「さ、の‥‥さ‥‥」

  引きつった声が私の口から漏れた。

  嘘、なんで、ここに?

  混乱する頭で彼を見つめていると、怒ったような顔をした彼は溜息を一つ吐いて、漸く背中を塀から離した。
  そしてじゃりじゃりと土を踏みしめて私の方へと近付いてくる。

  逃げなきゃ‥‥と咄嗟に思うのに身体が動かない。

  未だに縫い止められたままで、私の心は必死に先へと急ごうとするのに身体は一向に動いてくれない。

  じゃり、と近い場所で聞こえた土を踏みしめる音にどきりと心臓が震えた。
  長身の彼は私を睨み下ろしながら、呻くように呟く。

  「元新選組十番組組長を‥‥出し抜けると思ったのか?」

  舐められたもんだ、と言う彼に、それなら私は副長助勤だ、と返したかった。
  だけど、残念ながら口から漏れたのは、う、という情けないうめき声だけ。

  「どこへ‥‥行くつもりだった?」

  彼は再度、問いかけた。
  勿論、私は答えられない。
  答える術を持たない。
  行き先は、ないのだから。

  「俺から‥‥逃げるつもりか?」

  ぎくりと肩が震えた。
  敢えて言うのならば、それが正しい答え。
  そんな私を見て、左之さんはちっと一つ舌打ちをした。

  「理由を‥‥話せ。」
  「‥‥‥」

  言えるはずがない。
  言えば、彼を迷わせる事になる。
  だから。

  「話せねえのか?」

  否、話したくない。

  「‥‥‥っ」

  無言の私に、彼はひどく苛立ったように息を漏らして、
  「っ!?」
  徐に、その逞しい手で私を掴んだ。いや、抱え上げた。
  「や、ちょ、離して!!」
  小脇に抱えるようにして拘束され、ずんずんと今来た道を戻り始める。
  連れ戻されると分かった瞬間、私は暴れた。暴れたって、結局、彼の腕力には敵わないと分かっているのに。


  「あっ!」
  どさっと、邸に戻るなり、どこぞの部屋に放り込まれた。
  それは私の部屋ではなく彼の部屋で、放り投げられたのにあまり痛くないのは布団の上だったからで、だけどそんな場所
  だからこそ私はぎょっとした。
  それ以上にぎょっとしたのは、
  「さ、左之さんっ!?」
  彼が私に覆い被さって、徐に刀を奪って、帯を解き始めたから。

  「な、何するんですか!」

  慌てて彼の手を押しのけようとしても敵わず、帯を解かれ、合わせ目から手を入れられればいとも簡単に半身が露わにさ
  れる。

  「い、いやっ!」
  サラシで守っている胸元に彼の大きな手が伸びる。
  解く、というよりも引きちぎる勢いでぐいと引かれ、多少の痛みを伴いつつもそれは解けた。
  ふるりと胸が零れればそれを片手で掬い、もう片方に唇を寄せられて私は悲鳴みたいな声を上げた。
  「ひぃっ!?」
  最初から弱い部分を、快楽を引き出すために嬲られ、私の身体はびくりと震える。
  刺激に乳首が凝れば、指先と舌と歯とで、弄られた。
  「ぁっ、や、やめっ」
  いやだ、やめてと懇願するのに彼は聞いてくれない。
  その内、腿を撫でていた片手がするりと内側に滑って、私の脚の間を緩くなで始める。
  「い、いやぁっ‥‥」
  湿った感触に気付いただろう。
  的確な愛撫に生娘ではない私はいとも簡単に快楽に恭順しようとしている。
  ぐりぐりと指先で布越しに触れて、すぐに焦れたように穿き物に手を掛けた。
  一気に引きずり下ろして奪うと、下帯も奪われる。
  露わになった秘所に長い指が触れる。
  「ひっ、んっ」
  ぬちゅという濡れた音と、指が沈む感触。
  肩を震わせて身を捩るけれどそうすればそうするだけ、その指を押しつけられやがては中へと押し込まれた。
  「いっ、あ‥‥」
  彼は奥へと指を潜り込ませ、濡れ具合と締まり具合を確かめるとすぐに指を引き抜いた。
  そして、

  「‥‥っ」

  私の上に馬乗りになったまま、着流しの裾を割って下帯を解いてみせる。
  その下にあるのは、彼の男たる証。
  雄はすっかりと天を指し、大きく膨らみ、毒々しい色を湛えていた。
  それを左之さんはゆっくりと指を添えて私の蜜口へと当ててくる。

  「い、いやっ!だめっ!お願い止めてっ!!」

  私は涙さえ浮かべて拒絶を露わにした。
  それを彼は哀しげに笑って見下ろし、

  「おまえが選べねえってんなら‥‥俺が選んでやる。」

  苦しげにそう告げる。

  何を選ぶのか。
  何を選ばされるのか。

  拒絶をしている私こそがそれに気付いている。
  だから、私は余計に足掻いた。

  駄目、
  その道だけは‥‥

  左之さんはその瞳に強い色を湛えて、告げた。

 「俺を、選べ――」

  ずぶりと、肉がめり込んでくる。
  最奥まで一気に。
  ぶちりと嫌な音がして、強烈な痛みが私を襲った。
  ろくに慣らしもしなかったから、挿入のはずみで皮膚が切れたんだ。
  だけど、それ以上に私を襲うのはとんでもない快楽と、それ以上の罪悪感。

  「人が、どんな、想いでっ‥‥おまえの言葉を待ってたかっ」
  ずぶずぶと無理矢理ねじ込むように、彼は腰を打ち付けてくる。
  痛いと声を上げることも出来ず、彼の肩に爪を立てた。
  拒絶と言うより縋るようなそれで、私は己を笑いたくなる。
  「俺は、ずっと‥‥待ってたんだっ」
  唇を噛みしめて息を飲むと、左之さんは苦しそうに眉を寄せて一気に最奥まで押し込む。
  「――!!」
  どんと彼の先端が私の子宮を押し上げるように突く。
  きゅう、とその瞬間身体が硬直する。
  そうすると裡に感じる彼の熱をまざまざと感じる事になった。
  彼が私の中にいることがたまらなく嬉しいのに、同時にとんでもなく申し訳なくて、私は気がつくと嗚咽を漏らして涙を
  零した。

  「‥‥」

  悪い、という申し訳なさそうな声が降ってきて、頬を撫でられる。
  違う。
  悪いのは彼じゃない。
  悪いのは私だ。

  「‥‥」
  「ごめ、な‥‥さっ‥‥」
  「‥‥?」
  「ごめん、なさ‥‥ごめ、な‥‥さっ‥‥」

  私はひたすら謝るしかなかった。
  彼の、唯一の夢を、
  今、私が、うち破った。
  ささやかな夢を、今の瞬間、私はぶち壊した。
  それがたまらなく、辛い。

  私とでは‥‥彼は、幸せになれないのに。

  「わた、し、鬼で‥‥ごめ‥‥なさっ‥‥」

  どうしようもない事だと分かっている。
  それでも、どうしようもない事実が彼を苦しめる。

  「人じゃ‥‥なくて‥‥ごめっ――」

  ごめんなさいと最後まで謝らせてくれなくて、

  「んっ」

  私の唇は彼の唇に塞がれた。
  強く押し当てられ、すぐに離されて、今度は深く、舌を絡ませて吸い上げられる。
  じわと腰のあたりに甘い痺れが走って、途端に痛みが快楽に全て取って代わる。
  駄目だ、溺れてはいけない。
  流されてはいけないと思うのに、彼があんまり優しく、そしてあんまり気持ちのいい口づけを繰り返してくれるから。
  私は、気がついたら流されて彼に縋っていた。

  「‥‥さの、さ‥‥」
  「おまえは悪くねえ。」

  謝るなと、すぐ傍で榛色が私を睨み付けて言う。
  その瞳にしっかりと欲情して濡れた色を湛えている。
  瞳に映るのは今、私だけだ。
  私が、今の彼の視界を独占している。

  「おまえは悪くねえ。」
  「で、も‥‥」
  「俺が――」

  遮るように彼は強く言う。
  びくりと身体を震わせると、すぐにふっと彼は優しく笑みを浮かべて、涙を拭うように目元を撫でて、言ってくれた。

  「俺が、おまえを勝手に好きになった。」

  どきりと、私の胸が高鳴る。
  頭の中が真っ白になるくらい、
  彼の言葉には威力があった。

  勿論、好きでもなければこんな事、彼がしないんだろうけど、それでも言葉にして、想いを伝えられて私は言葉を失って
  しまうくらい驚いた。

  「勝手に、俺が好きになっちまったんだ。」

  だから、おまえが詫びる必要はないと彼は言った。

  「鬼とか、人とか、そんなの関係ねえ。」
  俺は、と彼は真っ直ぐに熱く、私を見て、
  「おまえが、好きだ。」
  「‥‥」
  「おまえを、愛してる。」
  そう、告げた。

  私を見て、好きだと言ってくれた。
  彼は。
  私を。
  愛していると。

  だけど、でも、

  「‥‥わ、たしじゃ‥‥」

  頭が理解するよりも前に、私は駄目だと頭を振り、泣きながら訴える。

  「私じゃ、さの、さんの‥‥夢ッ‥‥」
  「夢?」
  彼のささやかな夢。
  『惚れた女と所帯を持って静かに幸せに暮らしたい』
  っていう、普通の夢が。
  「こわれ、ちゃうっ‥‥」
  私が、鬼だから。
  人ではないから。
  普通では‥‥ないから。

  だから、

  「‥‥さの、ンッ――」

  なおも言い募ろうとする唇を、彼に塞がれる。
  頬を包んで、角度をゆっくりと変えて更に深く舌を絡められ、私の頭は苦しくてぼうっとした。
  思考が‥‥止まる。

  「ばぁか。」

  左之さんは悪戯っぽく呟いて、私の目を覗き込んだ。

  「俺の夢は‥‥おまえがいない時点で叶わねえんだよ。」

  そう言ってくれる彼が、本当に、心底幸せそうに笑うから。
  私が、
  ここにいていいのだと、
  彼の傍にいて良いのだと、
  その身で示してくれるから。

  「っ――」

  私はぼろりと大粒の涙を零しながら彼に縋った。

  「さの、さっ」
  ひ、と嗚咽を漏らしながら私は首に齧り付いて泣きじゃくる。
  その背を彼はゆったりと撫でてくれた。それが、とんでもなく優しくて、私はまた涙が溢れてきた。
  そして、想いも。
  「すき、なのっ」
  ひ、と漏れる嗚咽の隙間で私は告げた。
  「あなた、が、好き、なのっ」
  私の告白に、合わせた胸からどくりと強い心音が伝わった。
  「左之さ‥‥が‥‥だ、すき、な‥‥」
  「っ!」
  詰まったような呼吸と共に、ぐいと引き離される。
  拒絶されるのかと思えば違って、引きはがすよりももっと強い力で足を抱え上げられた。

  「あっ――!」

  潜り込んだ熱がずるりと引き出され、再び最奥へとねじ込まれる。
  びりりと雷にでも打たれたかのような衝撃が駆け抜け、次に押し寄せるおぞましいほどの快楽に勝手に口から声が漏れた。

  「あ、ああぁっ!」

  なんて甘ったるい声を漏らすもんだろうか。
  こんな、女みたいな声。
  あ、そうか、私は女だった。
  間違いなく、女で。
  だから、彼という男を愛したんだ。

  「さの、さっ‥‥あ、ゃあっ」

  衝撃にずり落ちた手を伸ばせば、大きな手に取られ、五指をきつく絡められた。
  死ぬほど安心するのに、泣きたいくらいに不安で、私は必死にその手に縋った。
  浮かんだ涙の向こうに見える彼は、笑っていた。
  心底嬉しそうに笑って、私を見つめていた。

  「。」

  揺れる吐息の下から、彼は私を求めるように呼ぶ。

  「好きだ。」
  「さの‥‥」
  「愛してる――」

  私の反論は許さないと言う風に、遮って、勝手に愛の言葉を囁いた。

  意識を保てていたのは、そこまでだった。



  翌朝。
  目が覚めると彼の腕の中で、自分が素っ裸で寝ていて、なおかつ身動ぎした瞬間にとろりと中から何かが溢れてきたのを
  感じた瞬間に、ああ、私は最後までこの男に抱かれたのだと言うことを知らされた。
  そして寝ぼけ眼の彼が私を見つけて「おはよう」と笑った瞬間に、この幸せな時間を誰にも譲りたくないと思った。
  その幸せを壊すのが自分かもしれなくても。

  「おまえが‥‥鬼として、自分に負い目を感じてるのは分かってた。」

  左之さんは私の髪を優しく撫でながら囁くように告げる。
  私はその逞しい腕の中に包まれたままで、ごめんなさいと呟いた。
  謝ると苦笑と共に、額に口づけが降ってきた。

  「謝るなって言っただろ?」
  「‥‥でも。」
  「おまえが負い目に感じてるのに見て見ぬ振りしてた俺も同罪だろ?」

  俺はな、と彼は溜息を漏らしながら続けた。

  「おまえとの関係が壊れちまうのが怖かっただけなんだよ。」
  それは、私も同じだ。
  「居心地が良くて、つい、このままがいいなんて甘えちまったんだ。」
  うん、同じだよ。私だってそうだもん。
  「何も言わねえでも、おまえが傍にいてくれるから‥‥」
  自嘲気味に笑う彼に、私はそっと視線をあげて彼の目を覗き込む。
  彼は私の目を見ると、そっと慈しむように細めて笑ってくれた。
  そうして、顔を寄せて、唇を優しく合わせる。

  「好きだ。」
  「‥‥」

  真っ直ぐに私を見て、彼はその眼差しと同じ真っ直ぐな愛の言葉をくれる。

  彼は、とても優しい人。
  そしてとても、愛しい人。
  だから、私は彼には幸せになって欲しいと思う。
  心の底から。

  私は鬼で、彼は人で。
  どうしても彼の望む夢を、私が与えることは出来ない。
  それは分かってる。
  けど、でも、

  「‥‥私、左之さんのお嫁さんになりたい。」

  その腕の中で、私は切望するように告げた。

  きっとこれは、人であればささやかな夢なんだろうけど、私は鬼で、それは難しいんだということは分かってる。
  でも、

  「俺と一緒になってくれ。」
  彼はそれでいいと笑ってくれた。

  「おまえじゃないと、俺の夢は叶わない。」
  心底幸せそうに笑って、そう、言ってくれた。


                            


So oft wie oft,Sie wahlen
 〜何度でも何度でも、君を選ぶよ〜



左之さん、無理矢理第二弾。
愛故の無理矢理‥‥ってすごくエロイ気がする。