「えりこがこないだ、彼氏と初えっちしたらいんだけど‥‥」
そう言う事はもっと小さな声で話せよと至極まともなツッコミを入れたくなるクラスメイトの会話。
いくら昼休みは自由時間だからといってそれはない。
しかもここは共学で、同じ空間には男子もいる。
草食系が増えているこのご時世、肉食女子が増加の一途を辿り、今では女子の方が恥じらいもなくそんな会話を馬鹿でかい声でするようになっているらしい。
クラスからまた一人、一人と、男子生徒がいなくなっていく。
そりゃそうだ。女子の下ネタなんぞ聞きたくもないだろう。特に同じ年齢の女子の本音なんて。
「なんかすっごく痛かったんだってー」
「えー? えりこの彼氏って確か年上でしょ?」
「そうそう。8コ上」
「なのに痛かったの? もしかしてドーテイだったんじゃないの?」
「もしくは下手くそ?」
ぎゃははと上がる下品な笑い声に、同じ女子としても居たたまれない。
とりあえず、私はあまり聞かないようにと視線を外へと向けて、意識も他へと向けようと努力する。
努力するけど、あれだけ大きな声で会話されればその努力はすぐに水の泡となるわけで、
「年上で下手とか、あり得ないよね」
「あり得ないあり得ない」
「やっぱり、年上の人はテクがないと駄目だってー」
「だよねー。可哀想にえりこ、もう二度とえっちしたくないとか言っててさー」
「かわいそー」
いや、可哀想なのはその彼氏アンド、その会話を聞かされている私たちだ。
頼むから他の所でそういう会話はしてくれ。
っていうか下手とか上手いとかそんな事を決められる程、彼女らは優れているんだろうか?
それに、そう言う事は、好きなら下手だろうが上手だろうがどっちだって構わないだろうに。
つまりは今の会話で分かるのは、彼女らが付き合っている彼氏というのは「好きだから」付き合っているわけじゃないって事か。女子高生って恐ろしい。
そんな恐ろしい彼女らはもっともっと、恐ろしい事を口走る。
「私年上なら、沖田先生みたいな人がいいなぁ」
目を覚ませ! と私は心の中で叫んだ。
嵐のようにバージンを失ったのはハロウィンの日。
猫に扮した私は、狼に扮した先生の所に行って当然のようにお菓子を強請られた。
貰う事ばかりを考えていた私はお菓子が無くて、そうすれば当然待っていたのは悪戯というわけで‥‥あれを悪戯と言ってしまっていいものか。いや、良くない。
あろう事か、彼は悪戯と称して私をぺろりと食べてしまったわけだ。
食べるっていうのは文字の通り食すのではなく、あれだ、その‥‥彼に、私はえっちな事をされてしまったという事。
キスされたと言う事に驚いているとあれよあれよという間に頭の中をぐちゃぐちゃにされて、気付いたら一瞬の痛みと、恐ろしくなるくらいの快感に私は押し流されていた。
その間の事はまるで覚えていない。いや、断片的に覚えているけれど頭が思い出すのを拒否しているらしい。だから思い出したくないというのが正しい。
だってそうじゃない?
突然悪戯と称してあんな事されたら、そりゃトラウマにもなる。
言葉を変えれば私はレイプされたという事にもなるわけで‥‥
それなのに、私は彼を訴える事もなければ、接近禁止令なるものを出す事もせず、そればかりか週に二度ほど彼のいる数学準備室に足を運んでいる現状で、
おまけに、
おまけに‥‥
「ぁ、うっ、ん――っ」
数学準備室にじゅぶと濡れた卑猥な音が響く。
それと共にぎしっと軋む音と、押し殺した男女の声が重なり、噎せ返るような体臭が部屋に充満していた。
準備室には先生が持ち込んだ私物がたくさんある。
その中の一つ、大きなソファに私は俯せで寝かされていた。
寝かされる‥‥というのは語弊がある。
何故ならその腰を抱え上げられて、寝ると言うよりは四つん這いになっているのが正しいから。
その私を背中から抱きしめるように、大きなその人がのし掛かっている。
のし掛かるだけならばまだ良いだろう。
でも、のし掛かるだけではなく彼はスラックスを膝まで下ろし、勃起した陰茎を私の膣内に押し込み、ぐちゃぐちゃと我が物顔で掻き乱していた。
「あ、っひぅっン!」
押し込まれた固く熱くて大きなそれが、私の膣内を遠慮無く擦っていって、私は喉を晒した。
じんっと体中に走る痺れにも似たものが快感だというのは、彼が教えてくれた。
その快楽をどうすれば逃す事が出来るかっていうのも。
「や、もっ‥‥だめっ、っちゃ‥‥イっ‥‥っちゃ‥‥」
せり上がる熱い物に、私は耐えきれなくなって訴えればそれに彼の小さな声が応えてくれる。
「イっちゃう? じゃあ、一緒にイこっか?」
囁くような声は、掠れて、甘い。
決して授業では聞かせない優しさと色っぽさを滲ませている。
それを耳に注ぎ込むように吹き付けられて、びくんと背を撓らせれば彼の動きが早まった。
追い立てるような動きにぎしっぎしとソファが軋む。
大声を上げられない私は必死で歯を食いしばり、堪えきれなくなるといつだってソファのマットに歯を立てた。
お陰でマットには私の歯形が沢山刻まれて、見るも無惨な形になっている。
「はっ、あっ‥や、もっ‥‥もぅっ」
イクと、私は悲鳴を迸らせる。
瞬間、ぐと低く呻くような声が上がり、そして、次に、
どくんっと、内部で熱が爆ぜる。
じわじわとその放たれたものが私の内部を満たしていくのが分かるのは、彼が何も着けずにそのまま膣の中に射精をするからで‥‥だけど妊娠したらどうしようとかそんな事を‥‥そもそも、何故彼にこうしてまた抱かれているのかと考える余裕も与えてもらえない程、彼は私を快楽の底へと突き落とすのだった。
ハロウィンの一件以来、
何故か私たちはそんな関係が続いていた。
最初こそは彼を避けていたけれど、逃げられれば追いかけたくなるタイプなのか、先生は私を追いつめて逃げたお仕置きと言わんばかりに私を抱いた。
じゃあ逃げなければしないのかと彼に呼びだされるままに出向けば、そういうわけでもなく、同じように抱かれて‥‥でも、逃げなければ彼は意地悪な事はしなかった。
ただ逆に優しく抱かれるのもすごくくすぐったくて苦しくて‥‥それでも私は気付けば週に二度、まるでそれが決まりみたいに彼の元へとやって来ていた。
そして決まりのように、先生は私を抱いた。
沖田先生は‥‥よく分からない人だ。
何が良いのか分からないけれど、私を飽きることなく何度も抱いた。
普通ならこんなかわいげのない子供なんて抱いても楽しくないと思う。
他に、ほら、先生の事を好きって子を抱いた方が絶対‥‥良いと思うんだけど、彼は、他の生徒には手を出さなかった。
私だけ‥‥だった。
この部屋に入れて貰うのも、彼に、抱かれるのも。
「‥‥平気?」
「はい」
えっちの後はいつも気怠い。
起きあがるのが辛くて、そのまま突っ伏していると気遣うような声が降ってきた。
顔を上げないのは怠いのと、後はあれ、ちょっと顔を合わせ辛いせい。
だってさ、えっちしてるわけじゃない? この人と。
しかもお互いにどう思っているのかも微妙な状態で。
そんな状況でどんな顔をすれば良いのかなんて分からない。
何でもないって顔を出来るほど、私は場数を踏んではいないんだから。
私にとって最初も、今も、彼だけだ。
クラスメイトの言う「良い」「悪い」の判断も出来ない。彼だけだから。
ただ多分‥‥痛くもないし、気持ちいいって事は、彼は上手いんだと思う。癪だけど。
俯せでソファのマットに顔を埋めていると、突然暖かく濡れたものがさっきまで彼のものを咥えていた所に押し当てられた。
「っ!?」
ぎょっとして顔を上げればそれは先生が、濡れたタオルで私のそこを拭いているからで‥‥それはつまり、後始末ってやつだ。
彼に散々嬲られたせいで私のそこは、その濡れちゃってるし、先生が中に射精したから勿論中は精液でいっぱいになってしまっていて、それを拭わないと後が大変な事になる。
まあまず下着は駄目になるだろうし、下手をすると下着を越して溢れ出てしまう可能性もある。
ここにシャワーがあればシャワーを浴びて綺麗にする物なんだろうけど勿論そんなものはない。だから応急処置として彼が拭いてくれているんだろうけどそれが、私は、嫌だった。
「じ、自分でやるっ!」
慌てて身を起こして彼の手からタオルを取ろうとするけれど、ひょいと長い手に逃げられてしまった。
「せ、先生っ!」
「だーめ」
これは僕の特権なの、とかよく分からない事を言う先生は、私の手から逃れながら躍起になって身体を起こして近づけた隙に、ちゅっと私の唇を奪う。
さっきまでそれ以上にえっちな事をしていたくせに、私はそれだけでかちんっと固まってしまって、次の瞬間キスされたという事実に真っ赤になって突っ伏した。
そうすれば好都合と、先生は私の身体にのし掛かって、
「やっ、やだってばっ、ひっ!」
開いた脚の間に手を差し込んで、躊躇いもなしに私の膣口に指を突き立てた。
途端、ぐじゅと嫌な音を立てて中に出された精液が掻き出され、私は死にたくなる。
中に出される事も、勿論彼に抱かれる事も消えたくなるくらい恥ずかしいけど、それよりも中に出されたものをわざわざ掻き出される方が恥ずかしい。
それなら最初から中に出さなければ良いのに。
「外で出すなんて野暮でしょ?」
だから、それはなんで?
週に二回の彼との密会。
その後は決まって、私はとある女子生徒たちに呼びだされる。
勿論ドスルーだけど、時々待ち伏せされていて、私はその度に辟易するのだった。
「一人だけ贔屓して貰ってるからって調子に乗んないでくれる?」
誰が調子に乗るもんか。
と派手な茶髪の先輩を前に私は内心で溜息。
別に私が頼んでいるわけじゃない、あの人が来いと言うから足を運んでいるだけだ。
まあ、確かに私は贔屓されていると思う。
やたらと話しかけてもらうし、お菓子とかももらったりする。
前にも言ったとおり部屋に入れて貰うのも私だけだ。
先生はパーソナルスペースというのを大事にしている。
恐らく外見の愛想の良さとは相反して、彼は人を信頼していない所があるんだろう。
むしろ人見知りが激しいからこそ愛想良くして踏み込ませないようにしているのか‥‥だから自分の場所を他人が侵害するのを嫌がる。
私も同じタイプだから気持ちは分かる。
愛想を良くしているのは決して相手に好意的だからじゃない。むしろ排他的だから。
携帯のアドレスをしつこく聞かれても教えないし、家の場所だって誰も知らない。
勿論私物を持ち込んであの部屋を私有化しているわけだから、そこにだって誰も入れない。
誰かが外で呼んでも中には絶対に入れずに入口で対応する。
一歩だって入ろうともさせない。
なのに‥‥私は彼に招き入れられる程だ。そりゃ贔屓だと言いたくもなるだろう。
しかも、
「私は本気で、先生の事が好きなんだからね!」
本当に、彼の事を好いているならばこそ、私のように贔屓をされている人間に対して怒りも覚えるというもの。
何故なら私は彼の事をどう良く見積もっても好きという風には映らない。
だって好きじゃないんだもん。
だからといって嫌いじゃないけど、私は目の前のこの人みたいに真剣な顔で「沖田先生が好き」なんて言えない。
「聞いてるの?」
はふ、と深い溜息を零せば苛立ったような声で問われる。
私は頷いた。一応話は聞こえてる。
ただ、言われた所で私にどうしろって言うんだか。
私が近付くなと言ってもあの人は近付いてくるし、私があの部屋に行かなければ無理矢理にでも連行されるに決まってる。
彼女も部屋に入れてあげて欲しいと言った所で先生は「なんでそんなことしなきゃいけないの?」って言うだろうし。
先生は自分が認めない限りは絶対に受け入れない人だから。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ」
取り巻きの一人が私の肩を小突く。
「へーへー」とおざなりな返事を以前した事があるんだけど、その後金切り声で罵られて、それがあまりに鬱陶しくて二度とすまいと誓った。
とりあえず「はい」とそれなりの返事をすれば納得してくれると言うのは何度も経験して分かった事なので、大人しくはいと返事をして、今日もここで終わり。
かと思えば、目の前のその人が捨て台詞にこう残していった。
「別に、あんただけが先生のお気に入りじゃないんだからね」
私だけが先生のお気に入りじゃない――
そんなの言われなくても分かってる。
先生は気まぐれな人だ。
今は私で遊ぶのが楽しいんだろうけど、いつかは飽きるに決まってる。
大体こんなかわいげのない私なんかにいつまでもかまけてくれるとは思わない。
きっと今は何か、私の何かが楽しいんだろうけど、すぐに飽きる。
そんなの分かってる。
だから、期待もしてない。
期待なんかしてない。
けど――
「‥‥」
私は、見た。
週に二度、気まぐれな彼に決まって呼びだされるのは火曜日と金曜日。
その金曜日の夕方。
いつものように向かった数学準備室の前。
あの人がいた。
先生が好きだと言った派手な茶髪の先輩が。
その人の目は本当に、先生への愛で溢れていて‥‥甘くて、可愛い。
その目を見つめる先生の瞳は、やっぱり良く分かんなくて‥‥
でも、
一言二言、会話を交わした後、先生は目を瞑り、やがて扉を開いた。
その部屋への扉を大きく開き、招いた。
今までは誰もいれなかったあの部屋に。
私以外を誰も受け入れなかったあの部屋に。
私以外の人を‥‥入れた。
ああ、やっぱり、そうだったんじゃない。
私はその光景を見ながらぼんやりと、思った。
私を特別だと先生は言ったけど、
でもそんなのは結局上辺だけで、
誰でも――良かったんだ。
私じゃなくても――良かったんだ‥‥

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