『私、龍之介と結婚するから』
一方的に言って、ベッドに沈んでしまったを、彼は忘れられないだろう。
昨日まできらきらと輝いていた琥珀から、一切の光が失われてしまった。
彼女の瞳にはもう、何もなかった。
ただただ『無』が広がっていた。
それでも、無理矢理笑おうとした彼女が‥‥痛々しかった。
その夜、龍之介はソファに寝転がりながら考えていた。
状況は確かに良くはなかった。
でも、はそれでも希望を捨ててはいなかった。
最後の最後まで足掻いてやると彼女は意気込んでいた。
この絶望的な情況下でよくそんな風に思えるものだと龍之介は呆れ、同時に、その強さが羨ましいと思った。
彼はその前から諦めていたから。
最後まで諦めないと本気で言った彼女の、その強さが羨ましいと思った。
昨日までは確かに。
でも、今日になって何があったというのだろう。
龍之介は知らない。
一人彼女が呼びだされて、戻ってきたかと思ったら、その時にはもう瞳から一切の光が消失していた。
あれほど希望を抱いていたを、一瞬にして屈服させたのは一体なんだったのだろう。
龍之介は、分からなかった。
理由は分からなかったが、このままではいけないのは‥‥分かった。
なんとか、しなければ。
なんとか‥‥って、一体何をすべきなんだろうか?
そんな事をただ布団の中でぐるぐると考えていた。
不意に、
「龍?」
「っ!?」
驚くほど近くで声が聞こえ、龍之介は思わずソファの上で飛び上がった。
そうして振り返り、更に驚いた。
「おおおおお、おまえっ、なななななな、んて格好してるんだっ!!」
が用意されていたのはシルクの上下のパジャマである。
少し前まではネグリジェだったのだが、これでは眠れないから頼むから普通のにしてくれ‥‥と頼んだところ、それを用
意された。
シルクというのは若干抵抗あったのだが、ネグリジェよりはまだまし、という事でそれを身につけて眠っていた。
ただこの日ばかりは、はそのシルクのパジャマを身につけてはいたものの‥‥何故か上だけで、下を履いていなかっ
たのである。
つまりはその、眩しい脚線美が惜しげもなく晒されているという状況で、
「っ!?」
薄闇の中でも分かる、青白く、柔らかそうな太股に龍之介は思わず生唾を飲み込んだ。
女に慣れてはいない‥‥といえども彼も健全な年頃の青少年だ。
目の前に性的興奮を掻き立てるものがあれば自然と欲が高まるのは当然のことである。
「ぁっ‥‥」
しかも、はその魅惑的な格好を晒しただけではなく龍之介に近付くと彼をどさりとソファの上に押し倒して上にのし
掛かってきたのだ。
「ち、ちょ、ちょっと待て!?」
ふにゃ、と身体の上にのし掛かる自分とは違う温もりと柔らかいそれに心臓が跳ねる。
どくどくと次の瞬間には壊れてしまうんじゃないかというほど脈が速くなり、身体が一気に熱くなってきた。
「い、一体、なななな、なんなんだよっ!」
狼狽えまくるその顔は真っ赤だった。
一方の見下ろすは、表情一つ変えていなかった。
「なにって‥‥だって、龍之介と結婚するって事は、いずれは子供も作るって事でしょ?」
だから、と言ってのし掛かったは人のパジャマのボタンに手を掛ける。
ぎゃあ、と情けないかな、龍之介は悲鳴を上げた。
そうして慌ててその手から逃れようと身を捩る。普通は立場が逆だ。
「だだ、だからって‥‥なんでいきなり、こんなっ」
「だって、見知らぬ男に無理矢理されるくらいならおまえとする方がいいんじゃないかなと思って‥‥」
「す、するって!?なにをっ!?」
「‥‥こういうこと‥‥」
「っ!?」
抗う手を取られ、引かれたかと思うと掌に信じられないくらいに柔らかい感触が触れた。
ぎょっとして目を見開くとそれはの胸‥‥女であるその部分であった。
は恥じらいもせず、その手に胸を押しつけた。
これが常時であったならば、龍之介は理性というものをすっ飛ばしていたかもしれない。
だが、
掌に触れる柔らかさは本物だけれど、その下に感じる心音がまるで嘘のように静まりかえっているのに気付いてしまった。
そうして、その心情を知らしめるかのように、瞳には投げやりな色が浮かんでいるのが‥‥
「――」
この瞬間、龍之介の頭は一気に冷め、同時に込み上げてくる怒りのようなものに身体を支配された。
「っ!?」
気付くとその華奢な身体を掬い上げてぐるりと反転をさせていた。
どさりとソファのクッションに身体を押しつけて今度は先ほどと逆に押し倒してやる。
一瞬、怯えたように表情を強ばらせるのを、龍之介は見逃さなかった。
やっぱり‥‥と彼は心の中でだけ、呟いた。
「見損なうな‥‥」
彼は唸るように告げる。
龍之介の瞳には激しい怒りの色が浮かんでいた。
「俺はおまえほど賢くはないかもしれないけれど‥‥おまえの本当の気持ちを見抜けないほど、愚かじゃない。」
「っ」
は息を軽く飲んだ。
仕方ない事なのだとは思った。
自分がこうすれば全てが収まる事だと。
でも、だけど、彼女は龍之介に身体を開くことを‥‥本当は望んではいない。
雪村の血を継ぐ事だってそうだ。
例えばそれが一番だと思っていても‥‥彼女はこれで良かったなんて、本当は思ってはいない。
彼女は今だって、
ただ一つを望んでいる。
彼の元へ、
大好きな土方の元へと帰る事。
それだけを望んでいる。
叶わないと知っていても、心の奥底で望んでいる事はただ一つ。
こうするしかないと彼女が自分に言い聞かせた所で‥‥心は納得してくれないのだ。
それでも、
「私には、こうするしか、出来ない。」
絶望に彩られた琥珀は、一秒ごとに‥‥死んでいくのが分かった。
それは即ち、彼女の心の死を意味していた。

|