「‥‥」
  じっと、背中に視線を感じる。
  土方は振り返らずともその視線が誰のものか分かっていた。
  先ほどからずっと感じていたけれど、気付かないふりをしていた。
  しかし、こうも長い間見つめられる‥‥否、睨み付けられていると無視を続ける事も出来なくて、
  「なんだよ、言いたい事があるならさっさと言え。」
  足を止めて後ろを振り返る。
  そうすると、驚いたように彼女は立ち止まった。
  「あ、そのっ」
  彼の声が少し低かったせいだろうか‥‥怒っていると勘違いしたらしい千鶴が途端に怯えたような表情を浮かべる。
  勿論そんな彼女を見て隣の男が黙っているわけもなく、
  「人の彼女を何怖がらせてるんですか?
  猥褻罪で訴えますよ。」
  沖田は言いながら彼女を腕に守るかのように抱きしめる。
  土方は眉間に皺を寄せた。
  「別に怖がらせてねえよ‥‥っつか、なんで猥褻罪なんだよ。俺が何したってんだ。」
  「土方さんはいるだけで卑猥です。」
  「‥‥てめぇ‥‥」
  「あ、あのっ」
  いつまで経っても終わらなさそうなやりとりに、千鶴は沖田の腕の中から声を上げる。
  なんだ、と先ほどよりも尖った声が返ってきたが、今度は臆さない。
  その、と千鶴は最初に言い淀んでから、彼に訊ねた。
  「さっきの‥‥さんのお話、なんですけど‥‥」
  言葉に二人は双眸を細める。
  彼女の言いたい事はすぐに察することが出来た。

  先ほどのの話。
  つまりは千歳から聞いた‥‥あの話、なのだろう。

  『昨夜、を雪村の人間に抱かせました』

  衝撃的で、
  それを真実だと認めたくない言葉だ。
  あれは、あの言葉の真意は‥‥

  「ありゃあ、出任せだろうな。」
  信じたくない‥‥その一心で千鶴は彼の口からその言葉を待った。
  聞いて、ほっとしたものの胸の奥の支えは取れない。
  不安げに見つめる千鶴同様、沖田もその表情からは困惑の色を見せていた。
  土方はふっとため息を吐いた。
  「事実ならば恐らく、あの場所にを連れて来てるはずだ。」
  「‥‥どういうことです?」
  「その方がとどめを刺しやすいだろ?」
  言葉に二人が微かに息を飲むのが分かる。
  とどめを刺す、といういささか物騒な言葉に困惑しているのだろう。
  考えてもみろよ、と土方は冷静に先を続ける。
  「もし、が他の男に抱かれたって状態で俺たちの前に立ったら‥‥どうなると思う?」
  「‥‥きっと、さんは土方先生に申し訳無いって思うと思います。」
  もしもの事でも彼女の気持ちを思えば胸が張り裂けそうなほど、苦しかった。
  きっとは土方を裏切ったと自分を責め、汚れた自分を恥じるだろう。
  それが例えば合意の上ではなく、奪われたものであっても、彼女は自分が悪いのだと思うに決まっている。そして‥‥

  「‥‥俺の前から姿を消そうとする。」

  彼に相応しくないと、汚れた自分は彼の隣にはいてはいけないと、そう決めつけて彼女は身を退くのだろう。
  心までは支配できないと彼女は強がった。だけど、身体を他の男に汚されて‥‥愛する男の元へと帰れるほど彼女は強く
  なれない。
  だからきっと、彼女は自分の前から姿を消すに違いないのだ。
  そうなれば千歳の思い通りに事が運ぶ。
  惨い仕打ちだとは思うけれどそれがお互いの気持ちを裂くのに一番利く。
  でも、彼女はあの場所にいなかった。
  もしやすると激昂した土方が彼女を奪い返すと懸念したからかもしれないが、恐らく違うだろう。
  激昂して力ずくで奪おうとすれば‥‥それこそ千歳の思う壺だ。

  「‥‥だから、違うっていうんですか?」
  沖田はまだ納得していないような様子で訊ねてきた。
  そうだ、と土方は頷く。
  「きっとああ言って、俺を動揺させたかったんだろ。」
  吐き捨てて、彼は生憎だったなと笑った。

  もし例えばが他の男に抱かれたとしても、自分以外の男を受け入れてしまったとしても、彼女自身が汚れた自分を恥
  じ土方の元を去ろうとしても、

  「俺は、あいつを諦めねえよ。」

  諦めるわけがない。
  いや、
  もう、諦められるわけがない。

  彼女が望まなくても、
  もう、彼は止まれないところまで来ているのだ。