問題集を解いていてふと、顔を上げるともう十二時を回っていた。

  「‥‥」

  は開いていたノートを閉じて、ゆっくりと窓に近付いていく。
  カーテンを少し開けて窓の外の静かな夜空を見る。
  冷たい冬の空にぽっかりと月が浮かんでいた。
  都会だから星は‥‥見えない。

  そっと窓ガラスに手をつくと、ひんやりとその冷たさが伝わった。
  そしてガラスにはの温もりが。

  「‥‥土方さん‥‥大丈夫かなぁ。」

  不意に、彼のことを考えてしまう。

  今、病院にいるだろうあの人の事。

  気がつくと、彼の事ばかりを考えていた。

  怪我は治っただろうか。
  無理をしていないか。
  ちゃんと食事はとっているか。
  眠れているか。

  もうまるで病気だなと思うくらい、彼のことを毎日のように考える。

  「‥‥」

  心配になっても、こちらから連絡する手段はない。
  見舞いにも行っても会わせてはもらえないし、彼は携帯も取り上げられてしまったようだから。

  大丈夫‥‥かなぁ‥‥

  は溜息を吐いた。

  あの人が、また彼の周りをうろついていたりしないだろうか‥‥

  溜息で、ガラスが曇った。



  ――ぴりりりり

  という携帯のコール音で目が覚めた。

  寝ぼけ眼で枕元を見れば、携帯の画面が青く点灯していた。

  電話番号は‥‥知らないものだった。

  「‥‥もしもしぃ?」

  受話ボタンを押して耳に当てると、寝ぼけた声が零れる。

  向こうから苦笑が聞こえた。
  それは知っている人のもの。

  『おはようございます‥‥というには少々寝坊ですよ、雪村さん。』

  この声は‥‥

  「さ、山南先生っ!?」

  驚きのあまりばちりと目が覚めた。
  がばっと身体を起こしたものの、

  「っつぅう‥‥」

  毎度の低血圧のせいで、くらん、と一瞬目眩を起こした。

  『どうかしましたか?』
  「いや‥‥なんでも‥‥
  っていうか、なんで私の携帯番号‥‥?」

  彼に教えた覚えはない。
  というのにどうして知っているのだろうと訊ねると、彼はくすくすと笑いながら答える。

  『土方先生の携帯電話を預かってるのは私ですから‥‥』

  ああ、なるほど。
  は納得した。
  納得しつつ、また山南という人が分からなくなった。
  結構無茶苦茶な人だ。
  プライバシー保護、一体どこへ?

  「それで、そのご用件というのは‥‥」
  『ああすいません。
  ちょっとお願いがありまして‥‥』
  今日のご予定は空いていますか?
  と彼は訊ねてくる。

  今日は千鶴の家に行くという約束をしているのだが‥‥

  『雪村千鶴さんにでしたらこちらから連絡は取っています。』
  個人情報はダダ漏れのようである。
  ははぁ、と何とも言えない返事をする。
  『ということで、少し付き合ってもらえないでしょうか?』
  そんな言葉と共に、階下からクラクションの音がした。