空は快晴であった。
  まさに式日和だと、千歳は笑っていた。
  はそれを空虚な気持ちで見つめている。
  もう抵抗は何もしなかった。
  抵抗しても、無駄だと分かっていたから。

  「まあ、肌が白いからよくお似合いです。」
  古風な家だからきっと式は、白無垢だとは思っていた。
  着物を着るなんて‥‥何年ぶりだろうか‥‥
  七五三のときだったかな?
  などとどこか他人事のように考えている内に、あっという間に着物を整えられた。
  白無垢姿のを、皆が絶賛した。
  残念なのは髪の毛が飴色な事だろう。
  黒であればもっと映えたものを。まあ、角隠しで隠してしまうのでそれはどうでもいいことかもしれない。
  「‥‥大奥様。」
  一人、椅子に座ってぼんやりと外を見ていると誰かが千歳の来訪を教えてくれた。
  きいと車椅子は音を立てて軋む。
  千歳はの姿を見るとにこりと微笑んだ。
  「綺麗だわ。私の見込んだとおり。」
  「‥‥」
  は答えない。
  視線さえも向けなかった。
  今の千歳がどれほど嬉しそうな顔をしているか、など興味がなかった。
  いや、もう何にも興味がなかった。
  ただ、ひたすら虚しかっただけだ。
  「‥‥花嫁がそんなに浮かない顔をしないで頂戴。」
  折角綺麗なのに、と千歳は言う。
  言葉が右から左へと抜けていった。
  「‥‥‥」
  千歳はその後何か一言二言、言ったらしいが、結局が無反応なのを見てやれやれと肩を竦めると静かに退室した。
  その瞬間だけ視線を戻してみれば、ちょっとだけ、その背中が寂しげに見えた。


  「
  同じようにあれこれと弄られたらしい龍之介が、その後やって来た。
  彼はの姿に一瞬、見惚れたようにぼうっとして、それから慌ててぶんぶんと頭を振ると近付いてくる。
  この時にはほとんどの人間が退室していて、一人きりだった。
  は龍之介を見ると、困ったような顔で笑った。
  「ごめんな。厄介な事に巻き込んで‥‥」
  彼女は今、ほとんど龍之介以外の前では笑いもしないし言葉も発さない。
  まるで千歳らが望む人形にでもなったかのように‥‥感情の一切を殺した。
  がどう思っているか、何を感じているか、を教えてやりたくなかったのだ。
  どうせ、彼女らが欲しいのは『雪村』ではなく『雪村家を継ぐ静香』という人形だ。
  彼女が何を思おうが‥‥どうせ彼女らには関係のないことなのだ。
  そう思うと、伝えてやるのもいちいち反応してやるのも億劫というものだった。
  だが、龍之介は違う。
  同じく千歳の自己満足のために犠牲になる哀れな人間なのだ。
  ごめんな、と謝るは痛々しいまでに弱い表情である。
  龍之介は顔をくしゃりと歪めた。
  はそんな風に笑う人間では‥‥なかった。
  彼は苦しげに顔を歪めて頭を振る。
  謝らないでくれという意味だろうかと思って見上げていると、彼は次の瞬間は驚くほど強い眼差しを向けて、口を開いた。

  「もうじき、終わるから――」

  言われなくても分かっている。
  もうじき、
  という人間は終わりを迎えるのだ。
  そして待っているのは静香となった抜け殻の自分。



  続々と運び込まれる大荷物。
  屋敷の表側はてんやわんやで、少々慌ただしい。
  それもそのはず、本来ならば一月二月とかけて行われるはずだった準備をたったの一週間でしなければならなかったのだ
  から。
  入念に打合せをしていないのであれば「アレが足りない」「これはどうするんだ」と慌てるのは当然の事。
  最初こそはいちいち対応をしていた屋敷の人間たちも、自分らの準備もしなければなるまいという事で今や勝手にしてく
  れ状態だったのである。
  開けっ放しの門扉からは見知らぬ車が何台も何台も入ってきては、好き勝手に停車をしていた。
  それを遠目に、彼らは見つめた。


  チャンスは一度だけ。
  これを逃したら二度目はない。
  たった一度のチャンスだ。

  覚悟は‥‥いいか――?