頭上に広がる空は、灰色に染まっている。
  空気は冷たく‥‥この分だと今日は雪が降るかも知れない。

  「‥‥さむ‥‥」

  は、と一人寒々しい屋外に佇んでいる少女は呟いた。

  コートを着込んでしっかりと防寒をしているが‥‥冷たい風に容赦なく晒されて、身体は少しずつ熱を失っていた。

  しかし、その場を離れようとはしない。

  空から視線を逸らすと、人通りの多い駅前通を見る。

  駅前の時計の下は、有名な待ち合わせ場所だ。
  そこならば少しは人もいるし、風よけもある。
  がしかし、そこだと人目につくので待ち合わせが出来ない。
  だって‥‥待っている相手というのは、知り合いに見つかってはいけない人なのだから。

  「。」

  ふわ、と前触れもなく後ろから伸びた手に引き寄せられた。

  突然の事に危うく転けそうになるけれど、逞しい腕がしっかりと支えていて‥‥転ぶ代わりにその人の胸にどんと身を預
  ける事になる。
  そうするとこれは好都合と、抱きしめられてしまった。

  「土方さん!」

  振り返れば待ち合わせの相手は、申し訳なさそうに眉を寄せて、

  「悪い、遅れた。」

  と謝ってくれる。

  遅れたといっても、せいぜい5分程度。
  今日は日曜日ということもあって、駅前は車が混んでいる。
  遅れるのは仕方のない事だ。

  「平気です。」

  今来た所だと言うと、土方は嘘を吐けと随分と冷たくなった頬を両手で包んで、熱を分け与えてくれる。

  「こんな冷たくなって‥‥
  どっか入ってりゃいいのに。」
  近くにはカフェもあるし、書店だってある。
  少しだけ離れなければいけないが、ここにいるよりはずっと暖かい。
  でも、そうしたら、と彼女は言った。
  「土方さんに会える時間が少し減っちゃう。」
  そんなの‥‥たかだか数分程度。
  されど、数分。
  その短い時間さえにとっては会えないのが惜しい。

  「それに、土方さんが迷ったら大変だし。」

  などといじらしい事を言っても、最後には意地悪く茶化してしまうのは彼女の悪い癖だ。

  一瞬目をまん丸くしていた男だが、すぐに苦笑になり、

  「‥‥素直じゃないやつ‥‥」

  そう呟くとするりとその手を取って、歩き出す。
  離れた所に止めた車に移動するらしい。

  「今日はどこに?」
  「まだ決めてねえが‥‥水族館か博物館‥‥にしようかと思ってる。」
  美術館でもいいぞと言われ、はじゃあ水族館がいいと答えた。

  駐車してある車のキーを開けると、は助手席に乗り込んだ。
  この車にしてから彼女だけしか座らせない‥‥と決められている、だけの特等席だ。

  「女ってのは水族館が好きだなぁ‥‥」
  「だって見てて楽しいでしょ?」
  「まあ否定はしねえけど‥‥」

  かちゃ、とベルトを締めると、あ、そうだと彼は思いだしたように声を上げ、

  「なに?」

  きしと、シートが軋む音が重なる。
  そして、
  唇も。

  「っ!?」

  ちゅ、と風のように唇を奪われ、は驚きに目をまん丸くした。
  唇を奪った男は近いところでにやり、と笑い、

  「これで、少しは暖かくなるか?」

  そう囁く。

  じんわりと‥‥確かに触れた場所に熱が残った。
  それは触れた相手が心底好きな男だからだろう。
  一気に熱は身体のあちこちに飛び火し‥‥熱くなっていく。

  だが、それを認めるのはなんだか癪な気がして、

  「なるか‥‥この天然タラシめ‥‥」

  は双眸を細めてぼそりと呟く。

  それが彼女なりの照れ隠しなのだと思うと可愛くて仕方がない。

  「はいはい。
  じゃあ、寒い中待たせた分は‥‥」

  ――今夜しっかりと返してやる――

  そんな言葉は、静かにエンジン音にかき消された。