたまま、彼女は動かない。否、動けない。
  指先一つ動かすのが億劫で、ただぜえぜえと荒い息を繰り返すばかりである。
  剥き出しの肌は情事の名残を示すかのように淡く色づいていた。

  「あんたは不死身か‥‥」

  そのベッドに沈んだまま、は恨みがましく声を上げる。
  くぐもった声は、しかし傍らに腰を下ろしていた男には聞こえたらしい。

  「なんだよ、その不死身ってのは。」

  くつ、と声を漏らして笑う。
  にはこの最愛の人が今は憎くて憎くて堪らない。
  今限定で彼は「ゾンビ」扱いで十分である。
  もしくは「鬼」

  「なんだ、これっくらいで根を上げやがって。」

  だらしねえという声に、は顔をぐりとシーツから離して反論する。

 「せめて常識の範囲内で言ってください。」

  なにがこれくらいなものか。

  まず、家に来るなり速攻で些か乱暴にされて、ベッドの上で立て続けに二度、された。
  汗を掻いたからと一次休戦を願い出れば風呂場で三度目に突入され、そのまま逆上せた身体をベッドに引きずり込んで四
  度目‥‥五度目‥‥まではいってなかったよな?とは半ば曖昧になる記憶を探った。
  まあ「一度」「二度」というのは彼が達した回数を指すもので、はその倍は達している事になる。
  若さでは確実に勝っているというのに、この男にはどうにも恋愛の経験値で完敗なので、そのあたりが毎度が惨敗す
  る理由なのだと思う。
  確かに彼とは付き合って二年近くになるのだけど、セックスの回数は恐らくまだ二十もいっていない。
  彼は二週間に一度のペースで求めてくるけれど、それはの同意があった時だけである。
  おまけに二年の冬から二ヶ月近く微妙に別れている状況だったわけで‥‥その分、彼が彼女を求められる機会というのは
  少なくなったということで。
  悪友の沖田などは一週間に一度、酷いときは一日おきだったりするらしい。
  一日おきなんて到底無理だ。

  一週間おきでも無理だ。

  「死ぬって‥‥」

  素直な感想をぽつりと漏らすと彼はおやと小さく呟いた。
  振り返ったその顔は悪い顔だ。
  げ、とは思ったが、もう逃げられない。
  腰に手を当てられ、そのまま滑り落ちるように尻の方まで触れながら、彼は妖艶に笑ってみせる。

  「死ぬほど、良かったってことか?」

  「っ!?」

  濡れた音を立てて、また、入口に触れられた。
  はぎょっと目を見開いて、今度こそ泣きそうになりながら懇願した。

  「も、もう、無理!!」

  これ以上されてしまっては本当に壊れてしまう。

  「‥‥仕方ねえな。」
  本気でお願いされてはこれ以上無理を強いることは出来ない。
  意地の悪い事を言うけれど元来優しい男なのだ‥‥ならば少しは手加減をしてやればいいと思うのだが、今回ばかりはお
  預けが長すぎた。おまけに、彼女も久しぶりで、いつもよりも可愛かったのがいけない。

  仕方ないともう一度呟いて、ぎしっとベッドが軋み、揺れる。
  縦横の世界が普通と異なるの視界に、正しく土方の顔が映り込んだ。
  彼が横になったからだ。

  「‥‥ひじっ‥‥」
  そのまま引き寄せられぎょっとしたものの、彼はただ抱きしめただけでそれ以上はしなかった。
  腕にしっかりと抱きしめて、子供を寝かしつけるみたいに髪を優しく撫でる。
  は抗わず、目を閉じた。
  そうして甘えるように背中に手を回す。
  胸にすりと頭をすりつけてくるのを苦笑で見下ろしながら、彼はなあ、と小さく呟いた。

  「おまえの両親の‥‥」
  「私の両親の?」

  何?と顔を上げると、彼は少しだけ言いにくそうに言葉に詰まった。
  恐らくの気持ちを思ってのことだ。
  両親を亡くした‥‥という悲しみは未だにの心に刻みつけられているから、だから、これから口にしようとする言葉
  で彼女を傷つけるかも知れないと思った。
  そんな彼を見上げて、は、
  「ん」
  背伸びをして彼の唇に自分のそれを押し当てる。
  ただ触れるだけのキスだというのに身体の奥から熱いものがこみ上げてきそうだ。
  まずい、だいぶ自分は彼女に溺れている。

  「‥‥気を遣ってくれてありがとうございます。」

  はにこりと眩しいくらいの笑顔で言った。

  「でも、私平気です。」
  前にも言った通り、と彼女は続ける。
  「みんなが傍にいるから、平気です。」
  それから、
  「あなたが‥‥」
  という言葉は甘い口づけに変わった。
  だから、そういうことをしたら本当に知らないぞと、彼はむくむくと頭を擡げる欲を抑えるのに必死で‥‥困ったように
  笑った。

  「‥‥それで、私の両親のなに?」
  彼が頭の中で理性と本能のせめぎ合いにあっているなどと微塵も気付かない少女は首を傾げて問いかけた。
  「あ、いや、おまえの両親の墓って‥‥どこにあるのかと思ってな。」
  「お墓?」
  鸚鵡返しには問いかける。
  なんで自分の両親の墓?
  「‥‥一度、きっちりと挨拶しておこうと思って、な。」
  挨拶?
  はますます分からない。

  ただ、彼の突然口にした両親の墓‥‥という言葉でふと、思い出した。

  自分は長らく、
  彼らの墓に参っていない事を。