今まで黙って見守っていた一橋が、人気がなくなったのを見計らったかのようにツカツカと彼らの前にやってくると、いき
なり、
――パシン――
その頬を打った。
一瞬、全員が呆気に取られ、何が起きたのか分からない。
じんわりと頬が痛み出してから漸く‥‥自分は頬を叩かれたのだと分かった。
「な!?」
突然のことに言葉を失っていた千鶴だが、我に返ると、噛みつくように声を上げた。
「いきなりなにするんですか!?」
「あなたのせいよ!!」
それよりも大きな声で、一橋は喚いた。
きゃん、とまるで小さな犬が吠えているような声だった。
それが、ひどく、耳につく。
一橋は手を上げたまま、驚きに目を見開いて動かないを睨み付けて言葉を続ける。
「あなたを庇って彼は轢かれたのよ!」
彼をあんな目に遭わせたのは‥‥だと彼女は言った。
それはとんだ言いがかりだと沖田は思う。
あれは勝手に土方が飛び出したんじゃないかと。
でも、
はそうは思わなかったらしい。
ぎくりと身体が強ばるのが、支える腕から伝わった。
一橋はを睨み付けたまま、吐き捨てるように呟く。
「あなた‥‥彼にどれだけ迷惑を掛けているか分かってる?」
彼にどれだけ迷惑を掛けているか?
そんなの‥‥
「勝手に押し掛けて、自分の気持ちを押しつけて‥‥
挙げ句、あなたを庇って怪我までして‥‥」
「っ」
彼女の言うことは‥‥ある意味正しい。
確かに、自分は勝手に押し掛けて、気持ちをぶつけた。
そして、彼に‥‥怪我を負わせた。
「このままだと確実にあなたのせいで、彼はボロボロになるわよ。」
見開かれた琥珀の瞳が‥‥やがてゆっくりと、何かを諦めたように力を失っていく。
それをしかと見届けると、女はにやりと勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「あなたって人はっ!!」
次の瞬間、激昂したのは沖田でもでもなく、千鶴だった。
この女はどこまで汚い事をするのだろう。
無理矢理仲を裂いて‥‥自分の物にして、何度もを傷つけたのに。
まだ、それでもまだ、彼女を苦しめるというのか?
もう我慢が出来なかった。
これ以上は無理だった。
先ほどがされたのを返すかのように‥‥手を振り上げる。
が、
それを沖田が遮った。
「沖田さん!?」
どうして、と非難めいた目で立ちはだかる男を見る。
「‥‥駄目だよ‥‥千鶴ちゃん。」
男は頭を振った。
「手を挙げたら‥‥駄目だよ。」
静かに、そう告げた。
どうして、どうしてそんな事を言うの?
千鶴は泣き出しそうな顔で、なんでと声を上げた。
それには答えず、ただ、駄目だと首を振る。
「っ」
千鶴はうっと震えた声を漏らしたかと思うと、そのまま俯いて、何も言葉を言わなくなってしまった。
「‥‥」
もう殴りかかる事はないと判断した沖田はそれから一橋へと視線を向けて、
「言いたいことは分かったから、今日は‥‥もう帰って。」
突き放すようにそう一言告げる。
侮蔑を含んだ言葉に彼女はカッと激昂したが、
「‥‥ふんっ‥‥」
男の頬を叩く事はせず、鼻息荒くくるりと踵を返すとカツカツと廊下の向こうに、消えた。
その姿が完全に遠ざかるのを靴音で確かめた沖田はやがて、
「。
ほっぺたの‥‥看護士さんに診てもらいな。」
血が出てると彼女を促す。
きっと爪が当たったのだろう。
小さく皮膚が切れていた。
「‥‥いい、よ。」
こんなの放っておいたら治る、と言うけれど、沖田は駄目と首を横に振った。
そうして通りかかった看護士に話しかけた。
「すいません、彼女の頬の傷‥‥診てあげてください。」
こんなの、傷の内に入らないのに――

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