自由を与えられた時は一刻。
 四半刻も経たない内に土方は屯所に戻ってきた。
 折角近藤が骨休めにと用意してくれたが、全く酷い目にあったものだ。少しも楽しめなかった。
 それもこれものお陰だと苛立った様子でどかどかと廊下を歩いていると、先に戻っていたらしい沖田と千鶴が声を掛けてくる。
「お疲れさまです。土方さん。お祭りはどうでしたか?」
「えー、もう戻ってきたんですか?」
 にこにこと楽しそうな千鶴とは対照的に、沖田は酷く残念そうだ。鬼の居ぬ間に羽を伸ばすつもりだったのだろう。そうでなくとも彼は羽を伸ばして自由にしている気がするが、今はその小言を言う気にもなれない。彼の相手をするのも面倒だった。
「あれ、随分とご機嫌斜めですね。折角お祭りに出掛けたって言うのに」
 にやにやと悪戯っぽく笑う彼もきっと知っているのだ。と一緒だった事。
 ただそのせいで彼がこんなに不機嫌になった事は知らない。
 煩わしげに放っておいてくれと言うと、その横を通り過ぎて部屋へと戻ろうとする。
 が、それを沖田の声が止めた。
「所で土方さん。は一緒じゃないんですか?」
「あ?」
 ぴたりと足を止め、彼は振り返る。
 は一緒ではないのか。
 ああその通り、一緒ではない。途中で喧嘩別れしたとは情けないので言わないが、彼の言葉には引っ掛かってしまう。
「戻ってねえのか?」
 彼女は先に屯所に帰ったはず。
 例えば別宅で着替えに手間取ったとしても、と別れたのは随分と前の事。西本願寺と祭のあった神社ではそう遠くもない。あの後すぐに引き返したと、一応本殿までたどり着いた土方とでは、彼の方が先にたどり着けるはずもないのだ。
 あの勤勉な彼女がどこかで油を売るはずもない。特に土方にあんな事を言われた手前、絶対にあり得ない。躍起になって仕事に打ち込む事だろう。それなのに、
さんは、まだ……」
 千鶴もこくりと頷いてみせる。
 はまだ、屯所に帰り着いていないと。
 では一体彼女は何処へ?
 考え込む土方に、沖田はもしかしたらと悪戯っぽく呟いた。
「あんな可愛い恰好してるから……誰かに攫われちゃった、とか?」
「っ!?」
 あり得ない。
 腐っても彼女は副長助勤。
 そんじょそこらの男になど負けるはずもないのだ。
 でも、だけど、彼女は今女の恰好をしている。土方と違って腰に刀を差しているわけでもない。勿論丸腰などという事はなく、どこぞに武器は仕込んでいるだろうが、それでも刀を持っている時とは違う。
 それに、彼女はさっきだって……男の手をはね除ける事が出来なかった。
 そうだ、は女だ。
 あの細腕で刀を振るい、人を殺めた事があるとはいっても、その本質はか弱い女。
 ざぁと男の顔から音を立てて血の気が引いていく。
 かと思えばくるりと踵を返して、
「土方さん!?」
 ばたばたと慌ただしく駆けだしていった。
 その後ろ姿を見送り、やがて沖田はにんまりと笑う。
「これで、煩いのはいなくなったね」
「……え、えと……」
 千鶴は困惑気味に沖田と、それから土方が消えていった方を見比べ、
さん、大丈夫でしょうか?」
 と呟く。
「さあ?」
「さ、さあって……」
 無責任に肩を竦める沖田に、千鶴はなんだか釈然としないものを感じて唇を尖らせる。
 彼女は沖田の大切な人であったはずなのに、心配ではないのだろうか。
「土方さんがついてるんだもん。に万が一なんてあり得ない」
 なんとも彼らしくない台詞だ。
 土方を信頼するような発言。
 ああでも、らしくないけれど、それが本音かも知れないと千鶴は思う。
 彼はなんだかんだ言って、土方の事を心の底から信頼しているのだろう。
 ふふと小さく笑みを浮かべて笑っていると、沖田は目をすいと細めた。
「あれ? 千鶴ちゃん随分と余裕だね?」
「え? 余裕ってなんの事ですか?」
 小首を傾げると、彼はその純粋な目を覗き込んで、心底楽しそうに笑う。

「だって……鬼の居ぬ間に僕は千鶴ちゃんにいけない事をしようとしているのに」

 誰も助けてくれないよ?
 なんて悪戯っぽい言葉に、千鶴は――



 確かに浮かれていた。
 は彼の言葉をもう一度心の中で反芻し、自分の未熟さに溜息を吐く。
 彼の言うように男に言い寄られて、まんざらでもない気分になった事などは皆無だが、しかし浮かれていたのは認めよう。浮かれていたというか、侮っていたというか。
 こんな小さな祭で騒ぎを起こす連中などそうそういない。そう思っていたから久遠は置いてきてしまった。普段花魁に化けて色町に潜入している時のように七首を仕込んではいるものの、この武器とこの恰好ではあまり大勢を相手には出来ない。
 更にはさっさと屯所に戻っていればこんな輩に林の奥に連れ込まれる事もなかっただろう。
 それは自分の迂闊さだったと認めよう。
「へへへ、そんな怖がらなくても良いんだぜ」
 下卑た声を漏らし、四人の男がじりっとにじり寄ってくる。
 彼らからはぷんと強い酒の臭いがした。どうやら酒に酔っての愚行らしい。とは言っても女の子を集団でどうこうするなど、酒に酔ってもしでかしてはならない。
「大人しくさえしてくれりゃ、酷え事はしねえよ」
「そうそう、痛い目見たくなかったら大人しくしてるのが一番だ」
 口々に言いながら近付いてくるが、彼らの言うとおりに大人しくしているのが一番酷い目に遭うとは思う。
 別に生娘でもないし、操を立てなければいけない相手がいるわけでもない。出来れば惚れた男に触れてほしいとは思うが、そんな事恐らく叶うまい。
 だって彼者は、自分を女どころか男と言ったのだ。
 だからこんな恰好は似合わないとまで。
 似合わないと言われたわけではないが、あの反応は似合わないと思ってのものだろう。だって、碌に見てもくれなかった。褒めてくれないのは構わないけれど、見る価値もないと言う風な扱いは流石に傷つく。
 そんなに似合わないだろうか?
 は自分の恰好を見て、ぼんやりと思う。
 自分では似合うか似合わないか、変かそうじゃないかは分からない。千鶴の浴衣姿はとっても可愛かったが、自分のは判断できない。
 皆は似合うと言ってくれたから悪くはないのだろう。でもやっぱり彼の口からどうだったか聞きたかった。
 似合わなくても良い。でも、ほんの少しでも、彼が良いなと思ってくれれば、それで、
「っ!?」
 ドンと背中に固いものがぶつかる。
「おいつめた」
 しまったと振り返れば背後には大木。気付けば行く手を完全に塞がれていた。
 前にも後ろにも逃げ場はない。
 ああやっぱり浮かれていたと思う事三度。
 さてこれは多少痛めつけられるのを覚悟せねばなるまいかなどと他人事のように思ったの背中を、冷たい汗が流れ落ちた。
 逃げ場を奪った男達はにやにやといやらしい笑みを浮かべながら今一度、の姿を上から下まで見る。見れば見る程に、いい女だ。
「浴衣姿がまた色っぽくていいねぇ。白い肌に良く似合ってるよ」
 別の人に言って貰いたかった台詞を、どこの誰とも分からない男に言われて腹が立つ。
 おまえたちの為に着ているわけではないのだ。だからといって『あの男』の為と言うわけではなく、これは近藤が用意してくれただけのものだ。でもでも浴衣を着た自分を見て欲しいと思ったのは確かだろう。浴衣に合うように苦戦しながら髪を纏めたのもだ。つまりは多少なりとも彼の為であった事は確かで、それを今更のように認めると悔しいというか情けないというか、虚しいというか。
「ほら、もっと良く見せてくれよ」
 ついと視線が落ちたのは怯えていたからではない。あの人の事を考えていたから。
 でもそんな事を知らない男達は無粋にもの顎を捕らえて、強引に顔を上げさせる。
 上を向かせたその顔が僅かに歪む。ほんのりと唇に乗せた蜜がその唇が果実のように美味そうで……それも勿論あの男の為につけたものだというのに、全く別の男がそれに気付いて誘惑されるとは、なんとも嘆かわしい。
「ああ駄目だ、もう我慢できねえよ」
 男が言った。
 瞳をとろりと欲で塗り潰し、顔を近付けてくる。
 それがあんまりに下心丸出しなもので、はぎょっとするあまりに反応に遅れてしまった。
 しまったと思った時には男の唇はもう手を差し込めないほどに近付いていて、

 い、や――

 思わず唇の隙間から漏れたのは力のない拒絶の声だ。副長助勤とは思えぬ、女の怯えた声。
 無論そんなもので男の愚行などを止められるわけもなかった。怯えた女の声に更に加虐欲に駆られ、酷い事をしてやりたいと思わせただけだ。だが、

「調子に乗ってんじゃねえ!!」

 その声で男の怒りを爆発させるのは簡単だった。

「ぎゃ!?」
 突然声が背後から聞こえたかと思うとに迫っていた男が後ろに引っ張られ、そのまま飛んでいく。
 何事かと男達が後ろを振り返る間もなく、別の男が横っ面を殴りつけられ、また別の男は腹を蹴り飛ばされ、最後の一人は顔面に拳を叩き付けられ、
「な、なんだ、一体……」
 痛む顔や腹を押さえながら地面を転がり、彼らが顔を上げるといつの間にかそこに一人の男が立っていた。
 仁王立ちで佇むその男の姿に、深酒も一気に醒めていくのが分かる。
 こう、すぅっと血の気が引くように。
 そこには……羅刹が立っていた。
 恐ろしい形相をした鬼が立っていた。
 全身から殺気を漲らせ、その瞳をぎらりと妖しく光らせ、鬼は男達を睨め付けている。
 まるでどの男から食い殺してやろうかと言わんばかりの眼光だ。
 男達は震え上がった。
「てめえら……」
 地獄の底から響いてくるかのような低い声が唇から零れる。
「よくもこいつに手ぇ出してくれたな」
「あ……ぁ……ぁっ」
 男達は死を悟った。
 食われると。
「覚悟は、出来てんだろうな?」
 ぎらり、とその瞳が光り、口元に歪な笑みが浮かぶ。
 そうしてその手が腰の刀に……
「ひぇえええええ!!」
 その途端、男達の恐怖は限界に達し、情けない悲鳴を上げて無様な恰好で逃げ出した。
 恐怖のあまりに足が縺れて何度も転びながら、賑わう通りの方へと。

 追いかけて番所にでもつきだしてやりたい気分だが……まああの様子ではもう悪さはするまい。
 それよりも、と土方は男達が完全に見えなくなったのを確かめるとくるりと後ろを振り返る。
 の方へと向き直った。
「っ」
 振り向かれて、が一瞬どきりとしたのは言うまでもない。
 走ってきたせいで更に乱れた胸元が飛び込んできて、おまけにその胸元に流れ落ちる汗が酷く卑猥に見えて……思わず視線を逸らした。視線を逸らしてもその光景は網膜に焼き付いてしまったらしい。頭から離れない。
 しかしそんな人の気も知らず、ずんずんと男は近付いてきて、
「こんの、馬鹿野郎!!」
 次の瞬間、叩き付けるような怒声に、どきどきと高鳴っていた鼓動は驚きに止まった。
 何故怒鳴りつけられるのだろう。間抜けな顔を上げれば土方は怒りの表情を浮かべていて、更に怒声を浴びせかけた。
「浮かれんのも大概にしろ! こんな人気のねえところまで連れ込まれやがって!!」
「え、えと」
「俺が止めに入らなきゃどうなってたか分かってんのか!?」
「あ、そ、れは」
 あまりの剣幕には戸惑う。
 確かに彼が止めに入ってくれなければ唇を奪われていた事だろう。それは大事だ。
 だから助かったと感謝すべきなのだろうが、でもそれにしたって……
「それともあれか、あんまり気分のいい事を言ってくれるもんだからあいつらに少しいい目を見させてやろうとでも思ったのか?」
 酷い言い様だ。
 カチン、とまたは来る。
 そんなに自分は尻軽だと思われていたのだろうか。
 役目として花魁に化ける事はあるが、男に媚びた事など一度もない。
 生娘でもないし、綺麗な身体ではないかもしれないが、それでも触れて欲しいと思う相手は一人だ。その為に触れてくる男達の手をはね除けてきた。触れて良いのはこの男だけだと思ったから。
 それなのに、その言い草はどうだ。
 頭に来て感謝の気持ちだって消えてしまう。
「好きでここに来たわけじゃないです!」
 また、先程みたいに反論が口を吐いて出た。
 いけない止めなければと頭の隅では分かっているのだけど、口がまるで別の意志で動くかのように勝手に回る。
「それに、助けてくれなんて言った覚えはありません!」
 あんなの自分一人でどうにか出来たと言えば、土方は口元を引き攣らせ、だがすぐに反撃に口を開いた。
「嘘吐け。いやだって情けねえ声漏らした癖によ!」
「あれは……って、聞いてたんですか!?」
 反撃には一瞬言葉に詰まる。
 が頭の回転は悪い方ではない。それが返って徒となった。
「人があんな目に遭ってたのに黙って聞いてたんですか!?」
「ち、違う! 俺が丁度駆けつけた時に聞こえたんだ!」
「でもそれじゃあなんで私が気分のいい事言われてたとか知ってるんですか!」
「だから偶々聞こえたんだよ!」
「嘘! 本当はずっと前から見てたんでしょ! この人でなし!」
「てめえこそ助けて貰ってもうちっと可愛い事言えねえのか、この意地っ張り!!」
 まるで子供のように二人は怒鳴り合う。
 夜祭りの幻想的な雰囲気は何処へやら、互いにぜえはあと肩で息をしながら睨み合う。
 どれほど睨み合っていただろう。先に視線を逸らしたのはの方であった。
「帰る」
「あ、おい!」
 彼女は言うと、くるりと踵を返してしまった。
「話はまだ終わってねえぞ!」
 このまま逃げるだなんて許さない。彼女にはまだ言いたい事が山程あるのだ。
「ついてこないでください」
「話が終わってねえって言ってんだろ!」
「私なんか追いかけても時間の無駄ですよ。ほら祭が終わる前に女の子見付けてこないと」
「てめえ、それは昔の話だって……」
 前を向いたままはどうせ、と吐き捨てるように呟く。
「私は土方副長好みの可愛い女じゃありませんからね」
 その声があんまり、情けなく聞こえるから。
 傷ついて聞こえるから。
 拗ねたみたいに聞こえるから。

「おまえ以外に、何処に、俺好みの女がいるってんだよ!」

 気付いたら自分の意志とは裏腹に、大声で、そんな恥ずかしい台詞を吐き出していた。

「……え?」
 驚きの声を漏らしたのは彼も同じだ。
 自分でどれだけ恥ずかしい台詞を言ったのか、一瞬分からなかった。
 だが自分が口にした言葉の恥ずかしさに気付くと、一気に体温が上がり顔まで熱くなってくるのが分かる。
 それまで振り返らなかったがこんな時に振り返った。きっと、顔は真っ赤になっている事だろう。それを見て、またの目が丸く見開かれた。
 違う、これはそう言う意味じゃ。
 否定のしようがなかった。だって、どう繕ってもその言葉のままなのだ。
 それに、言葉に偽りはない。
 それこそ繕う必要はないほどに、彼のそのままの気持ちが言葉となって表れただけ。
「……土方さん、今、」
 まん丸く目を見開いて立ち尽くすに、土方は開き直ってやった。
 そうして、今までまともに見られなかった彼女の恰好を上から下までじっくりと観賞してやる。
「やっぱり、良く似合ってる」
「え……」
 さっきまではずっと言えなかったのに、唇からするりと言葉が出てきた。
 確かに彼の隣を歩くには相応しくない恰好だ。鬼の副長の隣を歩くには。
 でも、今の彼女は副長助勤ではなく……一人の人間なのだ。という、ただの女。
 その彼女にやはり良く似合うのは、艶やかな女物の浴衣だ。
「おまえは肌が白いからな。派手な色合いも悪くはねえが、落ち着いた色の方が良い。ぐっと大人っぽく見えるな」
 いつものそれとはあんまり違う大人びた様子に、ちょっとどきりとしてしまう。
 髪もすっきりとまとめ上げて、後れ毛のなんと色っぽいことか。
 細い首についつい噛みついてしまいたくなるのは、彼だけではないだろう。
「うん……俺好みだ」
 満足げに彼は頷く。
 まるでのその出で立ちは自分の為にあるとでも言わんばかりの発言。
 違うこれは彼の為に用意したのではなく近藤が……という言葉も、の中から掻き消えた。ここで可愛げのない台詞が吐ける程、彼女は可愛くない女ではない。
「あ、りがとう、ございます」
 恥ずかしそうに視線を落としながらは礼の言葉を小さく呟いた。
 隠しもせずに照れているというその様子に、男の目元が緩む。
 可愛い女だと、今なら素直に思える。
 ただちょっと、
「……土方さんも、格好いいです」
 目元を染めながら上目に見て、はにかんだように笑って可愛い事を言う彼女は……質が悪いかもしれない。
 自覚はないのだろうが、そうやって見られるとこうどうしようもなく男の欲がむくむくと頭を擡げてしまうというもの。
「あっ」
 ぐいと腕に引き寄せ、男は小さな身体を抱きしめた。
 薄い浴衣越しに感じる温もりと柔らかさに、どきりと胸が高鳴るのを止められない。の鼓動も同じように早くなっているのを感じてはなおさら。
「土方さん」
 されるがままだったの手が、そっと控えめに背中に伸びた。
 きゅと軽く浴衣を掴み、それから一度緩めて爪を立てるように強くしがみついてくる。なんとはなしに強請られている気分になって堪らない。
「帰りたくねえ、な」
 思わずぽつりと落とされた呟きに、はついと答えたくなった。
 帰さないでと。
 このままどこかへ連れて行って欲しいと。
 この夢のような時間をもう少しだけ……
 そう願っても出来ない。
 夢は覚めるもの。だから夢なのだ。
 一時の夢。
「帰るか」
 どちらともなく身体は離れる。
 互いに触れていた余韻を少しだけ残しながら、小さく土方が呟くとは俯いたままでこくりと頷いた。
 夢が終わる。
 楽しかった夢が。
 でも、その前にほんのちょっとだけ……この時を刻みつけておきたくてこう言った。
、少しの間。目ぇ瞑れ」
「なん、で?」
 理由を知っていて問い返す自分は、やはり可愛げがないと思う。
 期待に胸が高鳴り、頬が赤くなっていくのに。それを彼に見られているというのに、どうしてと訊ねてしまう自分は、心底可愛げがない。
 土方は答えなかった。
 ただ、いいからと少し唇を尖らせて言う彼に、は分かりましたと答えて目を瞑る。
 目を瞑れば世界は真っ暗になった。
 怖いとは不思議と思わない。だってすぐ傍に彼の気配を感じるから。彼の温もりを、吐息を、感じるから。
 それから、遠くに、楽しげな祭囃子の音が。
 まるで自分たちをはやし立てるみたいに、一つ大きくなって……それからは彼の吐息しか聞こえなくなった。


                            


  祭り囃子に誘われて


  遊戯録弐を見ていて思いついたネタ。
  褒めるか、照れて誤魔化すかのどっちか
  でしょうということで。