幕府のお偉いさんとやらが突然屯所にやってきた。
  どこか怯えた顔をしていた男だったため不審に思ったが、幕府の人間とあっては無碍にも出来ない。
  というので、その用件とやらを聞くことにした。

  曰く、

  『とある荷を数日預かって欲しい』

  というものだった。

  そのとある荷というのは、布でぐるぐる巻きにされた長いものだった。

  男は言った。

  『決して‥‥開けてはならない』

  と。



  「ねえ、あれ、なんだと思う?」
  沖田がどこか楽しげに訊ねてきた。
  あれ‥‥というのは、副長の部屋で管理されている長物の事だろうか。
  は首をひょいと捻り、
  「‥‥刀、じゃないの?」
  と答えてみた。
  やっぱり‥‥
  沖田は彼女と同じ事を考えていたらしい。
  にやりと笑った。

  刀‥‥と予測しているのはと沖田だけではない。
  受け取った土方は勿論、他の人間だって気付いている事だろう。

  厳重に何枚も布でくるまれてはいるが‥‥あれは刀だ。

  「‥‥そんなもの、なんで新選組に預けるんだろうね?」
  「さてね。」
  は皆目見当がつかないと首を振った。

  ただ‥‥あの刀は嫌な感じがする、
  と、そう思った。



  それから約束の日になっても、男は現れなかった。
  そればかりか、

  「死んだ?」

  幕府の人間に聞くと、男は数日前に死んだ‥‥と教えられた。

  二条大橋で突然‥‥自分の首を掻き斬って‥‥死んだと。


  「‥‥土方さん、どうするんですか?それ。」

  布でぐるぐる巻きにされたそれをは目で指す。

  預かってくれと言った持ち主は死んだ。
  幕府の人間にこれは何かと聞いても誰も教えてくれない。

  かといってずっと預かっているわけにもいかない。

  どうするのかと訊ねると土方はちらりとそれを見遣って、

  「‥‥仕方ねえ‥‥中身を改めてみるか。」

  そう言って重たい腰を上げる。

  まず、戒められている紐を、解く。
  かさりと何か小さな音がした。
  おや、まさか刀ではないのかとは男の後ろから覗き込む。
  茶色いボロボロになった布を捲るとそのまた下に布だ。
  再び紐を解いて布を捲ればまた、次が待っている。
  何重に巻いているというのだろう。

  「‥‥随分と厳重ですね。」

  は小さく呟いた。
  それほど厳重‥‥ということはこれはものすごい貴重な品なのだろうか?
  それにしては新選組に預ける‥‥というのはおかしい。
  貴重な品ならばもっときちんと管理の出来る場所に頼むはずで‥‥

  しゅる、

  と次に現れた緋色のそれを捲った。

  瞬間、

  「っ」

  ぞくっとは寒気が走ったような気がした。

  じりと、刺すような冷気があたりに立ちこめている。
  今日は‥‥こんなに寒かっただろうか?
  いや、今日は‥‥どちらかというと暖かかったはず。

  それならば、何故?

  「‥‥」

  ぱさり、

  やがて厳重な布の下から現れたのは予想していたとおり‥‥刀であった。
  黒塗りの鞘の、刀だ。
  の愛刀に似ているが‥‥それよりももっと無機質な感じである。

  「どこの刀だ?」

  土方は鞘に手を掛け、あちこちを注意深く見ながら、やがて、鞘から引き抜いた。

  ぎら、と刀身が光を受けて輝く。

  刃こぼれ一つない‥‥美しい刀身である。

  しかし、厳重に包まれるような名のある刀ではないようだ。

  「‥‥あれ?」

  一瞬、
  刀が光った気がした。
  光を受けて反射したというのではない。
  なんというか、全体に淡く‥‥しかも、赤く発光した気がするのだ。

  気のせい‥‥?

  「‥‥ねえ土方さん、今その刀光りませんでした?」

  彼も見ただろうかと訊ねてみた。
  しかし、

  「‥‥土方さん?」

  返事はない。

  「‥‥」

  無言のまま、男は刀をじっと見つめている。

  「おーい、土方さん?」
  まさかこのまま眠るなんて器用な事をしてるんじゃないだろうなとは苦笑を浮かべながら男の肩を揺すった。

  瞬間、

  ――じり、

  と焼け付くような殺気には総毛立つ。
  咄嗟に身を引いたのは‥‥長年の経験と鋭い勘のおかげだ。
  大きく飛んだその空を、刃が切り裂いた。

  「‥‥ひじ‥‥かた‥‥さん?」

  軽やかに着地をしたは信じられないといった風に男を見る。
  に斬りかかったのは‥‥彼だ。
  手にした刀を振りかざしたのは‥‥彼だ。

  「‥‥」

  僅かに乱れた呼吸が聞こえる。

  ゆらりと男から立ち上るのは異様な殺気と‥‥重たい思念。
  それに名を付けるならば、
  怨念。

  彼の瞳は真っ赤に染まっている。
  血走っているのではない。
  真っ赤に染められていたのだ。
  まるで、あの化け物達と同じような色で。
  だけどそれよりも激しい狂気を抱いて、
  男はを見つめていた。

  「‥‥す‥‥」

  しゅう、と空気が抜けるような音が漏れた。
  土方の声だ。

  今、なんと言った?

  「――殺すっ!!」

  「っ!!」

  だんっと床を踏み抜かんばかりに踏みしめ、一気に距離を縮める。

  ばりっと障子をぶちやぶりながらは庭へと飛びだした。
  転がるように飛び出して、すぐに立ち上がる。
  物音に気付いたのか廊下の向こうから「なんだぁ」と暢気な声が聞こえてきた。

  「あれ、?」
  「おいおい、何暴れてるんだぁ?」

  顔をにょきっと出したのは藤堂と永倉の二人である。
  からかうような言葉には応える術を持たない。

  刃が迫っていた。

  「っ!!」

  稲妻のごとく素早さで抜刀すると、降りかかる一撃を、受ける。

  ぎぃん――

  甲高い音が空に上がった。

  咄嗟に抜いた刃がその刃を受け止めた。
  が、

  「っ!?」

  その一撃は人のそれとは思えぬほど‥‥重たかった。

  元より女の力、男である土方とは力比べなど出来ようもないが‥‥そんな問題ではない。

  「っ‥‥」

  ぎりぎりとは奥歯を噛みしめ、顔を顰めて苦しげな顔になる。

  ぎちぎちと刃が嫌な音を立てた。

  このままでは‥‥
  負ける。

  ――キィンっ

  は力を流してその一撃をどうにかやり過ごすと大きく後ろに飛んだ。
  土方は力任せにそのまま膝を着き、赤い目をこちらに向けてぐるると唸る。
  理性もなにもないそれは、まるで、獣。

  「っ」

  このままでは不利と見たのか、はくるりと踵を返して走り出した。
  それに従い土方も駆け出す。

  「!」
  「土方さんっ!」
  その異様な事態に気付いたのだろう。
  藤堂も永倉も慌てて駆け寄ってきた。
  二人がかりで土方を取り押さえようというのだろう。
  でも、
  「来るなっ!!」
  鋭く遮った。

  その声の強さに二人の足はまるで縫い止められたかのようにその場に止まった。

  下手に手を出せば‥‥二人が‥‥やられる。

  それが分かったから、来るな、と言った。

  だからといって自分一人で何が出来るのかと聞かれれば分からない。
  ただ、

  「っ!!」

  は踵を返して、屯所を飛び出した。

  ふわりと空を舞う金糸に誘われるように獣は駆け出した。
  人ならざる咆哮を上げて――


  その焔