いつもならば触れる指先。
  いつもならば合わされる唇。

  彼が自分に触れなくなって‥‥どれだけ経っただろう?

  以前ならば当たり前のように触れていた指先や唇が、自分に触れなくなって、どれだけ。

  きっかけがなんだったのかはには分からない。
  ただ、気がつくと彼との間に、僅かな距離が生まれていた。
  嫌われてしまったのだろうかと思ったが、そうじゃない。
  相変わらず彼は優しい、特別に甘い眼差しで彼女を見つめていた。
  好きという言葉もいつだってくれた。
  ただ‥‥
  触れない、だけ。

  彼の手の温もりはどうだっただろうか?
  彼の胸はどれだけ広かっただろう?
  どんな風に自分に触れただろう?
  キスはどれほど優しかっただろう?

  そんなことが分からなくなって‥‥

  一月。



  「‥‥」
  はじっと、彼の横顔を見つめていた。
  鼻筋の通った‥‥それはそれは殴ってやりたくなるくらい綺麗な顔立ち。
  モデルも真っ青になって逃げてしまうほど、美しく整った容姿を持つ男は‥‥土方歳三と言う。
  まるで生きた芸術と思えるそれらを持つ彼だが、しがない高校教師だ。

  世の中には勿体ないことが多いものだ‥‥とは思う。

  彼がモデルとしてその美貌を余すことなく発揮していない‥‥というのもさることながら、そんな贅沢な男が自分の彼氏
  である、ということも勿体ない事である。

  本当に、世の中というのは不思議な作りをしているらしい。

  「‥‥だからな‥‥」

  と薄い唇が言葉を紡ぐ。
  真剣に文字を追いかけるその瞳が少し細められた。
  さらりと絡まる事を知らなさそうな滑らかな黒髪が彼の横顔を隠し、鬱陶しげに掻き上げる様が‥‥また男の色香という
  のを醸し出している。
  唇から零れる低い美声が、またまた色艶に磨きを掛け‥‥

  頭がぼぅっとする。

  彼という存在は、麻薬なのではないかとは思った。

  その姿も、瞳も、声も。
  操る全てが女を惑わせ、思考をとろけさせてしまう麻薬ではないのかと。

  ああくそ、これで女はイチコロというわけだな、とはどこか他人事のように呟いた。

  「おい、聞いてるのか?」

  瞬間、の様子に気付いたらしい男がこちらを見遣り、端正な顔立ちを歪めた。

  顰め面さえ絵になるものだと思いながら、すいませんと謝り、視線をもう一度教科書へと戻した。
  「いいか?」
  溜息を一つだけついて、男は指でトン、と教科書を叩く。
  「ここの文章を現代訳する時は‥‥」
  「ええと‥‥ここから、ですよね?」
  「そうだ。」
  それで‥‥と土方は、無機質な印刷された文字を長い指でなぞる。

  最初こそはきちんと聞いていたのに、その指を追っているうちに右から左‥‥に流れてしまった。

  長い指。

  男独特の節のある、長い指だ。

  無骨そうに見えるが‥‥その指が誰よりも優しいのをは知っている。
  彼女に触れる時はまるで壊れ物でも扱うかのように、丁寧に触れてくれる。
  決して傷つけないように優しく触れ‥‥でも、時折意地悪な指先が擽るように肌を撫でた。
  爪で皮膚をなぞり、こちらの反応を楽しむ事もたまに、ある。
  でも、それがくすぐったいとこちらが怒れば、たちまち宥めるように掌全体で触れてくれる。
  彼の掌は‥‥大きくて、暖かくて、優しい。
  その掌に触れられていると、苦しい事や悲しい事が全部吸い取られて‥‥穏やかになれる気がした。

  だから、
  その手に触れられないと、ちょっと寂しい。

  「‥‥おいこら。」
  こつんとボールペンの柄の部分で頭をこづかれた。
  「はぇ?」
  ぱちくりと瞬きすると、呆れたような顔がこちらを覗き込んでいる。
  「おまえ、全然聞いてねえだろ?」
  「あ‥‥ご、ごめんなさいっ」
  は謝罪して、再度、視線を教科書に落とした。
  が、
  「今日はもう終わりにする。」
  土方は言って、教科書をぱたんと閉じてしまう。
  それから苦笑でを見て、
  「‥‥なんか、心ここにあらずって感じみてえだからな。」
  そんな時に詰め込もうとしても無駄だろと言われ、は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
  折角、時間を作って勉強に付き合って貰ってるというのに。

  「ごめんなさい。」

  しゅんと肩を落としてしまう彼女に土方はいいよと優しく言った。

  ぎしりと立ち上がり、そろそろ帰った方がいいと促された。
  窓のは真っ暗で、月がぽっかりと空に浮かんでいる。
  時計を見ればまだ7時‥‥だ。
  9月に入って、随分と陽が落ちるのが早くなったものだ。

  「一応、家でも今日やった所、復習しとけよ?」
  「はい。」

  鞄に教科書を詰め込み、部屋を出る土方に続いた。
  資料室の扉を閉めると人気のない廊下を二人並んで歩き‥‥すぐに、別れが来てしまう。

  彼は職員室に、
  自分は昇降口に、

  「じゃあな。」

  ひょいと軽く片手を上げる男は、それだけ言ってあっさりと背中を向けてしまった。

  後ろ姿を見つめながら、は思った。

  ――どうして‥‥
  触れてくれないのだろう?



  「私‥‥何か嫌われるような事したかなぁ?」
  机に突っ伏したの呟きに、沖田は思いきり不服そうな顔を、千鶴は困ったような顔を浮かべた。
  昼休み‥‥沖田と千鶴を伴ってやってきたのは人気のない視聴覚室。
  「この世の終わりみたいな顔して言うから何かと思えば‥‥」
  まったくと沖田は腕を組み、おもしろくなさそうな顔で呟いた。
  相談があるんだと言われた時から絶対にあの男絡みだと分かっていた。
  案の定彼絡みの相談で‥‥しかも内容は、

  『最近、土方さんが触れてくれないんだけどなんでだと思う?』

  という、聞いているこちらとしてはくだらないと一蹴してしまいたくなる悩み事だ。

  沖田は土方を敵視している所がある。
  大事な友人を奪われた‥‥とでも思っているのだろう。
  元々好きな男ではなかったが、を取られた事でそれに拍車が掛かってしまっているらしい。

  「あの人がを嫌う?
  そんな事あるわけがない。」
  誰が見たって、ベタ惚れじゃないかと沖田は呟く。
  それには千鶴も同感だった。
  土方がどれほどを好きで、大事にしているかというのは、以外知っている。
  それこそ、別れるとが言った所であの男は簡単にうんと言わないだろう。
  もしそんな事になったらありとあらゆる手段を講じてそれを阻止くらいのことはやってのけそうだ。
  それくらい、彼はの事が好きだ。

  じゃなければ半年も――彼女の事を待たない――

  そう、
  未だに土方はに手を出していなかった。

  好き同士なのだから、当然肌を許しても構わないはずだ。
  なのに‥‥が「待って」とある日言ってから、彼は辛抱強く彼女が身を委ねてくれるのを待っている。
  同じ男として言わせてもらえると、彼は驚くほど自制心が強いと思う。
  二人きりに何度だってなっているという。
  それも学校だけじゃなく、彼の部屋で二人きりという事もあったらしい。
  沖田に言わせてみれば「部屋に来た時点で同意したも同然」なのだが、土方はそれでも手を出さなかったらしい。
  ある種拷問だと思うのだ。
  好きで好きでたまらない女が傍にいて、二人きりだというのに、手を出せない状況というのは。
  確かにセックスだけが全てではないけれど、好きならばなおさら、全てを知りたい‥‥と思うのは当然の事。
  それにこれは男だけの話だが‥‥

  好きな女を大事にしたいという反面、男には好きな女を無茶苦茶にしてやりたいという少し残酷な面を持ち合わせている。

  自分だけに縋って、自分だけが知る女の一面とやらを暴いてみたいと思うのもこれ、歴とした男心というもの。

  「我慢強いっていうか‥‥あの人おかしいんじゃないの?」
  沖田は肘をつき、吐き捨てるように言った。
  「僕なら半年も耐えられない。」
  ねえ?
  と話を振られ、千鶴は真っ赤になり、ええと、と視線を泳がせる。
  「そりゃ、おまえが我慢強くないだけだろうが‥‥」
  「違うよ。僕が普通。
  僕なら一月千鶴ちゃんとえっちできなかったら多分無理矢理‥‥」
  「わあああああああ!!」
  千鶴は大声で言葉を遮り、慌てた様子で話題を元に戻した。
  「え、ええと、あれですよきっと!
  土方先生はきっと何か考えがあるんですよ!」
  そうに違いないと彼女は力説する。
  「ただの気まぐれだったりして。」
  「沖田さん!」
  「嘘嘘、冗談。」
  けらけらと笑う彼を、もう、と千鶴は睨み付ける。
  「でもなー
  案外、私、なんかしたかもしんないんだよねー」
  気付かないうちに彼を怒らせたんじゃないだろうかと、彼女はもう一度言う。
  「そんなこと‥‥」
  「いやいやわかんないよ?
  ちょっとデリカシーのない事しちゃったかもしれないじゃん?」
  「まさか!沖田さんじゃあるまいし!」
  「千鶴ちゃん‥‥それは僕に対して失礼だよ。」
  「いやまあ、確かに総司ほどデリカシーが欠けてるとは思わないけど‥‥」
  「二人とも‥‥失礼だよね‥‥」

  苦笑を浮かべる沖田に、千鶴は「あ」と小さく声を上げる。
  ははぁ、と深い溜息を零して、またばたりと倒れ込むように机に突っ伏した。

  秋風がふわりと吹き込み、髪を撫でる。
  ひやりとした冷たさにシャツを撫でられ、はぼんやりと、呟いた。

  「‥‥触れて欲しいなぁ‥‥」

  呟きに沖田はひょいと片眉を跳ね上げ、こともなげに言った。

  「じゃあ、から触れればいいじゃん。」

  簡単な事だと彼は言った。



  ――そもそもどうして触れたいの?



  「‥‥」
  はじっと、背中を見つめていた。
  広くて大きな背中だとは思った。
  どうしてこうも、男と女では身体の形は違うのだろう。
  男はがっしりして逞しく、なんだか守ってもらえそうな感じがするが、女は小さくて柔らかくて‥‥なんだか弱々しい。
  不公平である。

  今はそんな事を考えている場合じゃない。

  ふる、とは頭を振り、ちらりともう一度彼を見た。
  盗み見るように、は彼の背中を。

  『触って欲しいならから触ればいい』

  悪友はこともなげに言ってくれた。
  確かにその通りだ。
  向こうが触れないのならばこちらが触れればいい。

  しかし、

  何故だろう。
  そんなに構えなくても良いはずだ。
  ただ指先にちょこんと触れるだけでいいだけだ。
  だというのに、やけにドキドキする。
  なんだかいけない事をするみたいで‥‥

  「触るだけなのに?」

  は自分に問いかける。

  「何か言ったか?」
  呟きが聞こえたらしい。
  振り返る彼に、は慌ててなんでもないと言った。
  土方は僅かに首を傾げただけであえて追求せず、また黙々とプリント作成に戻ってしまう。
  その後ろでは悶々と悩んでいた。

  やはり無難な所は手、だ。
  だが、どうやって触れる?
  彼は今仕事をしている。
  突然手を貸してというのもおかしいし、何よりそうやって手を止めさせるのは彼に悪い。
  それじゃあ、肩?
  肩でも揉みますーって‥‥いやいやそれも変だ。
  突然そんな事を言いだしたら彼は訝るだろう。
  背中だってそうだし、脚なんてもってのほか‥‥頭を撫でたら「馬鹿にしてるのか」とか言われかねない。

  どこに触れてもうまい言い訳が見つからない。

  『そもそもどうして触れたいの?』

  言い訳を考えていると、悪友の言葉が蘇った。
  自分から触れればいいと言われ「それはどうか」と首を捻った彼女に、最後に投げかけた言葉だった。
  なんで?
  そりゃいつも触ってた彼が触ってくれないから。
  それに恋人ならあたりまえに触れるものじゃないのか?

  「‥‥」

  何か違う気がした。
  それは答えじゃない。

  は自問した。

  どうして触れたい?

  ――触れたいからだ。

  それはどうして?

  ――恋人だから。

  恋人だとどうして触れる?

  ――触れてもらえると安心するから?

  「ちがう」

  違う。

  触れてもらえると安心するだけではない。
  確かに、彼に抱きしめられるとすごく安心できる。
  でも、すごくドキドキする。
  ドキドキするし、時々不安になる。
  安心するだけじゃない。

  それでも触れて欲しいと思う。

  その理由は?


  「‥‥?」


  無言の少女が傍らに立った。
  手を止め、彼はこちらを見上げ、どうした?と聞いてくる。

  「わかんない‥‥」
  「なにが?」

  問いかけには唇を噛み、躊躇いがちに唇を開いた。

  「どうして‥‥私、あなたに触れたいと思うのか‥‥」

  理由が分からないと彼女は言った。

  言葉に土方の目が僅かに見開かれ、すぐにすいと細められる。

  「俺に、触れたいのか?」

  質問には迷わず頷く。
  すると、
  きぃと椅子を引き、くるりと身体を彼女へと向けた彼は、

  「どうぞ?」

  と言って手を広げる。

  「‥‥え‥‥」
  が驚いた声を漏らすと、土方は苦笑を浮かべた。

  「触りたいんだろ?」
  「そう、だけど。」
  「存分に触ればいい。」

  どうぞ、ともう一度彼は促した。

  確かに触れたいと思ったが、いざどうぞと言われると困った。

  「‥‥」
  「‥‥なんだ、いいのか?」

  立ちつくしていると、触れなくていいのかと聞かれる。
  良くはない。
  良くはない‥‥けど。

  「‥‥」

  は無言でじっと彼の指を見つめる。
  彼の手に触れたいと思った。
  彼の優しい手に触れたいと。

  でも、

  「‥‥」

  視線を今度はその広い胸に。
  彼の胸の逞しさも感じたいと思った。
  ひどく落ち着くその場所に触れたいと。

  でもでも、

  「‥‥」

  その唇に触れて欲しいとも思った。
  彼の優しいキスを、もう一度。

  ――でも、こうも思わなかった?

  彼の、
  奪うようなキスを‥‥

  いや、

  そのどれもが欲しい。
  その全部に触れて、彼の温もりを感じたい。

  でも、
  きっと、
  それだけじゃ‥‥

  「っ」

  ――満足できない――

  身体を突き動かしたのは衝動。
  顔を歪ませたかと思うと、は衝動的に手を伸ばした。
  触れたのは指でも、掌でも、胸でもなく‥‥
  彼の思ったよりも滑らかな頬。
  そして、

  「っん――」

  噛みつくように、は男の唇を奪う。

  合わせるだけじゃない、深く、絡めるようなキス。

  男に教えて貰った‥‥苦しくて、気持ちよくて‥‥
  甘い、
  キス。

  「――」

  熱い口内を舐り、自分よりも大きな舌を絡めて、吸い上げる。
  じん、と腰骨のあたりに痺れが走り‥‥疼く。
  その疼きを鎮めたくて更に唇を大きく開けて、深く、深く繋がろうとした。

  だけど、どれだけ激しくキスをしても、疼きは収まらない。
  キスだけじゃ足りない。
  もっと触れたくて、触れて欲しくて。
  もどかしさが身体を支配する。

  もっと‥‥もっと深いところまで繋がりたい。
  もっと‥‥
  もっと、

  「っわっ!?」

  もっとと追いつめていくと、途端身体が傾ぎ、がくんと前に倒れ込む。
  がちゃんと嫌な音を立て、椅子から男は転げ落ち、はその上にどさりと覆い被さるように落ちた。

  「い‥‥たた‥‥」

  かたかた。
  寂しげに椅子の駒が微かに揺れる。
  机の上から転がってきたボールペンが落下し、かちゃんと固い床を叩いた。
  膝をしたたかに打ち付けた少女は痛いと言いながら身を起こし、

  「ご、ごめんなさい!」

  漸く、自分が男を下敷きにしている事に気付いた。
  相手はまともに背中を打ったらしい。
  低く呻きながら、背中に手を伸ばした。

  「ごめんなさい!ごめんなさい!」
  下敷きにしたどころの騒ぎではない。
  のせいで、彼は椅子から転げ落ちる事になったのだ。

  「あの、大丈夫ですか?」

  頭とか打たなかっただろうかと手を伸ばす。
  すると、男はにやりと笑みを浮かべて、

  「あ‥‥」

  その手を、大きなそれに絡め取られ、引き寄せられた。
  久しぶりに触れる手は、やっぱり大きくて‥‥暖かい。

  「やっと‥‥」

  と男は笑った。
  すっぽりと包み込んだ小さな手を、己の口元に引き寄せ、軽く、指先にキスをする。
  「っ」
  触れられただけで指先には熱が灯った。

  「俺の手に落ちてきた。」

  心底嬉しそうな顔で彼は言った。

  「我慢した甲斐があったな‥‥おまえの方からこんな熱烈なキスしてもらえるなんて。」
  「我慢って‥‥」
  はこの時になって、彼の行動が全て彼の策略だったのだと気付いた。
  そう、に彼を求めさせるための‥‥罠。
  「‥‥私の事嵌めたんですね‥‥」
  「押して駄目なら退いてみろってね‥‥」
  悪びれなく言う彼には唇を尖らせた。
  「私‥‥すっごい悩んだんですよ。」
  「そんな事言ったら、俺はずっと‥‥」
  かり、と指先に固い感触。
  見れば土方の歯が、の指を甘く噛んでいた。

  歯を立てながら、にやりと笑う彼のその妖艶な様にぞくりと背中を震えが走る。

  「我慢‥‥したんだからな。」

  噛んだ指をぺろりと最後に舐められ、熱と今度は疼きが身体へと広がっていく。

  男の大きな手が腕を滑り、
  悪戯に爪を立て、
  の背に回され、
  引き寄せられた。

  「ん」

  距離が縮むと反射のように目を閉じる。
  唇が重なった。
  優しく唇同士で触れて、
  すぐに舌先が滑り込んで、互いに深く絡み合う。
  燻っていた熱がまた、追い立てるように燃え上がる。

  もっとと強請れば、宥めるように頬を優しい手が撫でた。
  そのくせにもう片方の手は何かを意図するように背中を腰とを往復する。

  布越しに感じる男の手を、肌で直接感じたいと思った。

  熱いキスを、体中のあちこちに落として欲しいと。

  それから、
  それから‥‥

  「欲しい‥‥」

  唇の隙間では切望するように言った。
  とろんと蕩けた瞳には甘えたような色が浮かんでいた。
  ぞくりと粟立つような色香を女から感じた。

  「土方さんが、欲しい。」

  濡れた唇がその言葉を紡いだ。

  その手が。
  腕が。
  キスが。
  熱が。
  愛が。
  全てが。

  欲しい。

  だから、

  「抱いて‥‥」

  は、と吐息交じりの言葉に、男はじんっと脳天まで痺れが走ったのが分かった。

  この少女は恐ろしいと男は思う。

  あっという間に自分の理性を突き崩して‥‥
  隠している男の本能とやらをむき出しにしてしまう。
  一度手にしたらきっと手放す事なんて出来ない。
  彼女は麻薬だ。
  自分を惑わせ、狂わせ、
  どこまでも自分を堕落させる‥‥麻薬なのだ。

  でも、

  「夜‥‥おまえの家に行く。」

  囁くように彼は言った。

  「俺の全部をおまえにやるから‥‥覚悟をして待ってろ。」

  彼女にならばどこまでも落とされたいと願ってしまう。