ハロウィンからずっと続いた秘密の時間。
誰も決めていてなんかいないのに決められたみたいな愚かしい約束を、私はこの日、初めてすっぽかした。
すっぽかした癖に何故か私は家に帰る気になれず、ぼんやりとベンチに座って校庭を眺めていた。
もう下校時間も迫っているその時間では部活動をしている生徒もいない。
私が見ているのはただ茜色に染まる‥‥無人のグラウンド。
楽しくもなかったけど、そこしか、私が何も感じずに住む場所が無かった。
グラウンドには彼との思い出がないから。
教室や食堂や図書館じゃ‥‥彼の事を思い出してしまうから。
あの時こんな事があった、あんな事を言った。
どんな表情だったか、私に何をしたか‥‥
それを鮮明に思い出してしまうから。
それが嫌で、私は彼との思い出を排除するみたいに外に出た。
思い出したくなかった。
今頃、あの先輩と先生は‥‥あの部屋で私にしたような事をしているに違いない。
私から今度はあの先輩に興味が移ったんだろう。
それならばそれで良い。
私は彼から解放される。
それで良いはずだった。
なのに、私の頭の中ではぐるぐると思い出したくもない記憶が蘇っては、私を苛む。
まるで忘れるなっていうみたいに。
「忘れさせてよ」
覚えている事なんてないじゃない。
私と彼はもう何でもなくなるんだ。
そもそも何でもなかったんだ。
だから無かった事にすればいい。
忘れてしまえば全て無かった事に出来るじゃない。
なのにどうして、こんなに付きまとうんだろう?
「そこにいるのは‥‥か?」
何度も溜息を吐き、緩く頭を振ってはグラウンドを見て無心へと返ろうとする。
それを何度か繰り返していると、背後から声を掛けられて私は振り返った。
「左之センセ?」
そこに立っていたのは保健体育の原田左之助先生。
甘いマスクと、男気のある性格のイケメン教師。因みに校内調べでは結婚したい男ナンバーワンのモテっぷり。
どうやら先生は今から校内の見回りらしい。
下校時間だから帰れよーとでも言いに来たのかな、と私は腰を上げて下校しようとすれば近付いてきた左之センセは私の顔を見て驚いたように目を丸くした。
それから、険しい顔になる。
「何か‥‥あったのか?」
「え?」
先生は真剣な顔で私を見ている。
何かあったと問われる意味が分からなくて小さく声を上げれば、先生は真剣な顔のままもしかして、と僅かに眉間に皺を刻んで訊ねる。
「総司のヤツ‥‥か?」
「っ」
ぎくんっと私の肩は大袈裟に震えた。
それできっと先生にはばれてしまったけれど、私は誤魔化すみたいにあははと笑って、
「なんで、沖田先生が出てくるんですか?」
と馬鹿みたいに明るい声で訊ね返す。
後から考えればそれこそ図星の反応だったんだけど、この時の私はただ笑ってやり過ごすしか方法が無くて、でも、左之センセはそんなのお見通しで誤魔化されてくれなくて。
「そんなの‥‥あいつを見てれば分かる」
「‥‥」
私は、分からない。
沖田先生を見ていても、あの人が何を思って何がしたいのかなんて分からない。
見ていても何も‥‥何も‥‥
ううん、もう考えるのは止めたんだ。
私にはもう関係ない事。
緩く頭を振って私は小さく息を吐く。
「あいつと、なんかあったか?」
先生は私を気遣うように訊ねる。
何もあるはずがない。
私と沖田先生は生徒と教師。
何かあるわけもなく、あってはならない関係だ。
きっと今までの彼との時間は夢。
私は夢を見ていただけに過ぎない。
そう、自分に言い聞かせて、私は口を開く。
「‥‥なにも‥‥」
何もなかった。
先生とは何も無かった。
あの腕に抱かれた事も、キスも、触れる手の大きさも優しさも、狂いたくなるほどの快楽も泣きたくなるくらいの幸福感も。
全部――無かった事にするんだ。
そう、私は決めたのに‥‥
「なに、してるの?」
じゃりと聞こえた足音と聞こえた声。
相変わらず食えない笑みを含んだ楽しげな声は、見なくてもその人のだって分かる。
耳が勝手にその声を拾い上げ、脳が勝手にインプットして私の身体は勝手に、震えた。
まるで怯えるみたいに。まるで、喜ぶみたいに。
「総司」
左之センセが名前を呼んだ。
ああやっぱりそうだと私は心の中で呟く。
それから顔を背けて、地面を見つめて、私は視界から彼の全てを消した。
消そうとするのに、近付いてきて、視界の隅に靴の爪先が映り込んで‥‥それが彼の校内用の靴だってすぐに分かって、私は嫌になった。
また、校内用の靴で外に出てきた‥‥そう、口に出そうになったのも嫌だった。
「やあ、左之さん。こんな所で雪村さんとおしゃべり?」
「あ‥‥ああ」
にこりときっとあの食えない笑みを浮かべただろう先生の表情が勝手に脳裏に浮かぶ。
目を瞑ったけど消えなくて唇を噛みしめて必死に別の何かで塗り潰そうとしていると、あははと少しだけ尖った笑い声が響いた。
「そんな暇あったら、校内の見回りしてきた方がいいんじゃないの? 今日は左之さんと新八さんの担当でしょ?」
彼の声には異様な棘を感じた。
まるで左之センセに怒っているみたいな声。
別に先生はサボってるわけじゃないだろうに、そんな事責める必要はないはずだ。
何より、沖田先生はそんなに真面目じゃないからいつもは「適当でいいんじゃない?」とか言うはずなのに。
「総司‥‥」
それは向けられた左之センセも機敏に感じたのか、戸惑うような声が彼の口から零れた。
「まあ別に、左之さんが何してようが別にどうでもいいんだけどね」
人を困らせて置いてその反応はない。
けど、それが沖田総司という人だ。
喧嘩を吹っかけるだけ吹っかけておいて、どうでも良いと言い放つと微かに気配が揺れる。
顔を背けていても気配が近付いたのを感じるのは、私の身体全部が彼に敏感になっている証拠なんだろうか。
ううん、きっと、私は怖がっているんだ。
彼との約束をすっぽかしたから。
「なんで‥‥今日、来なかったの?」
ずっと待ってたのに。
と先生は言った。
私は彼と約束したわけじゃない。だから、行く義務はないはずだ。
それにそもそも、私が行かなければいけない理由なんてないじゃないか。
だって、もう他にいるでしょう?
私以外に特別だと思える人がいるんでしょう?
それならもう私には何の用もないはずで‥‥なのにどうして、そんな事を言うんだろう?
「私、もう、あそこには行きませんから」
そっぽ向いた私の口から零れたのは固い声。
それに先生は少し驚いたのか息を飲むのが分かる。息を飲んだだけで驚いたってわかる自分はもうどうしようもないのかもしれない。
「なに? 怒ってるの?」
先生は私の反応に少しだけ声の質を変える。
宥めるような声。
別に怒ってないし、怒ってても先生には関係ないじゃないか。
「怒ってるから、来なかったの?」
「‥‥ちがう」
「じゃあ、どうして?」
と問う声に私はなんか妙に苛立ってしまう。
どうして? なんて私が聞きたい。
なんで私に構うの?
もうどうだっていいはずなのに、なんでそんなに構うの?
もう放っておいてよ。
もう構わないでよ。
「っ、失礼します」
喉の奥まで苛立ちが込み上げてきて、それが勝手に出てきそうで、私はそれを押し堪えて逃げるようにその場を後にする。
けど、そうはさせてくれなくて、
「待ってよ」
私の腕を掴むその強さは大きさは‥‥左之センセじゃなく彼の物。
私はこの手に何度翻弄されただろう?
この手がどれほどに優しく、私を狂わせるか知っている。
忘れたくても忘れられないほど、細胞レベルまで私の身体が覚えてしまっている。
もういやだ。
忘れたいのにどうしてこんなに覚えてしまっているんだろう。
忘れられないくらいに刻まれているんだろう。
まるで、
彼を忘れたくないみたいに。
彼の全てを自分の身に刻みつけるみたいに。
彼にとっては私なんてどうだっていいはずなのに。
「はな、してっ!」
掴まれた腕を振りほどこうと藻掻けばもう片方の腕も囚われる。
そうしてぐいっと身体を近づけられて顔を覗き込まれる気配に私は目を閉じた。
見たくなかった、彼の顔を。
だけど見たくなくても彼の表情なんて分かる。分かってしまえる。
やだやだもうやだ。
「離さない」
真剣な先生の声が聞こえる。
滑り込むその声に、鼓膜が震え、音を脳に刻みつける。
また新たに先生の記録を私の中に刻むのだ。
やだ、もう、やだ。
どうせ覚えていたって、辛いだけなのに。
苦しいだけなのに。
「なんで、私に構うんですか!?」
思わず咎めるような声を上げれば、先生は逆に冷静な声で返してくる。
「なんで、構っちゃ駄目なの?」
狡い。
質問を質問で返すなんて狡すぎる。
私は狡いと思ったけれど、彼に問われれば自然と口が応えるみたいに開く。
「だって、他にいるじゃない!」
「他に、何がいるの?」
「先生、部屋に入れてあげるような人がいるじゃないっ!」
私知ってるよ。
見ちゃったんだよ。
先生が他の人をあの部屋に入れてるの。
見てしまったんだよ。
私だけって言ったけど、他の人、入れてたんじゃないか。
『別に、あんただけが先生のお気に入りじゃないんだからね』
耳にその怒りと嘲りを含んだ言葉が蘇る。
その通りだ。
だから期待もしなかった。
だけど、期待していない癖に、私はどうしてそれを咎めようとするのか。
「私じゃなくても、いいくせに――」
声が震える。
泣きそうな声になるのが嫌で、必死でお腹に力を入れたけど、そうすればひくりと喉が震えて嗚咽みたいになってしまった。
「私じゃなくても、いいくせにっ」
まるで、咎めるみたいな言葉を吐く私は何様だろう。
それを知っていて、納得していて、だけど彼を責め立てようとするのか。
彼の勝手だ。
誰をあの部屋に入れて、何をするかなんて。
「っ」
喉が震えて細い息が洩れる。
もう駄目だ。これ以上はとんでもない言葉が口をついて出てしまいそうで、私は唇をきつく噛んだ。
逃げる事も出来ず、ただ俯いてぼんやりと揺れ始める地面を睨み付けていると頭上で小さく何か、先生が呟くのが聞こえた。
なんと言ったのか分からない。
ただ、
「っ、わっ!?」
気付くと身体がふわりと浮いていて、
見下ろす地面が遠い事と、すぐ傍に先生の背中が見える事に私は自分が高々と担ぎ上げられてしまった事を悟る。
「ちょ、お、ろしてっ‥‥」
下ろしてと言い切らせてもくれず、先生は走り出した。
「総司っ!」
それまで呆然と見ていた左之センセが、突然担ぎ上げられて連れ去られる私に気付いてはっと我に返って名を呼んだ。
「ごめん、左之さん!」
呼び止められてちっと苛立ったように舌打ちをしながら、先生は一度だけ足を止める。
その時の彼の顔を‥‥私は見ていない。
でも、必死な声でその表情は分かった。
「今だけ、見逃して!」
私を抱く手は、すこし、強い。
強いけどどこか縋るようなその弱さを感じて、気付けば私は彼に縋り付くように彼の首に手を回していた。
どこをどう走ったのか、と言うのは私には分からない。
いつもは前に見る近付く景色を後ろに、遠ざかっていくのだけを見ていた私にはそこがどこだか分からない。
ただ距離としては学校からそう遠くない。
外観も碌に確かめる事も出来ず、彼に担ぎ上げられたまま、エントランスを過ぎて、エレベーターに乗せられて、
長い廊下を小走りに駆けて、ガチャという音とぎぃという音を最後に外の世界とはさよならした。
「え、え‥‥っ?」
ただ呆然と彼に担がれるままだった私はそこで漸く我に返り、ここはどこと確かめる間も与えられずに次の瞬間、
「わぅっ!?」
ぼふ、と背中から柔らかいなにかに突っ込む。
それがベッドだ、と分かったのはふわりと香る先生のにおいがしたから。
ベッドだと認識すればそこが必然、そこは彼の家という事になる。
ただ、それをしっかりと確かめようとする前に先生は私に覆い被さってきて、
「ちょ、や、やだ、なにしてっ」
手早く私のセーターを脱がせようとする。
私は当然、拒んだ。
彼がセーターを脱がせる理由はただ一つ。
私を抱くため。
それが分かっていて彼に身を任せようと思うほど、私は馬鹿じゃない。
なし崩し的に抱かれてたまるものかと身を捩り、暴れた。
暴れたって所詮は子供で、女の力。先生にとっては御するのは簡単。
でも折れそうなほど痛くはしない。
あくまで私の力を優しい力で遮り、ぐいっと足を強引に開かせてその間に身体を割り込ませてきた。
「っ!?」
そうすると自然と触れる彼の股間。
そこがあり得ないくらいに膨らんで熱くなっているのに気付いてぎょっと目を見開きながら私は震える声で零す。
「な、なんで、こんなっ」
「勃起してるのかって?」
先生はにたりと、それはそれは意地悪くいやらしく笑う。
ぞっと背筋が震えたのは怖いだけじゃない。期待に震える私はなんと浅ましい事か。
「それは、君の言葉に興奮したからだよ」
先生はにこりと笑って私のこめかみにキスを落とす。
触れる唇の感触が、唇が離れた時に立てる音が、そもそもキスをするという行為が、私の欲を煽る。
駄目だ。
私は彼に抱いて欲しいと願っている。
駄目だこんなの絶対に駄目。
「せ、んせっ‥‥だめ、こんなのっ‥‥」
「知らなかった、な。君が、そこまで僕の事を想ってくれてるなんて」
こめかみから顎までをてろりと舐めながら、先生はごそごそとスカートからシャツの端を引き出そうとする。
駄目だとその手を掴むけれど制止する事など出来ず、現れたシャツの端から少し汗ばんだ手を差し込まれて、下着の上から胸を包まれて、私の身体はびくんっと大袈裟に震えた。
そのままいつもみたいにホックを外されて、胸を鷲掴みにされて、私は押し流されてしまうのか‥‥と思えば、先生はそのまま、手を触れたままで私の反応を待つみたいに止めてしまう。
え、なに? なんで止めるの?
と目を開けて彼を見上げれば何故かすごく嬉しそうな、無邪気な顔で私を見下ろす瞳とばちりとぶつかる。
怒らせるような態度を取った自覚はあるけど、喜ばせるような事をした覚えはない。
なんだろうと恐る恐る聞けば先生は、にこっと笑って言った。
「さっきのは、僕の事を好きで好きで、堪らないって事だよね?」
それはどこをどう拗くれて解釈すればそこに行き着くんだろう。
私は彼の事を好きだと言った覚えはない。微塵もない。
そもそも私自身の気持ちというのを形にした覚えはないんだけどどう曲解してそうなったんだか。
あまりに突拍子もない発言に目を白黒とさせ、それから半眼になって睨み付ければ先生はその瞳をそうっと、睨み付ける私の視線を受け止めるにはあまりに慈しむような優しいそれに変えて、
「だってさっきの君の発言はどう聞いてもヤキモチじゃない」
なんてふざけた事を言ってのけた。
ヤキモチ?
は? ヤキモチってあれ?
嫉妬ってヤツ?
嫉妬って、好きな相手にするものであって、私は先生のことを好きでもなんでもないのにそんなものするわけなくない?
「君、言ったよね?」
先生は意味が分からずにぐるぐると疑問符でいっぱいになる私に続けた。
「私じゃなくてもいいくせに‥‥って‥‥」
言った。
確かにそれは言った。
だけどそれとヤキモチがどう繋がるって事になるんだ?
「それってさ、自分以外の誰かが僕に特別扱いされるのを嫌で出てきた言葉なんじゃないの?」
私以外の誰かを、先生が特別扱いするのが嫌で、出た、言葉?
きょとんと目を丸くする私に「だからつまり」と先生は結論づける。
「自分だけを見て欲しいって‥‥事なんでしょ?」
え、わかんないよ。
先生何言ってんのか、全然、分かんない。
私は別に先生に特別扱いされたいとか思ってないし、他の人があの部屋に入っても何とも思わない。
ただ、私じゃなくても良かったんだなって思ったけど‥‥
「拗ねなくても、いいのに」
先生は苦笑をして、私の額にキスを落とす。
ちゅ、ちゅ、と何度か宥めるようにキスをして、彼は顔を離して近しい所で私を真っ直ぐに覗き込んできた。
「僕が、君以外を特別扱いなんてするわけがないのに」
そんな事を自信たっぷりに言いきられて、悔しいけど胸が震える。
違う、嬉しいんじゃない。
これは、戸惑ってるんだと自分に言い聞かせて、私は視線を逸らす。
「なん、で、私が特別扱い‥‥なんですか」
咎めるみたいな口調で私が問いを口にすれば、先生は目をまん丸く見開いて、笑った。
「君、まだ分かってなかったの?」
なにが?
と私は笑われて睨み付ける。
先生は笑ってから、困ったような顔になって、そんなに僕の言いたい事って分かりにくいのかな、なんて呟くから、私ははっきりと頷いてやった。
彼の言いたい事、と言うか、彼が分からない。
何を思って何をしたいのか。全然。
そう言い切れば、ちょっと落ち込んだみたいな顔になって、溜息一つ。
「ハロウィンの時に君にはしっかり伝えたつもりだったんだけどな」
「なにを、ですか?」
「本当に‥‥分かってないの?」
鈍いね、と呆れた口調で言われ、私は先生が分かりにくいのが悪いと返す。
そうすれば彼ははぁ、ともう一度盛大な溜息を零して、私の上から退いた。
なんだか興味を無くされたような気分になって、胸の奥がツキンと痛むけれど、先生はそんな私の手も引いて、一緒に、私たちはベッドに向かい合うようにして座る。
向かい合う先生は酷く、真剣な顔だった。
「じゃあ、ちゃんと、今度は分かりやすいように言うからね」
ちゃんと聞いててね、と先生は言った。
声があまりに真剣で、眼差しも真剣だから自然と私の背は真っ直ぐになり、声も「はい」と強ばる。
先生は、ちょっとだけ私を見て笑って、
「僕は、雪村さんの事が好きです」
そう、言った。
「生徒とかじゃなく、一人の女の人として‥‥僕は君の事が好きです」
言ってから少し、照れたのか、細めたられた目元が赤く染まる。
それは、産まれて初めて聞く、男性からの告白で。
一瞬何を言われたのか分からなくて「え」と聞き返せば「もう言わないよ」なんて意地悪を言われる事もなく、先生はもうと言いながら、私に何度でも想いを伝えてくれた。
「君が好き」
キミガスキ
先生が、
私を、
すき
一人の女として、
私の事を愛してくれている。
それは嘘でも冗談でもなく、紛れもなく本心から、
私の事が好きだと言ってくれている。
私だけだと言ってくれている。
「‥‥君は?」
驚いて目をまん丸くする私に、先生は少しだけ、自信なさげに訊ねてきた。
「君は、僕をどう思ってる?」
好きだと真っ直ぐに本心でぶつかってきてくれるその人に、私が返さなければいけないのは私の本当の想い。
この気まぐれで、意地悪で、子供っぽくて、でも優しくて、甘くて、私の事を心の底から愛してくれる彼の事を私が本当はどう思っているか‥‥
そんなの、改めて考えなくても答えはすぐに出た。
「わたし、もっ」
声が引きつったのは、哀しかったからじゃない。
苦しかったからじゃない。
「わたしも、すき、ですっ」
嬉しかったからなのに、何故、涙が出てくるんだろう。
折角の先生の笑顔が‥‥台無しだ。
彼が毎日寝起きする、誰にも侵害してほしくないだろうプライベートな空間に、私は主の代わりに横たわっている。
彼が愛用している枕を占領し、それに顔を埋めて彼のシャンプーと彼自身のにおいを感じながら。
「ぁ、や、やだ、そこっ、もうっ」
ベージュのシーツを爪先で掻き乱す私は、何も纏っていない。
だから触れる全てが剥き出しの肌に触れるわけで、包み込む先生の香りに私は直接触れられている気がして、頭が可笑しくなってしまいそうだった。
「ひ、ぁあっん!」
そんな私を更に狂わせるかのように、先生は腫れあがった陰核をちゅうっと吸い上げた。
吸い上げながら膣を指で刺激され、私のそこは洩らしたみたいに濡れてしまっている。
洩れた蜜がお尻の方まで伝っていて、それで汚してはなるまいと腰を浮かせるんだけどそうすれば先生に悪戯に中と外とを弄くられてびくんっと身体が跳ねた。
「あれ? もっと舐めてってお強請りじゃないの?」
「ち、がっ‥‥あ、やだっ、そこ、やだぁっ」
ざらざらとした天井を爪で引っ掻かれ、同時に核を舌で甚振られる。
ぱちぱちと瞼の裏がショートするみたいに白く明滅を繰り返し、私の身体の奥から熱い激流が溢れ出そうとしていた。
「そこっ、だめっ、い、いっちゃっ‥‥」
切羽詰まった私の訴えに、先生はにっと意地悪く笑って腫れ上がった陰核をじゅうっと啜った。
途端、ばちん、と一瞬意識が遮断し、
次にどっと押し寄せる怠さと息苦しさと気持ちよさと、色んな物に私は何も考えられずにどさりと四肢を投げ出す。
ぼうっと歪む天井を見ていると足をゆっくりと持ち上げられて、
「んっ、ぁっ」
ちぅと足の爪先にキスをされた。
指の一本一本に、ご丁寧に。
まるで指の一本まで愛するのを証明するみたいに口づけて、唇に含んで舌で愛撫する。
右が終われば左。足の指を全部舐ればそこから踝、そして膝、腿。
時折歯を立て、吸い上げられて痕を残された。
ちりっと焼け付くような痛みも、今の私には彼に征服される事への喜びとなって腰の奥が甘く痺れる。
「せん、せ‥‥」
でも、それだけじゃ足りなくて私は甘ったるく先生と呼んだ。
触れて欲しいのは外じゃない。
もっと身体の奥深い所だ。
先生を一番深く感じられる場所だ。
「なに? もう、挿れてほしいの?」
いやらしい子だなとからかう声に、余裕なんてない。
先生だってさっきからはち切れそうなくらいに勃起してるくせに、私ばっかりが我慢できないみたいに言ってくるのがちょっと悔しい。
でも、
今まで散々焦らしたのは私の方。
それに今は素直に欲しいと言いたくて、言えば彼がどんな顔をするのかが見たくて、
「‥‥せんせ、の、欲しい」
私は力の入らない爪先に力を入れて、足を開き、誘うように手で太腿を押し開いてみせる。
自分でも、相当淫らな事をしている自覚があった。
ただそれで、先生の余裕を突き崩せる自信もあって、
「‥‥」
先生は喉を震わせて私の痴態を食い入るように凝視する。
それがあんまり長い事見つめられるから流石に恥ずかしくなって、恐る恐ると足を閉じようとすればがしっと膝を手で掴まれて、
「ふあっ、ぁ!」
濡れた割れ目を、擦り上げるみたいに彼の陰茎が押しつけられる。
ぬちゅと卑猥な音を立てて、先生はお互いの性器を擦り合わせるみたいに腰を緩く上下に揺らしながら言った。
「どこで、そんな誘い方覚えてきちゃったの?」
「ぁ、せん、せっ」
「随分と、いやらしい誘い方してくれるじゃない」
「あ、だ、だって、先生っがっ」
「僕が、なに?」
問いかける翡翠は私以上に濡れて、欲情したものだった。
私が欲しいが為にだと思えば心が酷く震える。
嬉しくて嬉しくて、だけど私も同じくらい欲しいんだよって言うのを教えたくて、私は手を伸ばしてキスをした。
「‥‥っ」
唇を軽く触れ合わせるだけのそれに先生はびくっと驚いたみたいに震える。
完全に離れきらずに私は鼻先をくっつけたまま、私をじっと見つめているその瞳を見つめ返しながら、あのね、と私は言った。
「先生が、好きだから、全部、欲しいから」
だから、そんないやらしい言葉だって言えちゃうし、欲しいと言えてしまうんだ。
そう言えば先生は苦しそうに眉を寄せて、狡いなぁって小さく呟き、
「そうやって大人を手玉に取っちゃう悪い子には、こうだ――」
「ひ、んっ!?」
じゅぶ、と濡れた音を立てて先生はめいっぱい大きくなった陰茎を私の膣に差し込む。
大きく張り上がったそれに一気に最奥まで貫かれ、私の背は大きく撓った。
と同時にきゅうと締め付けてしまって、先生は小さく痛みを訴えるみたいに呻く。
「ご、めっなさ‥‥」
その声が酷く私の耳に残って、つい謝ってしまうと彼は顔を上げて私を見て、それから困ったような顔で笑った。
「人の事を気遣う余裕がまだ、あったの?」
「え‥‥ひゃっ!?」
ずるっとさっき入れたばかりの陰茎を引き抜かれ、私は必死で彼の背に縋る。
縋ったのは内臓をそのまま引きずり出されてしまいそうだという恐怖と、それ以上に離れたくないと言う気持ちからだろう。
でも縋ればぎりぎりの所で止めた先生は、また、勢いよく私の中をずぶっと、肉を貫くみたいな強さで突き刺す。
「ひ、ぃああっ」
そうして奥の、私が感じるところをずずっと小刻みに揺すってきて私は思わず背を撓らせて叫んだ。
叫ぶというのが相応しい声だった。
だって、我慢できないくらいに気持ちいいんだもん。
「や、せっ、だめっ、やぁっ、そこ、ふぁあああっ!」
いつも、私を抱くとき。先生は私の気持ちいいところを徐々に責めていく。
声を出すとやばいっていうせいもあるんだろうけど、そんな乱暴に、弱い部分を重点的に、しかものっけから、なんて事はしない。
それがまるで今まで溜まった鬱憤を晴らすみたいに激しくて‥‥良い。
別に激しいのが良いんじゃない。
先生が、余裕が無いのが良いんだ。
いつも余裕たっぷりの彼が、こんな風に必死で私をかき抱くのが、良い。
「気持ちいい?」
「せ、せんせ‥‥はっ?」
薄らと目を細めて訊ねる彼はちょっと苦しそうで、思わず質問を質問で返すと彼は悪い子だなあなんて笑いながら、マットに手を着いてぐいっと身体を倒してきた。
「う、ぁあんっ」
その瞬間、角度が変わって、こう、お腹の裏をぐりぐりと押し上げられるようになって、私は甲高い声を上げた。
ぱちんっと瞼の裏でショートする。
先生と繋がった所からじわじわと身体が蝕まれていくのが分かる。
これはそう、気持ちいいって感覚。
先生が、教えてくれた。
「気持ちいいよ。それに最高」
「っ、ん、ぁあ、ああっ」
ぎし、とベッドが軋む。
今までより一層激しく。
それは先生の動きも激しくなったせい。
「や、こわれ、ちゃっ」
がつがつと奥を突き上げてくるその動きは、私を中から壊すみたいなもので。
でも、彼は私を壊したりしない‥‥なんて私は馬鹿みたいに彼を信じている。
だって、
見上げる先生はとても優しい顔をしているから。
「せ、んせっ」
それだけで嬉しくて‥‥私いつの間に彼の事をこんなに好きになってたんだろ?
不思議なくらいに胸の奥がいっぱいで、幸せで、私は先生と何度も呼んだ。
すると先生は、
「そうじ」
と短く自分の名を刻んだ。
それと同時に動きを止められて、私は思わず咎めるような視線を向けてしまった。
先生は私を見て、ちょっと意地悪く笑い、また目を柔らかく細める。
「総司」
「え?」
「ふたりきりの時くらい、名前で呼んで?」
沖田、総司。
それが、先生の名前。
ああそうか、先生って呼ぶのは、おかしいのか。
だって、私は先生に抱かれているんじゃなく、彼に抱かれているのだから。
自分から、望んで。
「‥‥」
そして、彼は生徒である私ではなく、私個人として抱いてくれている。
愛してくれている。
「」
ねえ、呼んで。
と甘えたような声で私に呼びかける彼に、仕方ないなぁと私は苦笑を漏らしてその首にしがみついた。
そうして不自由な体勢のまま、キスを強請る。
強請れば彼はくれる。何度でも、キスも、優しい笑顔も。
私だけに。
だから、
「そうじ」
私も彼だけに全てをあげようと思った。
名前だけで嬉しそうに笑う彼に。
ずっと私だけを見つめてくれていたその人に。
この全てを。

キミだけに
ハロウィン沖田先生、再び!!
良かった、酷い先生にならなくて!!←
最初はもっともっと酷い先生設定だったんですが
やはり甘いのが欲しくて、こういう形にしてみま
した。
なんていうか、総司のヤキモチって書くの楽しい!
両思いになってもやっぱり酷い先生ではあると、
思います☆
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