腹から流れる血が止まらねえ。
手でいくら押さえても後から後から流れてきて、こりゃやべえなと自分でも思った。

ちらっと俺を見る不知火の目にどこか諦めたような色が宿った。

くそ、そんな目で見んじゃねえよ。
俺は、
俺は、
こんな所じゃ死ねねえんだよ。

ぐ、と強く傷口を押さえた。
どろとその瞬間、また溢れた気がした。
もう、感覚は、ねえ。

「‥‥早く‥‥」

譫言のように、俺は呟く。

「‥‥が、待ってるから。」
早く。
気持ちだけが急いた。
「早く、会津に‥‥いか‥‥ねぇと――」

唐突に、
何も見えなくなった。
感じなくなった。



男に生まれたからには、
戦って戦って、てめえの信じたもののために命を掛けて果ててえと願っていた。
だから、俺が死ぬのは絶対、戦場だと思っていた。

ただ、
そう願いながらもう一つの夢を抱えていたのも事実だ。

戦って死ぬって事とは正反対の、
安穏とした、
幸せな夢だ。

惚れた女と所帯を持って、幸せになりてえと思っていた。

どちらか一つを選べと言われも、俺ははっきりと選べずにいた。
惚れた女を完全に手放す事も出来ず、戦友も諦める事も出来ずにいた。
だけど気がつくと、否応なしに戦って果てる道を選んでいる事に気付いた。

羅刹の刀が脇腹を貫いたとき、
血が止まらなくなった時、
俺は選んだ事に気付いた。
いや、
きっとあの場で、羅刹を待ちかまえていたときには選んでいたんだろう。

ここで死ぬ事。
戦って死ぬ事。

だけど、でも、
出来ればもう一つの夢も叶えたかったな、なんて、俺は贅沢な事を思っていた。

所帯を持つとか、
そんなことはどうだっていいけれど、
ただ、惚れた女を、
あいつを、
せめて一度くれえ、
抱きたいと、今際の際に思った。

こんな時に考える事か――?
きっと閻魔様も呆れ返るに決まってる。



「‥‥ん‥‥?」
ぼんやりと瞳を開けると薄汚れた天井が目に飛び込んできた。
天井には染みや埃があちこちについて汚れていて、
おいおいマジかよ‥‥
俺は小さく呟いた。

「地獄って、こんなに見窄らしい所か?」

予想してるのと全然違うと言った瞬間、横合いから声が掛かった。

「見窄らしくて悪かったな。」

そいつは閻魔大王とは絶対違う声だ。
いや、もし閻魔大王がそいつだったら俺は絶対に地獄になんぞ行けねえな。
『てめえは地獄行きだ。血の池地獄で苦しめ』
とか言われても俺はその場で喧嘩をおっぱじめちまうに決まってる。
だって、仕方ねえだろ?

不知火にんな事言われたら素直に聞けるわけがねえだろ?

「‥‥‥おい、何変な顔してやがる。」

薄汚え天井を遮るように、ひょいと顔が覗き込む。
そいつはやっぱり不知火匡、その人で、閻魔大王じゃねえ。

――だとしたらここ一体どこだ?
地獄に行く前にどっか行くところってあったのか?

「残念だが、まだあの世じゃねえよ。」

そんな俺を見下ろして、不知火は言い放つ。
不機嫌そうな、だが、ちょっと安心したような顔でにっと笑ったそいつの言葉に、俺の頭は一瞬置いてけぼりを食った。

まだ、
あの世じゃねえ?

ってことはなにか?ここはまだ現世って事か?
ってことは、なにか?

「‥‥俺、生きてっ‥‥」

まさか、とがばっと上体を起こした瞬間、
横っ腹からあり得ねえ痛みが走り、俺はそのまま蹲る。
ぐ、と歯を食いしばらなきゃ情けなく声が漏れてたに違いねえ。
前に腹を詰めた時に「もうこれ以上痛えことなんざねえ」ってくれえに痛かったが、これはそれを更に上回った。
痛え上に熱くて、頭の芯まで痺れた。
痺れついでに痛覚も鈍くなってくれりゃいいってのによ。

「おい、まだ起きあがるな。
傷は塞がりきってねェんだからよ。」
おら、寝てろ、と不知火が俺の肩を押そうとする。
俺はそれに逆らった。
聞きてえことがあったからだ。横になったらきっとこのまま眠っちまう。
唇を噛みしめて呻きを殺すと、なんで、と睨み付けながら問いかける。
「俺、なんで、生きて‥‥」
「‥‥そりゃ、悪運が強かったからじェねえの?」
しぶといよな、と不知火は笑った。
悪運‥‥確かに強いのかもしれねえな。
俺はこれで二度、命拾いをした事になるんだから。

「正直、手当てしてもてめェが生き残るとは思ってなかったけどな。」
不知火は言って、今度こそ俺の肩を強く押した。
もう抗う事は出来ずにどさっと布団に倒れ込むとまた、痛みが走った。
「て、めっ、少しは、手加減しやがれっ」
傷口が開いたらどうすんだと文句を言うと、不知火は鼻で笑い飛ばしやがった。
「てめェで傷口開いておいて何言ってんだ。
つか、これくらいで死ぬようならてめェはとっくにおっちんでるだろ。」
「‥‥っ」
「ったく、折角命拾いしたんだ。」
溜息交じりにそいつは言う。

「あいつが必死で血を分けて生きながらえさせたんだから無駄に死のうとするんじゃねェよ。」

あいつ?
痛みに意識が朦朧としながら、誰の事かと訊ねるよりも前に、すっと襖が前触れもなく開いた。

「ねえ、不知火。
今話し声聞こえたんだけど。」
どうかしたの?と聞こえる声は聞き覚えのあるものだった。
凛とした、どこか微かに甘さを感じさせる女の声。
それは‥‥

「‥‥‥‥?」

だから起きあがるなってんだという不知火の言葉も、痛みも、全部無視して身体を肘で起こす。
すると、襖を開け放ったままのそいつの、
驚いたような顔が飛び込んできて、

「さの‥‥さん‥‥」

琥珀がこぼれ落ちちまいそうなほど見開かれた後、
それが、くしゃっと歪んだ。
まるで泣き出す一歩手前みてえなそれで、は叫んだ。

「左之さんっ!!」

どさりと飛び込んできた華奢な身体。
俺は当然のように手を伸ばして、受け止めて、

「馬鹿!!左之さんの馬鹿っ!!
なんで、一人で行っちゃったのさ!!」

馬鹿を連呼するそいつの言葉に酷く安堵しながら、ふっと意識が遠のいていく事に気付いた。

、この馬鹿野郎っ!!!
原田の奴、怪我してんだぞ!!」
死んじまうだろという不知火のやけに焦った声と、
「ぎゃああ!!ごめんなさい!!
左之さんだめだめ死なないでぇええ!!」
っての切羽詰まった声に、
わけもなく、
笑えた。



次に目を覚ました瞬間こそ、地獄の門番の前だった。

――ら、どうしようかと思った。

だが、目を開けると相変わらず薄汚え天井があって、さっきよりもあたりが暗かった。
夜になったんだなと分かったのは冷えた空気が頬を遠慮なく撫でたからだ。
小さく身動ぎすると、頬にひやりと冷たいものが押し当てられる。
ぼんやりと見上げれば、そこに、優しい琥珀色があった。

「せつな‥‥」
「大丈夫ですか?」

覗き込むその瞳に案じるような色が浮かぶ。
ああ、と答える声が微かに掠れて、代わりにこくりと頷いて答える。
の唇からほっと、安堵したような溜息が漏れた。
そして、触れていた手を離すと手拭いで浮かんだ汗を拭ってくれる。

「‥‥もう少しだけ、安静にしててくださいね。」
「‥‥‥」
「傷口はどうにか塞いだんですけど、まだ完璧に治りきってないから。」
「‥‥おまえが?」

問いには拭う手を止めずにそうですよと笑った。

「良順先生に色々と教えて貰って役に立ちました。」
おかげで左之さんの傷口をきちんと縫い合わせる事が出来たんだから、とは言う。
どうやら、俺の怪我の治療をしてくれたのはそいつ、らしい。
まあ不知火がやったっていうよりは納得できるよな。
どう考えてもそういうのが得意そうには見えねえし。
「‥‥それにしても、無茶をしたもんですね。」
くっと笑った俺を、咎めるようには声音を低くして言った。
「たった二人であの量の羅刹と戦う、なんて。」
無茶もいいところだと見下ろすその瞳に怒りの色を浮かべていた。
「‥‥私が間に合ったから良かったものの、一足遅かったら左之さん、本当にあの世行きだったんですよ?」
「悪い。」
「悪い、で済む事じゃありません。」
「‥‥悪い。」
それでも、俺は謝る事しか出来ねえ。

無茶をしてでも止めなくちゃならねえ事で、そいつにを巻き込む事も出来なかった。

唐突にぺちんと、頬を叩かれる。
だった。
驚いて目を丸くすると、覗き込む琥珀が怒りと、それから不安の色で大きく揺れていて、
「‥‥私が、どんな想いだったと思ってるの?」
声が微かに、震える。

感じるのはの恐怖と、絶望だ。
俺が、死ぬかも知れねえと知って、そいつは心の底から恐れた。
喪う事を。
そして絶望した。
生きる事を。

俺が寝込んでる間、どんな想いだったか‥‥というのを完璧に分かってはやれねえ。
だけど、
気持ちは分かった。
俺も逆の立場なら、不安で堪らなかったに違いねえから。

「悪い。」
「‥‥悪い、だけじゃ済ましません。」
はぴしゃりと言った。
いつもは俺に甘いにしては手厳しい。
どうすりゃいいんだ?と困ったような声を上げると、は言った。

「早く、元気になって。」

そしたら、許してあげる――

ある意味厳しいその言葉は、とんでもねえ甘い響きを持っていて、
俺はああと返事をする以外に何も出来なかった。



それから、夢と現の間を何度も彷徨った。
峠は越したものの、怪我は相当深かったみてえで、全快するまでには相当の休息が必要だった。
目が覚めては代わる代わる、と不知火がそこにいた。
何を話したかもろくに覚えていない間に、また意識が落ちて、俺の意識が完全に浮上するのにはそれから数日が経ってからだった。


「なんだその馬鹿でけェ大根はよ。
てめェ病人にんな食いにくいもんを食わせるつもりか?」
最初に聞こえたのは不知火の呆れたような声だった。
ぼんやりと目を開けてもう見慣れた汚れた天井を見る。
一度瞬きをして視界を鮮明にすると、目が覚めるたびに感じていた痛みが薄れている事に気付いた。
熱も、もう、下がったみてえだ。
「うるさいなー。
文句言うならそっちが切ってくれればいいでしょー」
と思っているとそれに反論するの声が届く。
なんだよ、なんの話してるんだ?
俺はごろと寝返りを打ちながら身体を起こす。
腹には相変わらず布が当てられたままだったが、血は、もう止まっている。
ただ、無理は禁物、なんだろう。
皮膚が微かに引きつってる感覚があって、俺はいててと小さく呻きながら立ち上がる。
思ったよりもしっかりとした足取りで、そこまで鈍っちゃいねえことに感謝しつつ、襖を開けた。
ひやりと冷たい夜独特の風が吹き付けた。
薄暗い廊下に淡く光を漏らしながら、ぎゃんぎゃんと言い合う声だけは遠慮が無く響いた。

「だから俺が切るっていったらてめェが譲らなかったんだろ。」
「過ぎた事をいつまでも気にしない。」
「てめェは気にし無さ過ぎだろうが。」
「えー、そうかなぁ?」
「おい、吹きこぼれてんぞ。」

ふわっと美味そうな匂いが漂う。
それに誘われるように戸に手を掛けて、隙間から覗き込んだ。
そこは勝手場のようで、案の定、と不知火が並んで立っている。
不思議‥‥つーか、正直想像できなかった光景だ。
は俺たちの仲間で、不知火は長州側だ。
本来ならば敵対するはずの二人が鍋を前に、ああした方がいいこうした方がいいだのと言い合ってる。しかも野菜の切り方について、だ。
平和っつーか、緊張感がねえっつーか。

二人の後ろ姿を見ながらやれやれと溜息を零すと、鍋を覗き込んだ不知火がひょいと指を突っ込んで味を確かめる。
「‥‥どうよ?」
「良いんじゃねェか。」
投げやりな感想には呆れたような顔になった。
「‥‥不知火って、切り方は細かい癖に味付けは大ざっぱだね。」
「ああ?俺のどこが大雑把だってんだよ。
つか、。おまえの切り方は大雑把って問題を通り越してんだろ。」
「野菜の代わりに石とか入れても気付かなさそうだよね。この間町で子供にもらったから入れてあげようか?」
「気付くに決まってんだろ!てめェは何考えてんだ。」

不知火。


いつの間にかそいつら、そう呼び合うまで仲良くなってんじゃねえか。
前まではお互いの名前さえ把握してなかったはずなのに、よ。
俺が知らない内にうち解けあったって事か?

そう思うとなんだか面白くなくて、

がら。

と勢いよく戸を開くと、驚いて振り返る二人に、苦笑を向けた。

「おまえらだけで盛り上がってねえで、俺も混ぜろ。」

言葉に二人は驚いたように目を見開いて、
すぐに、こう窘めた。

「怪我人が起きあがってくるんじゃない。」

語尾は違うが、息はぴったりだ。


それから二人に部屋に追い返されて、程なくしてが飯の用意をして持ってきてくれた。
持ってきたそいつはやっぱりらしく、豪快な、野菜が入ってて、
不知火はこれを言ってたんだと思いながら、そういえば新八も平助も良く、同じような事を言ってたなと思い出したら、可笑しかった。

「‥‥不知火は?」

飯を食い終えて、身体を拭いてもらって、布を新しい物に変えて着替えも済ました。
じゃあ寝てくださいと言われても俺はもう目がさえちまってて眠れそうにない。
今までずっと寝転けてたんだから無理もねえ事だ。
寝てばかりじゃ尻に根が生えちまうよ。

話し相手になってもらおうと思ってを呼び止めると、ふいにさっきまで煩かったそいつの声がしなくなった事に気付いて声を掛けた。

「不知火?
あ、お風呂に入ってくるって。」
「風呂に?」
人里離れた山奥にある家だってのに、風呂まであるのか。
戦禍に巻き込まれまいと江戸を離れるために捨てたか、それとも既に殺されたのか‥‥なんにせよ身を隠せる所があるのは有り難え。
広さも十分だし、風呂まであるなら文句のつけようもねえな。まあ、ちっとばかし天井は汚ねえけど、な。
「あ、そうだ、おかしいんですよ。」
は何かを思い出したらしく、くすくすと笑いながら口を開く。
「不知火って、ああ見えてかなりの熱がりでね‥‥
こないだ『湯が熱い!!』っていきなり怒鳴りこんできたんですよ。」
そいつは意外‥‥って思うところか?別に俺は不知火が暑がりだの寒がりだの、なんて事には興味がなかったから「へえ」と曖昧に返事をするしかねえ。
そんなことよりも気になるのが、別の事だ。

「いつも水でうめるもんだから、後にはいると寒いのなんのって‥‥」
「‥‥」
「こないだもそれで揉めたんですよ。
『風邪ひくだろ!』って言ったら『それじゃあ俺を茹で殺す気か!』って。
そんな柔じゃないだろうに、何言ってんだか‥‥」

不知火、
そう呼び合うようになったのは恐らく自然な事、なんだろうな、こいつらにとっては。
なんだかんだとお互いに言い合いをしながら、二人は気が合うんだろう。
まあ元よりは誰とだって合わせられる性格をしているし、不知火だってそうだ。
いがみ合ってるよりは確かに、良いんだろうが‥‥俺としてはあんまり面白く、ねえ。
そりゃそうだ。
は、俺の好いた女なんだから。
その好いた女が他の男と仲良くなんざしてたら、面白くねえのは当たり前。

「あ、でもね、結構あいつ手先器用で、この間‥‥」
。」
なおもあいつの話を続けようとするのを、俺は腕を引っ張って、
「ゎ――んっ」
唇を塞いだ。
もう、この唇から俺以外の名前を出せないように、
深く、
合わせた。
「ッン‥‥」
舌を滑り込ませるとの肩がびくりと震える。
熱い口腔を舐りながらもっと深く絡ませたくて、腰を攫って、俺は自分の身体の上にそいつを座らせた。
流石に傷に障る事を気遣ってか、は腰を浮かせる。
だけど、腰に回した手を緩めずに舌を吸い上げると、腰が砕けたようにとさりと俺の上に落ちてくる。
たっぷりと、触れられなかったその時間を埋めるように俺は唇を貪った。
やがて、の口から「くるしい」と声が漏れるまで。

「さの‥‥さ‥‥」
僅かに離して呼吸を許してやるとすっかりと濡れて、だけど困惑した色を浮かべる瞳が俺を見下ろしてくる。
それを見上げる俺の目は、すっかりと欲情したものになってたに違いねえ。

今すぐに、
「‥‥してえ。」
そいつが抱きたかった。
「っ」
言葉にがぎくりと肩を強ばらせた。
え、と戸惑ったような声が唇から零れ、吐息が俺の唇を擽る。
それが心地よくてもう一度口づけをせがめば、待ってと慌てたような声に止められた。
「こ、ここ、あいつもいるのに。」
あいつ‥‥不知火の事、だな。
「こう言うときに、他の野郎の名前は聞きたくねえな。」
瞳に僅かに苛立ったような色を浮かべると、は狼狽えたように視線を彷徨わせた。
「で、でも、だって、あいつがここに来ないとはっ」
確かに、
あいつがここに来ねえとは限らない。
一応部屋は離れてはいるものの、大きな声を上げれば聞こえちまうだろう。
でも、
「俺は、してえ。」
今すぐ、
を抱きたかった。

あの時、
死を覚悟したとき、
とんでもなく後悔したのを思い出したから。
こいつを抱いていなかった事を、死にそうになりながら、死ぬほど後悔したから。
いつ、お互いがどうなるか、なんて分からねえ。
今更のようにそんな事を思ったら、すぐに、
と一つになりたかった。
多分、俺は焦ってたんだと思う。

と不知火が、あまりに仲が良さそうだったから。

だから今すぐ俺のものにしたいと思ったんだ。

「さの‥‥」
「駄目か?」
頬に口づけ、舌先でこめかみまでをなぞる。
ゃ、と小さく上がった声は拒絶のというよりは甘ったるく感じたそれで、抵抗のために添えられた手は俺に縋るようだった。
「っ」
ちゅとこめかみを音を立てて吸い、離す。
今度は耳朶にかりと歯を立てればはぶるりと背筋を震わせて喉を晒した。
漏れそうだった声は詰まったような吐息になってこぼれ落ちる。
熱い欲の色を灯した琥珀を、俺はもう一度見て、訊ねた。

「‥‥いやか?」

それは、狡い聞き方だとは分かっていた。
それでもが泣き出しそうな顔で許してくれるのを、俺は期待していた。
そして、

「っ」

期待通り、はふるりと首を横に振って、俺を許してくれる。