「ふざけるなっ!!」
激昂したのは、やはり沖田だった。
彼は立ち上がり、怒りも露わにしてずかずかと千歳へと近付こうとする。
「やめろ!総司っ!」
それを慌てて土方は取り押さえ、阻む。
きっと彼が止めなければ千歳を殴り飛ばしていたことだろう。いや、殴っただけでは済まなかったかもしれない。
血走った目を見る限り‥‥彼はもしかしたら、殺していたかも‥‥
「の代わりに千鶴ちゃんをよこせだって!?」
ふざけるなと、口から吐き出された怒声の強さにびりりと空気が震える。
普通の人間ならばきっと泣きだしていたに違いないその形相に、千歳は顔色一つ変えずにそこに佇んでいる。
そればかりか、その怒りこそが心地よいと言わんばかりに目元を細めて笑ってみせた。
「仕方ないでしょう。を返せと言うのでしたら彼女以外に本家を継いでもらう人間を捜す必要があるのだから。」
「だからって‥‥!」
確かに言われてみれば千鶴も本家の血筋。
彼女にだって当主を引き継ぐ権利はある。
でも、だからといってそれを認めるわけにはいかない。
「この、強欲婆ぁっ!」
「総司っ!落ち着けっ!!」
「土方さん!離してくださいっ!!こんなとんでもない人間、生きてる価値ないんだからっ!」
「言い過ぎだ!総司っ!!」
「離せ、離せって言ってるだろ!!」
目を怒りで血走らせながら沖田は吼える。
とんでもない力だった。土方が思わず冷や汗を浮かべるくらいに。
「僕が殺してやる!」
冗談のような言葉は、きっと冗談ではない。
手を離せば本気で殺すんだろう。
怒りに囚われて、彼は千歳を殴り殺すだろう。
彼の気持ちは分かる。彼女を殺してやりたいくらい憎い気持ちも分かる。
でも、それを許すわけにはいかない。
そんな事をしたら千鶴は一体どうなるというのだ‥‥
「待ってください!」
今にも土方を殴り飛ばして千歳に飛びかかりかねない沖田を止めたのは、意外にも千鶴であった。
控えめな彼女が怒鳴るかのような、強い声を上げた。
顔は、青い。
突然の事に彼女は青ざめ、衝撃を受けていたようだった。
だが、
その瞳には何故か決然とした色が浮かんでいる。
「私が、本家を継げば‥‥本当にさんを解放してくれるんですね?」
言葉に、沖田はいやだと頭を振った。
「駄目だよ、千鶴ちゃん。そんなの‥‥」
選んじゃいけない。それだけは駄目だ。やめてくれ。
そう懇願するような声に、千鶴は身を引き裂かれるような思いだった。
沖田を悲しませたくない。
でも、だけど、
彼女を犠牲にするわけにはいかなかった。
何故なら千鶴とて雪村本家の人間なのだ。
一人に背負わせるわけには‥‥いかないのだ。
大事な大事な、姉のような存在であるは、いつだって自分に優しくしてくれた。守ってくれた。
彼女には数え切れないほどの恩がある。
そんな事をに言えば怒られてしまうかも知れない。
でも、彼女には今までいっぱいよくしてもらえたのだ。
それを返せるのは‥‥恐らく今をおいて他にはない。
「‥‥ええ。」
千歳はゆっくりと頷いた。
値踏みをするかのような瞳を、千鶴は真っ向から受けて、ならば、と口を開く。
「私が、本家を継ぎます。」
この身一つで彼女が救われるのならば‥‥安いものだと思った。

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