くしゅん――
背後でそんな音が聞こえて、沖田は振り返る。
振り返ればそこには千鶴の姿。
手で口元を押さえてもう一度、
くしゅん。
「千鶴ちゃん、風邪?」
訊ねられ、ようやく彼女は沖田が振り返っている事に気付いて、目をまん丸くした。
それから慌てて首を振ると、
「そ、そんなんじゃないです。」
と答えた。
まあ確かに顔色もいいし、声も鼻声じゃない。
風邪はひいていないのだろう。
しかし、
「寒いもんね、ここ。」
資料室には暖房がない。
今が冬場でなければそれほど感じないが、室内はちょっと肌寒いくらいだ。
しかも今日はこの冬一番の冷え込みとか言ってた気がする。
それに、女子はスカートだ。
見ているだけで寒い。
付け加えて彼女は確か冷え性だった気がする。
「先戻ってる?」
「いえ、大丈夫です。」
「でも、まだ終わりそうにないよ。」
「平気です。」
にこっと千鶴は笑った。
彼女には関係のない資料探しなのに、文句言わずに付き合ってくれて‥‥なおかつ、そんな笑顔を向けられて、ちょっと申し訳
ない気分になる。
ただ申し訳ない以上に、ありがたい。
ありがたいけど、本当にここは寒い。
長居すれば千鶴が風邪を引いてしまう恐れがある。
とにかく早く資料を見つけて退散した方がよさそうだ。
「あ。」
沖田は小さく声を上げた。
なんですか?
千鶴が振り返ると、彼はおもむろに自分が着ていた暖かそうなセーターを脱いだ。
「先輩!?」
驚きに千鶴は声を上げる。
いきなり何をと目をまん丸くする彼女の傍に近づくと、沖田は、
「はい、ばんざーい。」
これまたいきなりそんな事を言った。
まあ普通なら聞き返すのが普通の反応だが、千鶴は一種の条件反射で、
「ばんざい‥‥」
両手を上げる。
と、
ぼす、
「!?」
上からすっぽり何かをかぶせられた。
一瞬視界が遮られ、すぐに元の景色が戻る。
「え?」
気がつくと、自分を包み込む温もりがあって‥‥
見下ろせば、セーターで身体は包まれていた。
目の前にはシャツ姿になった沖田。
どうやら、自分のセーターを千鶴に貸してくれたらしい。
まだ残る温もりは彼のもの。
ふわりと爽やかな香りが自分を包む。
「大きいね。」
沖田は千鶴の姿を見て呟いた。
元より身体の作りが小さい千鶴だ。
男物のセーターは非常に大きく感じる。
肩は落ち、手の先さえ見えない。
裾からはスカートの先がちょこっとだけ見えている状態だ。
不格好‥‥かと思えば、そのアンバランスさが可愛かったりする。
いや、
可愛いというか‥‥
顎に手を当ててその姿を見ていた沖田は、双眸を細めた。
やがて、
「うん、やっぱり脱がす。」
唐突にそんな事を言う。
千鶴はまたもや目を見開いた。
もうこれ以上開かない。
さっきから彼の言うことが突発すぎてついていけない。
とまじまじと見れば、彼は唇を尖らせてこう言う。
「だって、えっちだよその格好。」
えっち。
と言われて今度はぽかんと口を開けた。
ひどく間抜けな顔に、沖田は苦笑を浮かべる。
「なんて顔してんの。」
そんなからかうような言葉で、ようやく我に返った千鶴は、今度は「えっち」という単語に顔がカッと赤くなる。
何が彼にそう思わせるのか分からない。
きちんと服を着ている状態なのだ。
えっちと言われる筋合いなんてない。
「お、沖田先輩が着せたんじゃないですか!」
勝手に着せてえっちだから脱げというのはひどい。
抗議の声を上げれば、彼はにこっと笑った。
「うん、だから僕が責任持って脱がす。」
すたすたと近付いて、彼は手を伸ばした。
しかし、
「って‥‥ちょっとなんでスカート脱がすんですか!?」
その手は、何故かセーターではなくスカートに掛かる。
ファスナーをおろされて慌てて押さえた。
「だから脱がすんだってば。」
「ぬ、脱がすものが違います!」
「うん、後でセーターも脱がすから安心して。」
「安心できませんっ!!って‥‥ちょっと!?」
そうこうしている内に彼の手にかかり、スカートがすとんと落ちてしまった。
途端素足に冷たい風が吹き付け、千鶴は身体を竦ませた。
セーターから覗く白くほっそりとした足に、誘われるように彼は手を伸ばした。
「あ、これが手っ取り早かったね。」
なにが、
と彼女は涙目で見上げる。
にこりと笑う彼は意地悪な瞳でこちらを見下ろしていて‥‥
「暖まる方法。」
だってほら、手が触れただけでこんなに君は熱くなる――
視覚的スイッチ
これ初めて裏にいくかも‥‥
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