ふわりふわり。
  桜が舞い落ちる。
  まだ咲き誇っていないそれらは、風に吹かれて舞う。
  月光に照らされた花びらは、青みがかって見えた。
  夜桜もいいものだ。
  土方は思う。

  「土方さん。」
  そっと控えめに声を掛けられた。
  ふわりと酒の香りがして振り向けば、そこにの姿がある。
  彼女は盃を片手にこちらへと近付いてきた。
  「なんだ?主役が抜けてきていいのか?」
  今日の宴の主役は彼女なのに。
  と言えば、は緩く首を振る。
  「もう、みんなほとんど酔いつぶれてる。」
  主役がどうこうとかそういう問題じゃないよと彼女は言って、彼の隣に腰を下ろす。
  「っていうか、そう思うなら土方さんも参加してくれてもいいじゃないですか。」
  「悪いな。俺はやる事があったんだよ。」
  とんと二つの盃を置く。
  どうやら彼と一緒に飲むつもりらしい。
  「おい、あまり飲み過ぎるなよ。」
  と窘めるが、にしては珍しく、あまり酒を飲んだ様子はない。
  「少し抑えて飲んでます。」
  は、酒を注いだ。
  「土方さんとも‥‥飲みたかったから。」
  「‥‥そうか。」
  ゆらりと、水面が揺れた。


  ふわりふわり。
  桜が舞い落ちる。
  は土方の隣でそれを見ていた。
  静かな夜だった。

  「‥‥私がここに来たとき、覚えてます?」
  はふとそんな問いを口にした。
  「ああ。」
  問いに彼は頷き、ちびりと酒を口に流した。
  「如月の始めだ。」
  小汚ぇガキだったよと言われては苦笑する。
  5年前の事だ。
  自分でも覚えている。
  「その小汚いガキをよく引き取りましたよね。近藤さんってば。」
  「まあ、あの人は昔からよく色んなもんを拾ってきたからな。」
  犬やら猫やら。
  と彼は呟いた。
  「私は猫ですか。」
  は唇を尖らせる。
  「猫や犬より可愛げねぇよ。」
  おまえは。
  彼は言った。
  「失礼な‥‥」
  「まあ、でも‥‥」
  ゆらりと、土方は酒を揺らしながら呟いた。

  「おまえがここにいてくれて、助かってる。」

  そう告げる男の眼差しは‥‥優しかった。
  はなんだか気恥ずかしくて、視線を空へと向けた。

  「私こそ‥‥」

  感謝しています。
  彼女は思う。

  あの時から始まった。
  の世界は、5年前から始まったのだ。
  ともすれば消えてしまいそうだった自分の世界を。
  自分という存在を。
  彼が、彼らが、繋ぎ止めてくれた。
  居場所を、
  世界を、
  夢を、
  与えてくれたのだ。

  自分の全ては、ここにある。
  彼らが与えてくれた。
  感謝をするのは、こちらの方だ。

  「ありがとうございます。」

  空を見上げたまま、は告げた。
  面と向かって言うには気恥ずかしすぎた。


  ふわり。
  ふわり。
  桜は夜風に吹かれて揺れる。
  酒のにおいが‥‥夜風に吹かれて霧散する。

  「。」

  土方が呟いた。
  「なに?」
  視線を向ければ、彼は懐をまさぐって、
  「ほらよ。」
  ぽいと包みを放り投げた。
  は咄嗟に手を出して受け止める。
  掌にのる大きさの包みだった。
  「‥‥なにこれ?」
  首を捻る彼女に、土方は酒をぐいと一気に煽りながら、
  「てめぇにくれてやる。」
  とそう言った。

  「‥‥え?」
  どうしてとはまた彼を見る。
  彼は視線をこちらへと向けずに、続けた。
  「今日、街に出たら売ってたんだよ。」
  そこの店の主人がどうしてもというから、買ってきたんだと彼は言った。
  それはあれだ、

  「今までの礼と‥‥誕生祝いだ。」

  と。

  包みは、
  暖かかった。
  彼の温もりを湛えていた。

  今までの礼と。
  誕生祝い。

  女に贈り物なんて、らしくもない。

  は思わず、くちにしそうになる。
  嬉しさと、ちょっぴりの恥ずかしさから。
  思ってもみないことを。

  それを笑顔で留めると、彼女は包みに手を伸ばした。

  「開けて良いですか?」

  問えば彼は好きにしろと短く答えた。

  は包みを膝の上に置くと、かさりといつもより丁寧な手つきで包みを開けていった。
  何故か、指先が震えた。

  「‥‥わ‥‥」

  あければ、そこにあるのは鮮やかな赤。

  「‥‥飾り紐?」

  赤い紐に、金色の石が二つついたもの。
  帯紐にも、髪を結う紐にも出来る。
  綺麗で、鮮やかな赤だ。
  珍しい。
  「おまえ、色が白いから映えるだろうと思ってな。」
  心の問いかけが聞こえたのか、土方が呟く。
  確かに言われるとおり‥‥の肌は白い。
  その赤はよく映える。
  それに、その石。

  金色かと思えば、透明な石の中にきらきらと金の粒が混じっていてそう見えるみたいだ。
  それに翳せばその中に、青や赤も混じっていて‥‥

  「綺麗。」

  は思わず呟いた。

  「色んな色が混ざってるみたい。」

  まるで新選組の人たちのようだとは呟いた。

  その石こそ‥‥土方が選んだ理由だった。
  一見輝く金色のように見えて、しかし、本質は純粋なる色で、その中に様々な色を見せる。
  それはまるでそのものだと、彼は思った。

  そして何より、その金色。

  「‥‥おまえの目の色。」

  「え?」

  日に翳すと、時々、その澄んだ琥珀が輝いて見えることがある。
  神々しい、
  金色に。

  それを見つけた瞬間、だと思った。

  「良い色だろ?」
  土方は苦笑で誤魔化した。
  言われて彼女は満足げに頷く。
  「大切にします。」
  「‥‥大切に仕舞うなよ。」
  そんなの勿体ねえぞ。
  と言われてしまう。
  じゃあ、とは口を開いた。
  「付けます。」

  とはいえ、帯紐にするには着物で隠れてしまって勿体ないし、髪の毛を結うのにもそうだ。
  もっと全面的に見せられる場所に付けたい。

  「あ、ここか!」

  あれこれ考えた末、はそこを見つけた。
  首元だ。
  常々首元が寂しいものだと思っていたのだ。

  は言って早速飾り紐を首に巻き付けようとする。

  「貸せ。」
  その彼女の手から紐を奪うと、彼はの背後へと回った。
  「どうせおまえが結んだらぐちゃぐちゃになるんだから。」
  とそう言われて、は口を噤む。
  一つに結い上げた髪を前に回せば、思ったよりも細く、白い項が露わになった。
  そこに赤い紐を回す。
  ああ、本当によく映える。

  とん、
  と石がの鎖骨に触れた。
  冷たいはずの石は、何故か暖かく感じた。

  色々な色を持つそれ。
  なんだか新選組の皆が常に一緒にいるような感じがした。

  「土方さん、解けないようにしっかり結んでくださいね。」

  そっと、
  は石に触れて、願う。

  『絶対に‥‥離れることのないように。』

  彼らと。
  離れることがないように。

  「‥‥」
  穏やかな横顔に、彼はしばし、息を飲んで手を止めた。
  やがて、は紐から手を離して振り返った。

  「土方さん。」

  ふわりと。
  桜が舞う。

  「ありがとうございます。」

  柔らかな、優しい笑みは、本当に嬉しそうで。

  「‥‥ああ。」

  男はぎこちない笑みを返すばかりだ。


                            



の世界



の誕生日話。
の誕生日は、3月と決めていたので‥‥自分の誕生日にあげて
みました(笑)
あの時代は誕生日に祝い事はなかったでしょうが‥‥
こういうのもアリかなと。



2009.3.25 蛍