15

 

、おまえも来ると思うか?」

大鳥が去って二人きりになった静かな室内に、彼の静かな問いかけが落ちる。

全く主語がない。

が突然切りだしたら「順序よく説明しろ」と怒るくせに、自分だってたまに主語をすっ飛ばすじゃないかと彼女

は苦笑を漏らす。

しかし、彼が自分の言いたいことを彼女が察しないはずなどないという信頼というか、甘えともとれるそれが、嬉し

くてくすぐったくて、は目元をそっと和らげて、かわいげのない揚げ足取りはやめて、素直にはいと頷いた。

「必ず、来ます。」

新政府軍は‥‥絶対に来る。

「奴らが、新選組を‥‥貴方を放っておくはずがない。」

きっぱりと告げられた言葉に、だよな、と彼は苦笑を漏らした。

「俺はとんだ有名人になっちまったもんだ。」

昔はただの百姓だったというのに‥‥と内心で呟けば、はくすりと意地悪く笑った。

「悪名だけは高いですからね。」

「そりゃ、俺にとっちゃ誉め言葉だな。」

「悪口を言われて喜ぶ‥‥なんて、とんだ趣味の持ち主だったんですね。」

「‥‥おまえは本当に、口の減らねえ女だな。」

苦い顔で見遣れば彼女の笑みは一層深くなる。

「知ってた。」

知らなかったんですか?とでも言いたげな表情だったので先手を打って言い放つ。

は驚いた風もなく、肩を揺らしてくすくすと笑いながら、手を伸ばした。

茶がだいぶ温くなっていた。

「お茶‥‥淹れなおしてきます。」

「いや、このままで‥‥」

良いと湯飲みに手を伸ばせば、それを取ろうとしていたの手と触れた。

先に湯飲みを掴んでいたの手を、土方が包み込むように触れる形になり、

その瞬間、

 

「っ」

 

があからさまに、といった感じで手を引いたのだ。

かたん、と湯飲みが倒れ、茶が零れる。

幸いさほど残っていなかったそれは机の上に小さな水たまりを作るだけに留まった。

しかしその被害の小ささに反して‥‥彼の表情は一気に険しくなっていく。

彼女の行動はあからさまに彼と触れあうのを拒んでいた。正直、男としては気分が良くない。

腹が立つと言うよりは、落ち込む。

 

「あ‥‥ご、ごめんなさい。」

 

紫紺の瞳が不機嫌そうに細められるのを見て、は慌てて謝りながら、その、と言い訳を口にした。

 

「私の手、冷たかったから。」

下手糞な言い訳だった。

とても、有能な助勤の口から出た出任せとは思えない。

 

彼女が触れたくない理由は他にあるのだ。

否、恐らくこれは、触れたくない‥‥ではなく、

触れられたくないのだろう。

彼、

つまり、土方に。

 

「どうしたんだ、おまえ。」

 

不機嫌故に、声が低くなり、突っ慳貪な言い方になってしまう。

別に彼女を咎めたいわけではなかった。

ただ、彼女に拒まれるのが納得できなかった。

もっと簡単に言えば、嫌だった。

 

「どうした‥‥って‥‥なにが?」

は惚けてみせる。

この期に及んで誤魔化せると思っているのだろうか?そんな事あり得ないというのに。

 

「俺の事、避けてんだろ。」

避けているというのはちょっと語弊があるかもしれない。

だが、同じようなものだ。

自分が距離を縮めようとすると、逃げてしまうのだから。

「避けて‥‥なんか‥‥」

いませんと言いかけた言葉尻が息を飲む音に変わる。

男が手を伸ばしたからだ。

それが、自分に触れる前にぎくりと身体を強ばらせ、は一歩後ろに下がった。

伸ばした手は空を掴む事となる。

 

避けてんじゃねえか――

 

土方は唇を噛みしめる。

ついでに伸ばした手を、怒りを堪えるように握りしめた。

 

この間までは、触れさせてくれた。

嫌がる素振りも見せずに。

だが、佐絵の手紙を貰った時から変わってしまった。

だとしたらそこに原因があるのだろう。

 

「‥‥あの人に、何か‥‥」

 

彼女に会って、何かを言われたのだろうか?

でも、疚しい事なんてなにも‥‥

 

訊ねる言葉は、突如、ぞくりと背筋を這い上がった悪寒によって遮られる。

久しい感覚。

身体の奥から別の自分があふれ出すような。

別の自分、

つまりは、

 

――ぐっ!?」

 

ざぁと強い風が鳴るような音を立て、漆黒の髪が一気に色を無くす。

瞬く間に白く色失せたそれを見て、は目を見張った。

 

「土方さんっ!」

 

視界が一瞬にして赤く染まった。

彼の見ている景色も赤く染まり、ぐにゃりと歪む。

 

「蝦夷地に来てからは、ずいぶん調子が良かったんだが。」

 

身体のあちこちを断続的に痛みと、疼きが襲った。

喉の奥が渇き、ひりついて、それこそ喉を掻きむしってやりたい衝動に駆られる。

唾液を何度嚥下しても、渇きは癒えない。

それを堪えれば今度は震えが身体を支配した。

指の先まで震えて‥‥止まらない。

まるで、自分の身体ではないようだった。

 

「俺の身体もそろそろガタがきたようだな。

‥‥せめて、春まで持ってくれるとありがたいんだが‥‥」

 

先に逝った藤堂や山南も同じだったのだろうか?

自分の身体も満足に動かす事が出来なくなったのだろうか?

いつ、自分も灰になるのだろう?

何も遺さずに消えるのだろう?

 

彼女に、

何も残せずに――

 

「馬鹿な事言わないでください!」

 

どこか諦めにも似た表情で己の指先を見つめる男を、は強い声で叱りとばした。

言葉に頬も張られたような気がする。

それほど強い声では言うと、すぐに愛刀を引き抜いた。

また傷をつけて血を与えるつもりだ。

 

いやだ。

 

土方は頭を振った。

 

今まで散々彼女を苦しめてきた。

傷つけてきた。

今更止めた所で自分が彼女に刻んだ傷は消えはしない。

それでも、

もう、

 

「‥‥やめろ‥‥」

 

彼女を、傷つけたくないと思った。

もうこれ以上。

好きな女を苦しめたくないと。

 

手首を掴んで遮ればがぎくりと肩を震わせる。

また振りほどかれるだろうかと思えばそれはなく、彼女は掴まれたままで顔を上げた。

血の色に染まるそれは、ひどく苦しげである。

矜持の高いこの男にそんな顔をさせるのだ。相当辛いのだろう。

なのにそれでも彼女を傷つけまいと‥‥こんな時でも人の事を優先するのだからは腹が立って仕方がない。

人の心配ばかりするなとに言うくせに、自分だって同じじゃないか。

同じ、なのに。

 

「私は土方さんに生きていて欲しいんです。」

 

強い眼差しが、僅かに潤む。

涙だと分かった時、土方は思わず怯んだ。

 

同じだ。

土方がを苦しめたくないと思うのと同じで、だって土方を苦しめたくない。

彼が苦しんでいる姿を見たくない。

ましてや、

彼が死ぬところなんて‥‥

 

脳裏に過ぎったかつての仲間の最期の姿に、ゆらりと世界が歪む。

彼を同じように失うと思うと足下から崩れて飲み込まれてしまいそうだ。

 

「あなたを失わないために出来ることならば何でもする。」

きっと自分は狂う。

狂って、今度こそ、世界を終わらせてしまうに違いない。

そんなのは嫌だ。

そんなこと、させない。

「この血だって命だってなんだって捧げても良い。」

彼の代わりに自分が死んで、彼が生きながらえるならば迷わずにそうするだろう。

彼はきっと拒むだろうけど‥‥それでも、彼には生きて欲しかった。

 

「私の我が侭だから。

‥‥私のせいにしていいから‥‥」

 

彼は何も悪くない。

自分が望んだことだから。

だから、彼が気に病むことはないのだとは言った。

 

こくりと土方は喉を鳴らして息を飲んだ。

心の中で鬩ぎ合っていた。

彼女を傷つけたくないと思った。同時に彼女を悲しませたくないと。

今、この瞬間彼女に悲しげな顔をさせているのは自分が血を拒んでいるせいだ。

彼女は血を飲んでくれと望んでいる。

ならば彼女の言うとおりにしてやるべきだろう。

 

――どちらを選んでも彼女を傷つける事は間違いないのだから。

 

それに、

 

「‥‥ったく。」

 

土方は呆れにも似たため息を唇から零した。

腹の奥に溜まっていた何かがそれで少しだけ軽くなった気がする。

「そこまで女に言われて、駄目だ、なんて言えねえよな。」

その言葉は男にとってはただの言い訳にしか過ぎない。

彼女が願うから血を求めるのだと言う。

でも、本当は違う。

欲しくて堪らなかった。

彼女の血が。

 

困ったような顔で告げられた言葉には一瞬、驚いたように目を見張り、見る見るうちに表情を変えていった。

それはほとんど満面の笑みというやつで、

「はい!」

彼女は心底嬉しそうに返事をすると、くるりと背を向けてしまった。

彼の気が変わらないうちに、というところだろうか。

それにしたって、そんなに嬉しそうな顔をするやつがあるか、と土方は思う。

血を寄こせだなんて恐ろしい事を望まれているというのに。

もっと嫌がれよ。恐がれよ。

触れる事は拒む癖に、血を与える事は拒まないのかよと内心で零しながら、唇からは別の言葉を紡いだ。

「おまえ、俺が知らないうちに強請るのが上手くなったな。」

誰に教えてもらったんだ?とでも言いたげな言葉に、は意地悪い笑みを浮かべる。

「そうだ‥‥って言ったら?」

「っ」

ぴたりと彼の手が止まった。

自分でけしかけておいて、肯定されれば傷付く、なんて自分勝手にも程がある。

「嘘。

誰にも教えてもらってませんよ。」

そんな彼にくすくすと苦笑で答え、は釦をいくつか外して襟元を寛げた。

白い項と細い肩が男の眼科に晒され、無意識に男の喉が鳴った。

食らいつきたい――

羅刹の衝動でもあり、男としての衝動でもあった。

 

「土方さん?」

どうしたんですか?飲まないんですか?と不安げには問いかける。

振り返りたかったが振り返らない。

彼は血を飲む姿を見られるのを嫌うから。

しかし沈黙の間は一瞬で、

 

「っ」

次の時にはじりと、肌を妬くような感覚が肩口に走った。

すぐに独特な血の香り。

空気を揺らすのを感じ、は息を吸い、下腹に力を入れた。

悟られまいと奥歯を噛みしめれば、肩口に、さらりと、髪が触れるのが分かる。

そうして、

「‥‥っ」

ざらりとした、舌の感触。

ぞわりと背筋が震えたのは決して嫌悪からではなかった。

 

気持ち、いい――

 

は双眸を細めて心の中でだけ零す。

 

惚れた男にされるという事実だけでこれほどまでに心は昂ぶるものなのだろうか。

自分はそんなに堪え性のない方ではない。

むしろ、我慢強い方だと思っていた。

なのに、ただ肩口を舐られるだけで、叫びたいほどの快感を覚えた。

奥歯を噛みしめていなければはしたなく声を上げていただろう。

拳を握りしめていなければ、彼に縋っていただろう。

 

「‥‥っく‥‥」

 

土方は血を、丁寧に舐めとった。

もう塞がってしまった傷口にそっと口付けを落とす。

羅刹としての発作はすぐに収まった。しかし、その逆男の本能は触れれば触れるほどに収まりがつかなくなるのだか

ら厄介だ。

じゅ、と傷口を音が立つほどに吸い上げられ、はぎくりと肩を強張らせた。

彼女の肌は、柔らかくて、甘い。

一体何で出来ているのだろうか?

こんなに甘くて、人を酔わせる彼女は。

 

「んっ!」

 

かり、と肌に歯を立てられた。

皮膚を噛み切るにはあまりに弱く、だがを感じさせるには充分で、

「っ」

は思わず漏れてしまった甘えたような声を、奥歯をもう一度きつく噛みしめて堪える。

 

「痛い、か?」

 

その声に気付いたらしい。

土方が掠れた声で訊ねてきた。

でも、彼もそれが痛みを訴えるものではないと言うのは分かっているだろう。

分かっていて、聞くなんて、ひどい男だ。

は吐息の塊を吐き出して、ふるりと頭を振った。

「平気‥‥」

痛い、と言えば彼は止めてくれただろう。

でもは止めて欲しくなかった。

快楽を堪える事がどれほどに辛かろうとも、彼に触れてもらう事を止めて欲しくなかった。

もっと触れて、与えて欲しかった。

彼がくれる全てが愛おしくて堪らないから。

 

「なら‥‥いいな?」

続けるぞ、と言う彼の髪は、もういつもの黒へと戻っている。

続ける必要などもう、ない。

それは自分でも分かっているのに彼女と同様、彼も触れたくてたまらなかった。

心底惚れた女に触れて、痕を刻みたかった。

白に鮮やかな散る赤の花びらは‥‥いずれ消えてしまうと分かっていても、自分だけの印を刻みたかった。

 

――自分のものではないというのに――

 

それでも、刻みつけたかった。

自分だけの何かを。

 

 

不意に彼女が小さく零した。

 

「佐絵さんじゃないと‥‥駄目かと、思った。」

 

全く脈絡のない言葉だった。

恐らく、何を言われたかそれだけで分かる人間というのは少ないだろう。

もとより‥‥は自分の気持ちを吐露するのに言葉が足りない。

不器用なのだ。

 

しかし、

 

佐絵でなければ駄目かと思った――

 

彼には、その言葉の意味がよく分かった。

いや、正確に何を言いたいのかは分からなかっただろう。

 

『佐絵でなければならない』のが『血を与えてもらう相手』の事だと分かったのはその後、冷静になってからだ。

 

ただ、彼女はこの間からおかしくて、その理由こそが、呟きに込められている‥‥というのだけは分かった。

 

彼女との間に何も疚しい事などない。

たった一度きり、あの夜だけ過ちを犯しかけたけれど‥‥それは未遂に終わった事だ。

あれから一度だって会っていない。

疚しい、といえば佐絵にを重ねた事くらいだ。

 

彼女は‥‥誤解をしているのだろう。

 

佐絵と自分が、

親しい関係だったのではないかと。

 

確かにがいない間、彼女が傍にいた。

それは認めよう。

佐絵にを重ねていた事も。

それ故に惹かれかけた事も認める。

でも全てはという人がいなければあり得なかった事なのである。

 

土方は言いかけて‥‥止めた。

それを口にしてしまえば、彼女に想いを告げるのも同然だった。

彼女を想っているからこそ、影を重ねた‥‥なんて、好きだと言っているのと同じだ。

だから、言葉を飲み込み、その代わり、

 

「ひ、土方さん‥‥?」

 

肩口を掴んでいた手を前に滑らせて、腕に抱きしめる。

いつも血を啜るときは彼女の身体を動かないように固定するために腕を回していた。

だが、今は、押さえつけるそれではなく、腕の中にしかと抱きしめるように、彼女を抱く。

抱き込んで華奢な背中を自分の胸とぴたりと合わせた。

そうして肩口から首筋に唇を滑らせ、そこに一度吸い付く。

 

「土方さん、そこはっ」

衿で隠れないような場所に痕を残され、は慌てた。

が、男は悪びれた風もなく、更に歯を立てて強く痕を残すとそのまま唇を滑らせて耳の後ろ‥‥血の集まるそこへと

唇を押しつける。

 

「やっ」

ぞわ、と今までに感じた以上の震えに思わず声が漏れてしまう。

耳を庇いたかったが、生憎と腕ごと彼に抱き込まれているせいで、出来ない。

代わりに身を捩ったが、抵抗はさほど出来なかった。

どうやら‥‥彼女は耳が弱いらしい。

顕著な反応にこれはよいものを発見をしたと土方は意地悪く笑った。

存分に攻めていじめてやりたい気もするが、今はそんな事をしている時ではない。

それにそんな事をすれば彼とて引き返せなくなるだろう。

ゆらりと頭を擡げる欲望を押しつけながら、やがて耳から、こめかみへと唇を滑らせてそこに唇を押しつけた。

そうして、囁く。

「あの人とは‥‥何もなかった。」

「‥‥え‥‥」

次は何をされるのだろうかとびくびくしていたは言葉に一瞬ついていけない。

何を言われたのか分からずに問い返せば、こめかみにもう一度音を立てて口づけられ、はびくっと肩を震わせた。

「おまえが不安になるような事は、何もなかった。」

ただ、彼女はお節介にも新選組の様子を見に来てくれただけだ‥‥と彼は言う。

果たして、それだけだったのだろうか。

それだけならば何故彼女はあんなに思い詰めたような目をしていたのだろうか。

疑問は浮かんだが、が口にするよりも前に土方の方が疑問をぶつけてきて、

「そういう、おまえこそ‥‥何もなかったのか?」

どこか拗ねたような響きのある声に、はもう一度「え」と訊ね返す。

彼は続けて言った。

 

「あの人と‥‥一緒だったんだろ?」

「‥‥あの人って‥‥誰?」

「‥‥山口先生だよ。」

 

正確には彼は医者ではない。

なのに「先生」と呼ぶのは彼なりの皮肉のつもりだ。

もしや彼にねだり方を教えてもらったのだろうか‥‥まだ先ほどの言葉を引きずる自分に少し、嫌気が差す。

だがこちらも土方ら同様に二人きりだったのである。

また、山口が彼女を慕っている事も知っていた。

それに、彼女は、とても魅力的な人だ。

彼が間違いを犯しても‥‥おかしくないほど。

 

「‥‥あるわけ、ないじゃないですか。」

そんな彼の問いかけに、は憮然とした面持ちで答えた。

それは『心外な』とでも言いたげな声で、土方はなにがだよと反論する。

「男と女が二人きり、だぞ。

間違いが起きたっておかしくはねえだろうが。」

それを言うなら土方だって同じじゃないかとは心の中で呟く。

男女二人きりというのならば彼も同じ状況だった。

反論したかったけれど先ほど、彼は言った。

 

『何もなかった』

 

と。

はそれを信じる。

いや、信じたい。

彼は自分に嘘を吐かないと。

 

だから反論の代わりに、は彼にこう答えた。

 

「私は‥‥土方さんの事が好きだから。」

 

彼の事が誰よりも好きだから。

例えば他の男がどれほど自分に優しくしてくれても。

土方から受けた傷を癒そうとしてくれても。

 

「私は、土方さんの事だけが、好きなんです。」

 

土方にだけ、は捧げると決めた。

この心も身体も、命も。

だから、他の男と何かがあるはずもない。

例えば無理矢理に彼女を抱いたとしても‥‥何一つ、得られるはずもない。

 

は、土方にだけ捧げると決めたから。

 

そんなどうしようもない愛の告白に、土方はぐしゃと顔を歪める。

好きだと認めてから、は彼に対しての想いを隠さなくなった。

臆面もなく言われるとさすがに、照れる。

照れるけれどそれ以上に、彼は嬉しくて‥‥

 

「‥‥おまえは、大馬鹿野郎だ。」

 

思わず漏れる笑みを、必死で堪えながら、もう一度きつく、腕に彼女を抱いた。

 

 

 

彼が自分を好きかどうかなんて‥‥どうでも良い。

ただ、彼が自分を嫌っていなければ、それで良い。

 

自分が彼を支えられれば――もっと、良い。

 

 

「君は欲がない人だね。」

 

大鳥の困ったような声が、聞こえた気がした。