「ここ、どうなってんのか教えろよ。」
――センセイ――
なんて、彼はらしくもなく私を呼んだ。
私は確かに先生なんだけど、この状況でそう呼ばれることが酷く卑猥な気がした。
それよりも卑猥なのは、
ここが教室で、
彼、生徒である土方君と、
こうして、
一つになっていること。
さすが土方君は文系というだけあって、理系、特に数学が苦手なようだった。
とは言っても赤点を取るほどの成績じゃなく、うちの学校では割と優秀。
それでもこの評価が不満なのか、彼は私に補習授業を申し出てきた。
二年生の夏は‥‥大事な時期だもんね。
彼は進学組で、レベルの高い国立を狙ってる。
文系に進むといっても、必須教科を落とすわけにはいかない。
ということで、私は彼の補習授業に付き合う事にした。
「つまり‥‥この定理を当てはめると、ここの答えは‥‥」
カツカツ、と黒板に数式を書いていく。
締め切ったはずの窓の外から蝉の声が漏れて聞こえる。
時折、クーラーのモーターが嫌な音を立てて強風を吐き出した。
因みに教室にはクーラーは勿論備え付けられていない。うちの学校は結構かつかつで、この猛暑だと言うのに冷房を教室全部に設置出来るほどの予算がない。
だから夏場の教室は最悪。
今年は暑さのあまり、倒れるかと思ったくらい。
いつもはその中で授業をするんだけど、今日だけは特別。
冷房の効いた特別教室で、涼しく授業。
夏休みにわざわざ出てきた彼にあんなクソ暑い所っていうのも酷だし、なにより私が嫌だ。
「分かった?」
カンと小気味の良い音を立ててチョークを置くと、振り返って彼の反応を確かめる。
黒板をじっと、眉間に皺を寄せて睨んでいた彼は、まあ、と曖昧な反応を返してきた。
まあ‥‥じゃ分かんないってば。
「‥‥どこが納得できない?」
数学は基本を理解しないと応用なんて解けない。
まあその基本を根本から理解するのはかなり難しいんだけどね。
どうして?って思ったら数学は終わりだもん。その先に進めない。
ぺちぺちとチョークの粉を叩きながら教卓を迂回すると、一番前に腰を下ろした‥‥まあ一人しかいないんだから後ろとかに腰をおろされたらちょっと間抜けな光景‥‥彼の横に立つと、彼の手元を覗き込んだ。
まあ、と曖昧な返事をした割にはしっかりと公式が解けてる。
「なんだ、出来てるじゃん。」
「‥‥‥」
「じゃ、次。」
もう教卓の前に戻るのが面倒だったので‥‥何度も言うけど彼一人だし。じゃあなんで黒板なんかわざわざ使ったかっていうと、そっちの方が授業って感じがするから。こんな事を彼に言うのはやめておく。絶対馬鹿にされるから。
「この問題解いてみて。」
開いた教科書を覗き込んで、指さす。
少し近付くとふわ、とシャンプーの香りかな?爽やかな香りがした。
男子校の高校生なんて、あんまりお洒落に気を遣わないから汗のにおいがするかと思ったけど‥‥彼は違う。
清潔感のある香りは、きっと女の子もぐっとくることだろう。
ごぅ、とまた強風が吹いて、私は振り返った。
大型のクーラーはかなりの年代物で、時々調子が悪くなるみたいだ。
風が吹いたかと思ったら今度は止まった。
最悪。
「‥‥‥」
いくら冷気が満ちていた部屋といっても冷房が止まったらものの数分で暑くなる。
それは困る、ので、つかつかとそれの前に近付くと、とりあえず一発、
――がん
蹴った。
「おい。」
当然のように彼のツッコミがすかさず入る。
なに?と振り返りながら私はうんともすんとも言わないクーラーをもう一度蹴った。
土方君は顰め面で私を見ている。
「蹴るな。」
「だって壊れた家電は叩くと直るっていうでしょ?」
「馬鹿かおまえ。
機械ってのは繊細なんだよ。衝撃に強くねえんだからんなことしたら悪化するに決まってんだろ。」
だろ、に被ってごぅと強風がまた吹いた。
それからゆっくりと穏やかに風が送り出される。
「‥‥‥」
土方君はなんだか面白く無さそうな顔で私を見ていた。
それに、笑顔で「ね?」と言うと、彼は馬鹿馬鹿しいと吐き捨ててまた視線を手元に落としてしまう。
まあ一応今ので直った(ということにしておく)としても、島田さんに一度見て貰った方が良いよね。
また次におかしくなったときに直らなかったら地獄だし。
「ちょっと、用務員室に行ってくるから。」
問題解いておいてね、と言うと彼ははいはいと気のない返事をするのだった。
用務員室は一階の事務室の隣にある。
特別教室は三階にある。
つまり、フロアを二つ降りて行かなければいけない。
因みに廊下にはエアコンはない、当たり前。
なので、当然クソ暑い中を歩かないといけないわけで‥‥
歩くと倍暑いと思ったから走った。
馬鹿だと思った。
用務員室にたどり着いたときには汗だくになってた。
「ゆ、雪村先生!?どうなさったんですか!?」
島田さんが驚いたような声を上げる。
いやその、なんでもないです、大丈夫です。
暑さで若干溶けそうになってるだけで‥‥
「その、三階の特別教室の‥‥冷房がちょっと調子悪いみたいで‥‥」
伝う汗を拭いながら言うと彼はああと、困ったような顔で答えた。
「随分と古いですからね。」
「見てもらってもいいですか?」
「勿論です。」
島田さんは快諾してくれた。
すぐ行きますから、と言って工具を揃える彼にお願いしますと返して、私は特別教室に戻ることにした。
次はちゃんと、歩いて。
「‥‥歩いても走っても同じくらい暑かった。」
ガララと戸を開けた瞬間、私はその場に崩れ落ちる。
大袈裟なと言うかも知れないけれど、私は春生まれの北日本育ちで‥‥非常に夏が苦手だ。
この猛暑をよく過ごせてるなと思うくらい、苦手。
「とりあえず戸を閉めろ。
開けっ放しじゃおまえも涼めないだろ?」
土方君ががたんと立ち上がるのが音で分かる。
言葉にのろのろと振り返るけれど、それよりも先に私の所にたどり着いた彼がかららと戸を閉めてしまった。
「‥‥ったく‥‥世話の焼ける。」
「申し訳ない。」
「で、島田さんは来てくれるって?」
「うん。大丈夫って言ってたから、よ‥‥」
脚に力を入れて立ち上がると、つ、と汗が背中を流れるのが分かった。
「問題、解けた?」
「一応。」
「それじゃ、答え合わせと行きましょうか。」
彼が席に戻るのを見遣りながら、薄手のカーデを脱いだ。
さっき走ったせいで、汗を掻いたみたいで‥‥カーデを着てると気持ち悪い。
ぽいとそれを教卓に放り投げて、彼の手元からノートを取り上げた。
あいっかわらず細い文字。
この辺にも彼の神経質さってのが出て‥‥ああいやちがうちがう、えと、答えは‥‥と‥‥
「‥‥‥えろ。」
唐突に後ろからそんな声が掛かって、私はんと小さな声を上げた。
「えろ」?
なにそれ?
怪訝そうに眉を寄せてると、
つ、
「っ!?」
背中に何かが触れる感触があった。
背中‥‥というよりはそこ。
ブラの、ホックのあたり。
勿論ここにいるのは私と彼だけだから、触れているのは彼なわけで‥‥
「っひ、土方君!?」
かり、と指先でそれを引っ張られて慌てて私は振り返った。
危うく外されるところで、私は背中を守りながら、
「な、何するのさ!」
と訊ねる。
すると彼はだって、と私を指さしてその目をすっと眇めて、こう言った。
「そんなえろい格好されてたら、勉強どころじゃねえよ。」
えろい格好‥‥って、それ一体なんのこと‥‥
「気付いてねえのか?」
「なにが?」
「汗で服が張り付いてる。」
「嘘っ!?」
指摘に自分の姿を見て、
「ぎゃっ!?」
色気のない声を上げた。
だって私の服、ブラウスなんですけどね、それが汗で濡れて、素肌にぺったり張り付いちゃってるんだから。恐らく用務員室まで往復したので汗を掻いたんだろうけど‥‥ってどんだけ暑いのさ、今日。
そのブラウスが白で‥‥濡れて、つまり、私の素肌が透けて見えるってわけで、それだけじゃなくて、
「わわわわっ」
ブルーのブラまでが透けて見える状態だった。
これには流石の私も恥ずかしくて彼のノートで胸を隠す。
すると彼は不満げに眉を寄せた。
「邪魔。」
「邪魔ってなにさ、邪魔って‥‥」
そもそも彼に見せなきゃいけないものではなくて‥‥
がたん、と音を立ててゆらりと立ち上がる彼に、何故か、
「っ!?」
私はぎくりと肩を震わせた。
彼はゆっくりと、一歩ずつ私との距離を縮めてくる。
決して逃げられない早さではない。
むしろ、彼はゆっくりと追いつめるように私との距離を縮めてくる。
なのに‥‥私は逃げられない。
彼の瞳に射抜かれて、せいぜい、一歩二歩と下がることしかできない。
「や‥‥やだ‥‥」
恐れにも似た声が私の口から出て、がたんっと、教卓に背中がぶつかった。
彼はその私の身体を閉じこめるように、その教卓の両脇に、私の身体の両脇に手を着く。
いつもは冷静な色を湛えている紫紺が、驚くくらいに熱く、濡れていた。
子供とは思えない、色気を放って。
「ひゃっ!」
彼の手がそっと私の胸に触れた。
しっとりと汗ばんだそれは、彼の手で押しつけられて肌にぴったりと張り付く。
ブラの、レースの模様さえ見えてしまいそうなほどに透けた。
「やっぱ、えろい。これ。」
「‥‥え、えろくないっ」
私はただ、暑い中を歩いて汗を掻いただけで、そんなつもりは毛頭‥‥
ふにゃ、
「っ!!」
押しつけられた指先に力が籠もった。
掌で包むようにして、ゆったりと揉まれて私は真っ赤になる。
「や、だめっ、ここっ」
学校‥‥
「な、授業教えてくれよ。」
彼は甘く低い声で囁く。
だから、授業をするからその手を‥‥
「うわっ!?」
突然腕を引かれ、世界がぐるんと回る。
どういうわけか天井が見える‥‥と思ったら背中に固いものが当たった。
あれ?なにこれ。
ぎ。
軋む音がして、覆い被さるように、
「っひ、土方くっ‥‥」
彼の姿が視界に飛び込んでくる。
背中に伝わる木の冷たさに、私は机の上に押し倒されたのだと分かった。
それに相反して、熱い体温が私の上に被さってくる。
「や、ちょっ‥‥」
待って。
と制するのに、彼はすっかりと理性を無くした眼差しを向けて、
「なあこういうのはどう?」
「っひ!」
膝裏を抱えて脚を立てさせられ、そのまま大きく開かされて脚の間に、彼の身体が滑り込む。
手はそのまま膝裏から私の太股までを優しく、何度も往復する。
「特別授業を今からする‥‥」
「な、にいってっ」
「授業内容は‥‥正しい性行為について、なんてどうだ?
しかも実践つき。」
「ば、そういうのは保健体育の先生にっ‥‥」
脚の付け根をちょっと擽られた時に、変な声が出そうになって私は慌てて口を押さえた。
「冗談だろ。
野郎に実践つきで教えてもらうつもり、ねえよ。」
うちの学校の保健体育は原田先生。
男の先生だ。
いやまあ、うん、分かるんだけど‥‥実践つきってのは彼女である私も勘弁して欲しいけど、でもだからといって、このまま暴挙を許すわけにはいかないってば!
と頭の中で喚いてみても彼には伝わらない。
いや、実際は彼も分かってるんだと思うけど、そうすればそうするほど意地悪く私の弱い部分を撫で上げて、その理性を崩そうとする。
「んっ、やめっ‥‥‥」
やめてと懇願するように見上げると、彼は綺麗な目元をうっすらと色っぽく染めて、
「俺を煽ってんのか?」
と僅かに上擦った声で囁く。
煽ってないと頭を振るけど、彼はそうするとごくっと息を飲んで、更に私との距離を縮めた。
「っ――!?」
ぐりとついでに押しつけられた彼の股間は、もうあり得ない熱さと固さを持っていた。
なんでそんな状態に‥‥
っていうか、まさか本当にこのままここでするつもりじゃ‥‥
青ざめて見上げれば、彼はそれ、と苦笑を漏らした。
「おまえの怯えた顔‥‥可愛くて、勃つっての。」
「っ!?」
馬鹿じゃないの!?
私は言える物なら言ってやりたかった。
怯えた顔に興奮する、とか、どれだけサディストなのさ!
っていうか変態か!!
「まあ、俺がしたいのは確かだな。」
「やっ!?」
私の心の中を読んだのか、それともただ口をついたのがそれだったのか‥‥
彼は一人ごちて、ぐいとブラウスをスカートから引きずり出すと、そのままぐいっとちょっと乱暴に服を押し上げた。
そうすると当然私の肌が露出することになって、まずいと思って身を捩ってもしっかりと体重を掛けて押さえつけられてるからそれも出来ず、ただ無駄に暴れるように身体を左右に揺らせばぎしぎしと机が嫌な音を立てる。
「机壊すつもりかよ?」
「ち、ちが‥‥やめ‥‥」
「いいから、大人しくしてろって‥‥」
「あっ!」
ぐいと、ブラごと押し上げられて、胸元を露わにされる。
濡れたブラウスはブラのワイヤーで押さえつけられて落ちてくることはない。
私の胸元は無防備だった。
「だ、だめっ」
慌てて胸を手で隠すよりも彼の方が早い。
その大きな両手で包まれ、お互いの乳房が離れるように互いの手が離れるように揉む。
「あっ、ン!」
「相変わらず、柔らか。」
ふにゃと、なんだか緩い音を立てて彼の指がめり込んでいく。
ぐるぐると円を描くように回されながら、ばらばらと胸の付け根やら、乳腺を刺激するように指を動かされると否が応にも感じてしまう。
「だ、だめ‥‥」
それでも微かに残った理性がこの行動をやめさせようとした。
震える手で彼の手首を掴む。
その太さを知ってるのに、どきりとするのは女と男の違いを見せつけられるからだろう。
どきりと鼓動が震えたのは彼の掌から伝わっただろう。それさえも私を興奮させた。
でも、だめだ。
ここ、学校。
「ひじか‥‥た、く‥‥」
「ったく、強情なヤツだな。」
彼は困ったように笑う。
私の葛藤を彼はきちんと勘付いている。
「乳首、立たせて感じてるくせに、まだ駄目って言うのかよ。」
それでも、優先するのは私の欲の方だ。
ふにっと立ち上がった乳首を彼の指の腹で押される。
じり、と痺れにも似た疼きがそこから走って、私はひくっと喉を震わせた。
だめそこ、弱い。
「ひ‥‥ぁっ、んんー‥‥」
固くなったそれは柔らかい肉に沈んで、押し返すように更に腫れ上がった。
「先生に質問があります。」
まるで揶揄するように私を先生と呼んだ。
普段は名字か名前を呼び捨てにして、私を先生と呼ぶ事なんてないくせに。
なんでこんな時だけ先生って‥‥
見上げれば彼はに、と口の端を押し上げて意地悪く笑って、
「‥‥乳首は指でされんのと、口でされんの、どっちが感じますか?」
慇懃無礼に敬語まで使って訊ねてくる。
特別「授業」というのに相応しく、生徒が教師に質問してきたのだ。
いや、とんでもない質問だから!
「そ、れ、勉強と関係な‥‥」
きゅ、
「ぁアっ!」
反論は速やかに指で乳首を摘まれて遮られた。
漏らしてしまった甘い声に、私はかっと頬を真っ赤にして手の甲で口を覆う。
こんな所で感じてしまった自分が非常に腹が、立つ。
「保健体育の授業だって言ってんだろ?」
いい機会だから教えろよと彼はくりくりと指先で乳首をこね回しながら囁く。
「どっちが好き?」
「‥‥ン‥‥ゃ‥‥」
「答えねえと、ずっとこのままだぜ。」
ちろ、と首筋を舌で舐められて肩がぞわりと震えた。
そのまま舌先は顎のラインを舐めて、耳の後ろ、それから、耳朶へとゆっくりと這わされた。
「ひ、じ‥‥ふぁっ‥‥」
ふっと耳に息を吹き込まれ、力が抜ける。
そしてすぐにカリと耳朶を噛まれて私の耳の形をなぞるように舌先がゆったりと這った。
ぴちゃりと濡れた音が、それよりも大きな彼の荒くなった吐息が、私の脳に直接伝わってくる。
彼はいつも以上に興奮してるみたいだった。
私だって、そう。
だって、この状況はあり得ないから。
「‥‥。
誰が来るのか分からねえってのに、焦らしていいのか?」
「そう、思うならやめ‥‥」
「そいつは無理。」
じゅ、と舌先が私の耳の孔に差し込まれた。
外の音が暫く遮断されると同時に、彼の舌が蠢く音だけが私を支配した。
「ひっ、ぃっ‥‥」
耳を攻めながらも、彼の手は止まらない。
弄られすぎて赤くなったそれをぴんっと爪先で弾かれて、身体がびくっと浮いた。
じわっと熱いものが滲みだした感覚に、慌てて腰を引くと、逃すまいと彼の股間が強く押しつけられる。
その時にぐいと弱いところを擦られて、欲が、理性を上回ってしまった。
「‥‥く、ち‥」
「ん?」
戦慄く唇をどうにか動かして私は言葉を紡ぐ。
土方君は耳から舌を引き抜いて、なに?とわざわざ私の顔を覗き込んでくる。
自分から強請るような行為にひどく恥ずかしさを覚えた。
「‥‥くち‥‥」
「くち?」
口がなに?と言う彼を私は涙目で睨み付ける。
絶対分かってるくせに、私に言わせようとするなんて本当にどうしようもないサディストだ。
普段は隠れMのくせに!!
「?」
「‥‥‥」
「‥‥雪村先生?」
わざとらしく『雪村先生』って言われて、私は悔しくて視線を背けながらだから、とやけくそ気味に言った。
「く、口でされるのがいいですっ」
きっと私は今、耳まで真っ赤だ。
恥ずかしくて堪らなくてぎゅっと瞳を閉ざすと、私を見下ろす彼がふと笑ったのが気配で分かった。
「口ですね、先生。」
「〜〜〜っ」
だから、先生ってやめろ。
やたら卑猥だからやめろっ!
私は心の中でだけ叫んだ。

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