自分でも都合の良いことを言っている自覚はある。

  勝手に別れろと言って、散々拒絶して傷つけて‥‥
  彼女が漸く自分を諦めようとしているのに、

  また、一からやり直そうなんて。

  都合が良すぎると思った。
  そんな勝手が通用するもんかと。


  「‥‥そんな、勝手な‥‥」

  案の定、はそう言って顔を歪めた。

  どう感情を表現したらいいのか分からない‥‥そんな顔をしている。
  瞳は困惑で揺れていた。

  「わ、たし‥‥もう、あなたの事を諦めるって決めたんです。」

  そうだ、決めたんだ。

  は自分に言い聞かすみたいに言った。

  「もう、私‥‥新しい人を見つけて‥‥」

  彼以外の人を好きになって、

  「土方さんを笑って‥‥見送ろうと思ってるんだから。」

  彼が選んだ道を、
  笑って、
  見送ろうって決めた。


  その言葉を口にするには、あまりに時間が――経ちすぎていた。


  「じゃあ。」

  土方が頼りなげに呟いた。

  「‥‥俺の事は、もう、いらないか?」

  いらないと言ったのは‥‥そっちじゃないか――

  出来るならば怒鳴りつけて一発でも殴ってやりたかった。

  顔を上げてきっと睨み付ければ、その人は困ったように笑っている。
  どこか、弱々しい笑みを顔に浮かべて。

  ――いまさら――

  「っ」

  一歩を踏み出した瞬間、気がついたら身体は自分の支配を逃れていた。

  思いっきり殴りつけるはずの拳は、

  ――広い‥‥胸に‥‥伸びて、

  とん。

  と身体全部でぶつかってきた華奢な身体を、男はそうっと目を細めた。
  愛おしい者を見つめるように、優しい眼差しで。
  飛び込んできた少女を見つめた。

  ひ、
  と喉の奥が震えた。

  駄目だと頭では分かっていたけど止まらない。

  こみ上げたそれは、滴となって目からこぼれ落ちた。

  「いまさらっ‥‥遅いに決まってっ‥‥」

  もう彼の事なんてもう‥‥もう。

  忘れてやるって‥‥

  「おそっ‥‥いよっ‥‥」

  決めた、のに、

  「ばかぁっ‥‥」

  ひっと嗚咽を漏らしながら、震えた指先でシャツをしっかりと握りしめる。
  まるで、
  彼に縋り付くみたいに。

  「‥‥悪かった。」

  震える背中をそっと抱きしめる。
  指先が触れる前に、一種だけ迷う。
  だけど、それを振り払って‥‥土方はしっかりとを抱きしめた。
  まるでそれが当たり前のように。
  強く。

  「こんな、言い方しか出来なくて。」

  こんな‥‥狡い言い方しか出来なくて。

  彼女の優しさに甘えるような、狡くて、卑怯な言い方しか出来なくて。

  「っ」

  そんな男を許すかのように、はしっかりと背中に手を回して抱きしめてくれる。

  狡い自分を、
  それから、
  今までいっぱい傷つけた、その罪さえも、許すかのように。

  ごめん、ともう一度心の中で謝った。

  熱いものがこみ上げて、男は視界が一瞬ぐにゃりと歪んだのが分かった。
  それを零す代わりにしっかりと抱きしめて、想いを伝える。

  「おまえが好きだ。」

  あの時から何も変わらず、
  ずっと、

  「おまえだけが好きだ。」

  そう想いを告げられ、ますます涙が溢れて止まらない。

  は言葉を返す代わりに、何度も何度も頷いた。

  私も好き。
  あれから何一つ変わらず、
  あなただけが好きだった。

  「‥‥ここから、もう一度‥‥俺と始めてくれるか?」

  ここからもう一度。
  一緒に始めてくれるだろうか。

  そんな男の不安そうな問いかけに、は迷わず、確かに、頷くのだった。


  ――漸く‥‥手が届いた――