翌日、千鶴が目を覚ましたのは夜になってからだった。

自分で思っていたほどに疲れていたらしい。

もう皆出ているだろうと慌てて支度をすると、部屋を飛び出し廊下を足早に行く。

「あ。」

廊下の途中でその姿を見つけて、千鶴は小さく声を上げた。

「沖田さん。」

彼は羽織を身につけ、壁にもたれ掛かってこちらを見ていた。

「ようやく起きてきた。」

千鶴の姿を認めると、彼は苦笑する。

それからおはよう、と挨拶されて千鶴は慌てて返した。

とっくに夜の警護についている時間だ。

何故ここにと思えば、彼は千鶴を見てよいしょと壁から背を離して、

「夜の警護に参加するつもりなんでしょ?」

と問う。

「は、はい。」

千鶴は頷いた。

「だと思った。」

昨日の今日なんだから休んでおけばいいのにと彼は言いながら、歩き出す。

どうしてここに?

と千鶴は疑問を抱きながらその後ろ姿を立ち止まったまま見ていると、彼は振り返りながら、問う。

「行かないの?」

「い、行きます!」

勿論です。

千鶴は慌てて彼の後を追いかけた。

 

「まったく、君は物好きだよね。」

追いついてきた千鶴に、沖田は苦笑で呟いた。

「参加しなくていいって言ってるのに。」

そう言いながら、でも、今日彼があそこにいたのはきっと、と千鶴は思う。

もしかしたら自惚れなのかもしれない。

でも、きっと‥‥と千鶴は思った。

 

彼が、自分を待ってくれていたんじゃないかと。

 

そう思うと、なんだか嬉しかった。

「‥‥」

千鶴はそっと笑みを漏らす。

それから、そうだと思い出して声を上げた。

「あの、近藤さんは?」

そうだ、昨夜山は越えたと教えてもらったが今はどうしているだろうかと訊ねれば、彼はひょいと肩を竦めて答える。

「大坂の松本先生を訪ねるんだって。」

「松本先生を‥‥?」

医者の助けが必要なくらい、近藤の傷は深いのだろうかと不安になる。

近藤が離れている間、指揮権は土方に預けられるそうだ。

「‥‥心配ですね。」

「でも、あの人に任せれば安心かな。

いろいろな意味で独特だけど腕は確かだから。」

くすくすと楽しげに笑う彼は、昨日と違って随分と落ち着いて見える。

よかったと、千鶴はほっと安堵のため息を漏らした。

 

夜空には月が出ていた。

星がきらきらと瞬いている。

綺麗と呟けば白い息が零れた。

今日も寒くなりそうだ。

「ああ、そうだ。」

これ、と沖田は手に持っていたそれを千鶴に差し出す。

「なんですか?」

受け取ると、それは見覚えのある濃紺の羽織だった。

が、千鶴ちゃんにってさ。」

さんが?」

千鶴が目を覚ます少し前、は廊下で佇む沖田を見つけてそれを押しつけていったのだと言う。

本来、彼女が任務に就くとき闇に紛れる時に身に纏っているものだ。

邪魔にもならず、寒さもそれなりに凌げるから防寒に‥‥ということらしいが、

「え、でもそれじゃさんは‥‥」

羽織無しでは風邪をひくんじゃないかと千鶴が言えば、沖田は首を振った。

「今夜も出掛けないから、その辺の綿入れでも羽織ってるってさ。」

「そう‥‥なんですか‥‥」

千鶴は衣へと視線を落とす。

 

「風邪ひかないように頑張ってね、ってからの伝言。」

「‥‥」

が自分の態度に気付いていないはずがない。

それなのに、こうして気まで遣ってくれるなんて‥‥

本当に、彼女はいい人だ。

そんな人にあんな態度を取っていた自分がなんとも恥ずかしいと千鶴は思った。

 

そうだ、自分は自分なんだ。

どうしたって、にはなれない。

 

「私には私の出来ることを‥‥」

 

まるで自分に言い聞かすように。

いつか優しい記憶の中で誰かに言われた言葉を思い出す。

 

『千鶴にしか出来ないことがあるはずだよ』

 

うん、と千鶴は頷いて、受け取った羽織に袖を通す。

ふわりと微かに感じるの香りに包まれ、気持ちが強くなった気がした。

 

「今日も頑張ります。」

にこりと笑えば、沖田は「ほどほどにね」と苦笑で答えた。

 

今日こそ‥‥平和に一日が終わりますように。

 

瞬く星空を見て千鶴はこっそりと願う。

明日、羽織を彼女に返すときには笑顔で、それから今までごめんなさいと言おうと、思った。

 

 

 

――バァン――

 

 

 

夜空を、銃声が上がった。

千鶴の願いは空しく、轟音によって消えた。

挑発するような銃声が、続いて二度ほど上がる。

それは屯所の中にいても分かった。

はまずいと心の中で思いながら廊下を走る。

 

「総司!」

 

門を出て声を上げる。

しかし、時既に遅し。

 

っ‥‥」

 

残っていた藤堂が、くしゃりと顔を歪めていた。

 

ああ、また遅かった。

はちぃと一つ舌打ちをして、夜の街へと飛び出した。

 

 

 

「沖田さん!!」

確かこっちに走ったはずだと千鶴は息を切らせて薄暗い通りを走る。

人気のない通りは不気味で、それだけで足が竦んでしまいそうだった。

「沖田さん‥‥」

どこ?

と心の中で祈るように彼を呼ぶ。

ふいに、視界を鮮やかな青が走った。

「沖田さん!」

慌てて千鶴が追いかければ、その影は大通りを外れて細い路地へと入る。

闇の中で浅黄色の羽織が翻った。

白銀の輝く刃を構え、氷のように冷たい眼差しを向けていた。

 

「近藤さんを撃ったのは、君?」

 

彼と対峙する男は、酷薄な笑みを浮かべた。

 

「薫‥‥さん‥‥」

 

その姿に、千鶴の口からはかすれた声が漏れる。

 

「血を分けた兄妹とはいえ‥‥この前会ったときは敵を見るような目でにらんでたくせに。」

 

そんな彼女に薫は苛立った様子で応えた。

 

「この期に及んで薫さん、か。

おまえのそういうところに、俺は無性にいらいらさせられるよ。」

本気で憎しみを抱く瞳を向けられ、千鶴は怯んだ。

 

確かに、あの時彼を憎いと思った。

沖田を罠にはめ、変若水を飲ませ羅刹にしたのは彼だ。

だけど、血を分けた兄妹であるのも確か。

その思い故に、千鶴は複雑な気持ちだった。

 

言葉を飲み込む彼女の代わりに、沖田は冷静に訊ねた。

「僕の質問に答えろ。」

僅かに苛立ちを滲ませた、しかし底冷えするような声で問えば、

「証拠もないくせに俺を疑うの?」

これだから人間って奴は‥‥とあざけるような言葉に、沖田は表情を動かさず、視線だけで答えを求めた。

嘲笑を浮かべていた薫はそういえば、と芝居がかったような口調で言った。

「あの日だったかな、御陵衛士の残党に会ったよ。」

油小路の戦いで逃げた残党だろう。

「彼らだまし討ちにされた伊東の恨みを晴らしたいんだって。」

いやな笑みを浮かべたまま薫は言う。

「奉行所に討ち入る勇気もないみたいだか、街道に張り込めばいいとは教えてあげたかな。」

言葉に、沖田の双眸が鋭くなる。

じゃあ、と千鶴は乾いた声で呟いた。

「あなたが‥‥」

近藤さんをと言いかけるのを、薫は煩わしげな視線を向けて答えた。

「誤解しないでくれる?

俺だって悪気は無かったんだよ。」

そうして、薄らと笑みを浮かべた。

 

「新選組局長ともあろう人間が‥‥まさかあんなに油断してるとはさすがの俺も思わなかったからね!」

 

彼の言葉に沖田が飛び出すよりも早く、

薫はぱちんと指を鳴らした。

瞬間、物陰に隠れていた人々が、二人を取り囲んだ。

 

「こんなに‥‥!?」

 

千鶴は驚きに声を上げ、一歩たじろぐ。

ちらと横目で取り囲む敵を見ると、沖田は冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「ずいぶんわかりやすい罠だなぁ。」

「それって負け犬の遠吠え?」

 

彼の呟きに、薫も冷笑で答えた。

軽口を叩く沖田には焦りの色は見えない。

取り囲まれている状況はどう考えたって不利だというのに。

彼の口元には笑みが浮かんでいる。

 

確かに彼は羅刹だ。

銃弾を受けても、そんな傷すぐに癒える。

彼はきっと傷を受けることなど気にせず、一瞬の内に薫と間を詰め、斬るのだろう。

近藤に傷を負わせた彼は、今は憎むべき敵。

だけど‥‥

千鶴にとっては少しばかり複雑な気分だ。

そんな情況下であっても、それでも、

薫はたった一人の肉親。

自分は覚えていなくとも、彼と血のつながりがあるのは分かった。

だから迷った。

 

ふいに、

 

「相手は新選組の沖田総司だ。

銃で狙ってもなかなか当たらないだろうね。」

薫は考え込むような素振りを見せた。

言葉に沖田は意識を彼へと戻し、笑みを浮かべたまま、瞳に強い殺気を込めて口を開く。

「言いたいことがあるなら単刀直入にいってくれる?」

いちいち回りくどくて勘に障る。

「君に話してるわけじゃないよ。」

その視線を真っ向から受け、薫は変わらず笑みを浮かべ、

「弱い奴から狙った方が楽かもね、って倒幕派の皆さんに提案してるだけ。」

ぐるりとあたりを見回して、茶化すような口ぶりで言った。

 

「っ‥‥」

彼の言葉でようやく気づく。

全ての銃口は、千鶴に向けられていると。

そう、

弱い相手‥‥

千鶴から狙うというのだろう。

 

「別に、僕には関係ないよ。」

「っ!?」

 

薫の言葉に、沖田はあっさりとそう言ってのけた。

僅かに目を見開き、大きな背中を見つめる。

「撃ちたければ撃てば?

彼女が傷つこうが何しようが‥‥僕には関係ないことだよ。」

彼の表情は見えない。

どんな顔でその言葉を口にしているのか、千鶴には見えない。

ただ、

「僕は、君が殺せればそれでいい。」

その言葉に、千鶴は僅かに視線を落とした。

 

勝手についてきたのは自分だ。

分かってる。

今自分が足手まといになっているということも。

彼が自分になど眼中に無いことも。

彼の全ては、大切なものを守るために、刃を振るうこと。

その大切なものの中に、自分がいないことなど百も承知。

 

分かってる。

 

千鶴は落とした視線をもう一度上げる。

そして、

 

「‥‥私は、大丈夫です。」

沖田に言った。

ぴくんとその肩が僅かに震えるのが分かった。

「沖田さんの、望むことをなさってください。」

私は、大丈夫だから、

そう彼女はもう一度言って、向けられる無機質な銃口を見つめた。

 

恐れを僅かに浮かべた、でも、真っ直ぐな瞳に、薫は不愉快そうに顔を歪め、

「じゃあ‥‥死ねば?」

冷たい言葉を零すのを合図に藩兵の鉄砲が火を噴いた。

 

そしてその瞬間――

 

大きな影が、

月の光からさえも守るように、

その小さな身体の前に飛び出した。

 

「ぐっ‥‥」

低い呻き声が聞こえ、轟音が響いた瞬間、目を閉じていた彼女は反射的に目を開けた。

大きな背中が一瞬だけ、後ろに下がった。

火薬と、血の臭いに千鶴は青ざめる。

――沖田さん!?」

ぼたぼたと鮮血が地面に落ちた。

迫り来る全ての銃弾を受けた身体は、後退し、倒れるのを堪え、前に一歩踏み出す。

踏み出した瞬間、身体のあちこちから血が溢れ、千鶴はその身体を支えた。

「沖田さん!」

じわりと血が彼女の衣を染めた。

泣き出しそうな千鶴の顔を見て、沖田はくしゃと無理矢理笑った。

「‥‥どこも、痛くない‥‥?」

その声がひどく弱々しい。

「痛くないです‥‥!」

千鶴は涙を堪えて頷いた。

「沖田さんが守ってくださったから‥‥」

だから、弾丸は彼女をかすりもしていない。

無事な様子に、彼はそうかと安堵の表情を浮かべた。

「なら‥‥いいんだ。」

それを最後に、ぐらりと彼の身体が傾ぐ。

「沖田さん!?」

どさりとその身体が大地に沈む。

「沖田さん!沖田さん!!」

彼にすがりついて名を呼び続けるけれど、彼は応えなかった。

じわじわと赤い血が浅葱の衣を染める。

どれほどの怪我を負っているのか、千鶴は分かった。

 

「どうしてっ‥‥」

千鶴は嗚咽を漏らした。

どうして、

どうして、

「私を、かばったり‥‥するんですかっ」

自分は大丈夫だからと言ったのに。

 

彼ならば例え一撃を受けたとしても、次の瞬間には薫を斬れたはずだ。

いや、そもそも彼には銃口を向けられていなかった。

それならば傷を負うこともなく、薫を斬れたはずだ。

彼がしたかった事は、それだったはず。

誰より大事な近藤を傷つけた人間を、彼は許せなかったはず。

 

どれほど悔しい思いを、

苦しい思いをしているか分かった。

 

だから、

だから自分の望むことをしてくださいと言ったのに。

 

なのに、

 

「どうしてっ‥‥」

 

どうしてと千鶴は歪む視界に、青白い男の顔を映して呟く。

 

どうして自分を庇ったのだろう。

どうして自ら傷を負ってまで、

苦しい思いをしてまで、

自分の望みを、捨ててまで、

庇ったのだろう。

 

――自分は、彼の大切なものに入っていないのに。

――守る価値なんてないはずなのに。

 

なのに、

どうして。

 

「どうし‥‥っ‥‥」

 

ひ、と漏れた嗚咽が言葉を邪魔する。

唇を噛みしめて、千鶴は震えた声を零した。

 

「沖田、さっ‥‥」

 

目を開けてと震える声に、沖田はただ‥‥苦しげな呼吸を繰り返すばかり。

その代わりに、薫の楽しげな声が響いた。

 

「間抜けだなぁ‥‥

でも、沖田なら庇うと思ってたよ。」

くつくつと楽う薫に、千鶴はまさかと双眸を見開いて振り返る。

いやな予感がした。

その顔から、血の気が一斉に引いていく。

「最初から‥‥沖田さんが狙いだったの?」

青い顔で問えば、薫は彼女と同じ顔を、醜く歪めて、言った。

 

「誰かさんを守ったせいで、沖田は重傷だ。」

 

かわいそうに、と微塵も思っていない言葉を零す彼は、楽しくてたまらないという風にこちらを見ている。

千鶴の、嘆く姿を。

 

ひどい、

と心の中で漏らす。

だけど、彼をなじることはできなかった。

元はと言えば、自分のせいだ。

彼女がいなければ‥‥沖田は無事だったかもしれない。

馬鹿みたいについてこなければ、銃で撃たれることもなく、包囲網を突破できたかもしれない。

彼が一人ならば。

自分が、いなければ。

 

「っ」

 

また、まただ。

また自分のせいで彼を苦しめた。

傷つけた。

千鶴は力一杯唇を噛みしめた。

じわりと血の味が口の中に広がる。

 

「‥‥おまえは‥‥もっと苦しめばいいよ。」

 

苦しげに顔を歪める妹を、まるで慰めるような優しい声音で。

追いつめる言葉を、投げかけた。

 

呪いのように。

 

「俺の痛みを、知るといい。」

 

そう零して、男は背を向けた。

 

 

 

「総司!千鶴ちゃん!!」

通りを駆けながら、は呼ぶ。

どきどきと、鼓動がいやに早く聞こえる。

嫌な予感がするのだ。

なんだか‥‥急いで二人を見つけなくてはいけない気がした。

 

「総司!」

「千鶴ちゃん!」

 

後ろを走る永倉が声を上げて呼ぶ。

ばたばたと走るの前に、

 

「っ」

 

人が飛び出してきた。

 

「っ!」

思わず二人は柄へと手を伸ばし、その人物を睨み付ける。

そして、

「っ!?」

揃って、その目を見開いた。

 

飛び出してきたのは、まだ少年と言える相貌をした人物だ。

黒い外套を纏う彼は‥‥彼らがよく知る人物と同じ顔をしている。

 

「千鶴ちゃん?」

 

しかし髪が短く、その表情も千鶴より少し‥‥いや、だいぶ大人びて見える。

決定的に違うのは、その瞳の奥だ。

彼の瞳は‥‥彼女のように澄んだ色をしていない。

負の感情を湛え、淀んでいる。

 

ちがう、とは首を振った。

 

「薫‥‥」

 

が呼ぶ。

 

呼ばれた彼は、一瞬‥‥その瞳に無邪気な色を湛えた。

子供が親を見つけた時のように。

嬉しそうな表情を浮かべた。

 

しかし、

 

その瞳の奥には確かに狂気が見えた。

無邪気に笑いながら‥‥どこか狂ったような感情を見て、はぞくりと身体を震わせた。

 

「また、会いに来るから。」

 

優しげな音を言葉に乗せ、薫はそれだけを告げると、闇の中へと翻す。

ばさりと黒い外套が音を立てて闇へ飲み込まれていくのを、はただ無言で見送った。

 

 

 

「‥‥なんだったんだ‥‥あいつは。」

足音さえしなくなった頃、永倉がぽつりと呟く。

「千鶴ちゃんに良く似てたけど‥‥」

そういえば、前に三条大橋で制札事件があった時、原田が彼女に似た人間に邪魔されたと言っていたのを思い出す。

もしかして、と彼は思ったが、もう追いかけても遅いだろう。

いや、それよりも、

、知り合いか?」

いまだ、彼が消えた通りへと視線を向けたままの彼女に問う。

彼女は名前を知っていた。

そして薫は、彼女を見て微笑んだ。

知らない人間に送るにはあまりに愛情の込められた笑みで。

 

「‥‥」

 

はじっと睨み付けた後に、くるりと踵を返した。

。」

「行こう。」

今はそんなことより、二人が心配だと言うと、永倉はそうだったと手を打った。

「あいつら本当に一体どこに‥‥」

あまり遠くには行っていないはずだ。

と一人ごちる彼より先に、はそれを聞いた。

 

「し!」

静かに、とは口に手を当てる。

 

口を閉ざせば聞こえてくるのは、

女の声。

 

必死に何かを訴えかける、声。

 

「‥‥向こう?」

「行ってみよう。」

二人は揃って細い横道へと飛び込む。

そこは薫が飛び出してきた道で‥‥はやはり嫌な予感がするなと唇を噛みしめた。

 

女の声は、段々と鮮明になっていく。

そうすると、その声は聞き覚えのあるものだと分かり、

そして彼女が何を言っているのか‥‥

 

「沖田さん!沖田さん!!」

 

必死に沖田を呼ぶ千鶴の声。

同時にふわりと漂う血のにおいに、は遅かったと呟き、速度を増した。

薄暗い通りを抜けて、たどり着くそこには、

 

「総司!」

 

地面に倒れ込む男と、それに縋る少女の姿。

そして、

浅葱の羽織を、

大地を染める、

――

 

「永倉‥‥さん、‥‥さん‥‥」

ひっくと涙と血で濡れた顔を千鶴は上げた。

その瞳はこちらを真っ直ぐに見据えると、くしゃと先ほどよりも歪んだ。

 

「助けて‥‥」

震える声が彼女の口から零れた。

千鶴は蒼白な顔で叫んだ。

「お願い、彼を助けてっ!!」

涙が零れ、血と共に流れ落ちた。

 

やがて、血は、

彼女の濃紺の衣までも、

赤へと変えた。