土方は、刹那の初恋の人だった。
  それを聞いたとき、恋人はなにもこんな面倒な相手を好きにならなくてもと思ったものだ。
  同じ高校生を好きになれば苦労などしなかっただろうにと。
  何故なら彼女は高校生で。
  男は彼女が通う学校の教師。

  普通の恋人のように、付き合っていると公言もできないし、大手を振るってデートをする事も出来ない。
  学校で会っても生徒と教師でいなくてはいけない。
  見つかったら大事だ。

  下手をしなくても土方は職を失う事になるし、刹那だってただでは済まない。

  しかしそのリスクを背負ってでも‥‥彼女は自分がいいと言った。
  そして、男も‥‥彼女がいいと。

  今まで何人もの女性と付き合ってきたが、男にとっても彼女が『初恋』だったかもしれない。
  こんなに好きで堪らなくなる相手‥‥というのは、初めてだったから。
  遅い初恋だ、と彼は思ったが、悪くはない。
  そして予感している。
  この初恋の相手とずっと‥‥共に在り続けるだろうと。

  それは、予感と言うより‥‥願望。


  「おまえ、卒業したら、どうする?」
  ベッドの中で彼は聞いてくる。
  腕の中に捕らえられた可愛い恋人は、すかさず、
  「大学に行きます。」
  と答える。
  ああそうだ、そういえば彼女は進学組だった。
  なりたい職業‥‥というのが決まっていないので、とにかく大学に進んでもっと知識を広げてやりたい事を見つけたいと
  いうのが彼女の希望だった。
  まあ確かに彼女の成績ならば大学を受けるのが妥当だろう。
  ただ、男が聞きたいのはそういう事じゃなかった。

  飴色の髪を撫でながら、そうじゃなくて、と彼は呟く。
  「‥‥高校を出たら‥‥俺とはどうするって事だよ。」
  撫でつける手が気持ちよくてうっとりと目を細めていたが、そんな言葉に刹那は目を見開いた。

  高校を出たら‥‥この関係をどうするのか‥‥

  そんな事を考えた事など無かった。
  何故なら、

  このままずっと続けられると思っていたから。

  このままずっと、彼の隣にいられると思っていたから。

  でも、卒業したら彼とは毎日一緒にいられなくなる。
  そうしたらもしかしたら気持ちも離れてしまうのだろうか。
  傍にいないと‥‥駄目なのだろうか。
  彼にとっては生徒と教師である限りの関係だったのだろうか。

  なんて考えしょんぼりとしていると、馬鹿と、頭上から声が降ってきた。

  「別れたいから言ってんじゃねえよ。」

  不安げに伏せられた眦に、キスが落ちてくる。
  まるで宥めるように左右に触れ、最後に唇。

  そうして視線をしっかりと合わせ、その真剣な想いを伝えるように唇を開いた。

  「俺は続けていきたいと思ってる‥‥」

  出来ればこの先、ずっと。
  彼女と共にありたいと。

  そう告げれば彼女は泣き出すみたいな顔になって、

  「そんなの‥‥私だって‥‥」

  ずっといたい‥‥と言ってくれた。

  それが嬉しくて、男はそっと目を細めて、笑う。

  気持ちが同じ事が‥‥嬉しかった。

  「‥‥ああでも、おまえ‥‥大学に行ったら忙しいんじゃねえか?」
  「そうなんですか?」
  大学に四年間通っていた先輩はしみじみと呟いた。
  「どの授業を取るかにもよるが‥‥他にもサークルやらイベントやらあるからなぁ。」
  まず、最初の数ヶ月は色んな物に駆り出されて大忙し‥‥だろうなと呟くと、刹那は難しい顔をして、
  「‥‥私‥‥イベントとか行かない。」
  と言い放つ。
  「アホ、折角なんだからいっとけ。」
  それで色んな体験をしろ‥‥と言われて刹那は噛みつくように「でも」と反論した。
  「そしたら土方さんと会えないじゃないですかっ」
  それでもいいのか?と訊ねられ、土方は苦笑を漏らした。

  いいわけがない。
  一日だって、一時間だって、彼女と会えないと寂しくて堪らないのだ。
  それに、大学で‥‥他の男達と一緒にいるかと思うと嫉妬でどうにかなってしまいそうだとさえ思う。

  でも、

  「おまえの可能性を俺が潰しちまうのは‥‥いやだ。」

  好きだからこそ。
  愛しているからこそ。
  彼女にマイナスになるような事はしたくない。

  自分が彼女の枷にはなりたくない。

  だから‥‥寂しいのくらいは我慢できる。

  「‥‥土方さん‥‥」

  刹那は心底心細そうな顔で恋人を見つめた。
  理解のある、大人な恋人に‥‥置いて行かれた気分になり、
  「っ」
  置いていかないでと言うかのようにきゅっと甘えるようにしがみついた。
  甘く柔らかな感触に土方は脳髄まで蕩けていくような気がした。

  明日はもう早いんだからそろそろ彼女を解放してあげなければと思うのに、しがみつかれて男の欲が頭を擡げる。
  もう一度だけ‥‥と自分に言い訳をして、柔らかな腿からするりと上まで撫で上げれば腕の中でびくりと華奢な身体が
  震えた。

  「あ、ひじかた‥‥さ‥‥」

  躊躇いを含んだ声は、僅かに甘さを残している。
  まるで期待されているみたいだ‥‥と思うのは男の勝手な考えだろうか?

  「嫌か?」

  相変わらず狡い聞き方だと我ながら思う。
  そんな風に訊ねれば彼女が首を横に振る事などないと分かっているのに‥‥
  案の定、

  「‥‥」

  刹那は首を振って、自分からも求めるように首にしがみついてくる。

  悪い、と謝って自分の下に組み敷きながらいつものように予備で持ってきたはずの避妊具を装着すると、男は彼女の全て
  を奪い尽くすかのように‥‥貪った。



  「卒業したら‥‥一緒に住まねえか?」

  果てる直前に、まるで懇願するかのように男は言った気がする。
  それは多分、夢じゃない。