ぼんやりと暗闇の中で天井を見上げる。
いつぶりだろう‥‥こうやってベッドの中できちんと眠るのは‥‥
そういえば、ここ何日かの間はどうやって起きて、眠って‥‥過ごしていたのか分からない。
今更ながらによく、ここまで保ったなと思った。
他人事じゃなくて自分のことだよ‥‥と、そんな事を言ったら皆に怒られるだろう。
怒られて嬉しい、と感じるのもおかしいけれど‥‥嬉しい。
「‥‥ん?」
ふと、ちょんと、布団の中で指を掴まれる。
視線を向けると、隣で眠っている千鶴がこちらをじっと見ていた。
「どうしたんですか‥‥一人で笑って‥‥」
どうやら、見られていたらしい。
はくすくすと笑い、なんでもないと誤魔化す代わりに、
「千鶴ちゃんとこうして一緒に寝るの‥‥久しぶりだな、と思って。」
そう答えた。
小さい頃は、よく一緒のベッドで眠っていた。
彼女はよく、怖い夢を見たと言って彼女の部屋にやってきたから。
一緒に寝ようというと、ひどく嬉しそうな顔をして潜り込んできて‥‥ものの数分も経たない内に安心しきって熟睡して
しまう。
よく薫が千鶴ばっかり狡いと言っていたのを思い出した。
「狭くない?」
あの頃とは違って‥‥二人ともすっかり大人だ。
シングルベッドに二人は狭いだろうかと訊ねると、千鶴は首を振って、平気ですと答えた。
「さんを、いつもより近くに感じるから。」
嬉しいですと言われては苦笑した。
「そういう可愛いこと‥‥総司の前で言ったら駄目だぞ?」
あいつならきっと一発で野獣と化してしまうに違いない、とからかえば千鶴は顔を真っ赤にさせた。
そんなこと絶対に言いませんと反論するけれど‥‥どうだろう。
千鶴は天然ですごい事を言う子だ。
「総司のヤツ。ちゃんと寝てるかな?」
因みに沖田はリビングで眠っている。
本当は集まった皆が残って行くと言いだしたのだけど、そんなに大量の布団はない。
おまけに一応ここは女の子の部屋で‥‥そんな所に男子が軽々しく泊まることは許されないと山南に言われ、薫と斎藤
は渋々と言った体で承諾した。
しかし、沖田は自分は何があっても残ると言い張ったのだ。
「千鶴ちゃんだけじゃを担いで走れないでしょ?」
僕なら力もあるから平気と彼は言うが、力があるからこそ女の子二人と一緒にするのが不安だと山南は言う。
だったら、と沖田は真っ直ぐにその目を見返して、
「万が一の事があったら殺してくれて構わない。」
なんて物騒なことを、真顔で言った。
彼は頑として譲らなかった。
結局、山南の方が折れることになり誓って変な事はしないという約束をして、彼もここに残ることを許可したのだ。
そういえば沖田には毛布一枚しか渡していない。
リビングには一応炬燵があるけれど‥‥大丈夫だろうか?
風邪とか引かないだろうか?
「‥‥さん。」
一人沖田の心配をしていると、千鶴に呼ばれた。
「どした?」
寒い?と訊ねるが、彼女はそれに答えず、
「私‥‥昔、羨ましいなぁって思ってるんです。」
と、呟いた。
羨ましい‥‥
なにが?
は首を捻った。
「さんと‥‥土方先生の関係。」
羨ましいなと思ったんですと千鶴はもう一度言った。
「‥‥だって、土方先生‥‥すごくさんのことを大事にしてるって分かったから。」
そうなのだろうか。
自分では分からない。
大切‥‥にはされていたとは思うけれど‥‥
「土方先生‥‥さんの進路の事とか、ちゃんと考えててくれたでしょ?」
「うん、それはまあね。」
一つでも教科の点が落ちるとガミガミ言われたなと思い出した。
スパルタかと思うほど扱かれたし、解けない問題があるのだと言うとデートそっちのけで勉強会だ。
くそ真面目な男なのである。
顔に似合わず。
「でも、それってさんの将来を考えてるからだと思うんですよ。」
「‥‥」
「さんが、自分の望む学校に行って‥‥自分が望む事が出来るようにしてあげたいからだと思うんです。」
――おまえの可能性を俺が潰しちまうのは‥‥いやだ――
確か、あの時、彼は言った。
学校を卒業したらどうしたいかと話していた時、彼は言った。
自分と付き合うことで、を駄目にはしたくないと。
「‥‥今なら‥‥なんとなく分かるかも。」
彼が、もしかしたら自分のために身を引いたのではないかということ。
今ならそれは気休めではなくて‥‥事実なのではないかと思うことが出来る。
彼は、優しい人だから。
「そうやって将来の事を考えてるって事は‥‥土方先生、ずっとさんと一緒にいるつもりなんですよね。」
今は離れているけど。
彼はきっと、この先ずっとと一緒にいるつもりだったのだろう。
だから彼女の将来を‥‥誰よりも心配してくれているのだと。
「‥‥そう、かもね。」
「私、そういうの羨ましいな。」
暖かくて、優しくて、深い‥‥愛し方。
「‥‥勝手だけどね。」
はあははと笑う。
千鶴も釣られて笑った。
確かに、勝手だ。
本当に彼女らの言うとおりなら‥‥勝手すぎる。
の意志なんてまるっきり無視、だ。
「でも、素敵です。」
「‥‥うん。」
そうだねとは頷いた。
そうだったらとても素敵だ。
びゅうと冷たい風が窓を叩いている。
まだ雪は降っているらしい。
明日はきっと‥‥一面銀世界だろう。
「‥‥千鶴ちゃん?」
心地よい温もりに包まれて‥‥久しぶりにうと、と緩やかな眠りの波がやってきた。
「はい‥‥」
答える千鶴の声も、なんだか眠たそうだった。
「ありがとね。」
ありがとう。
何度伝えてもきっと足りない。
傍にいてくれてありがとう。
教えてくれてありがとう。
千鶴は一度も、過去形にしたことはなかった。
そう、まだ、終わりではない――

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