「なるほど。」
  ふむ、と囚われの姫君、雪村は腕組みで考え込む。
  善は急げとばかりに部屋の中をうろうろと回ってみて分かったことがいくつか、ある。

  一つ、
  窓は完全に塞がれており、出口は扉のみということ。
  一つ、
  扉を抜けた所で、その先にもう一つ扉があり‥‥一度悪いと思ったがメイドを押しのけて飛び出してみた‥‥その扉の向
  こうに階下へと繋がる階段があるようなのだが、扉は暗証番号と指紋で認識されているらしく、もしここから脱した所で
  逃げ切れないということ。
  一つ、

  婚儀までにあと一週間しかないと言う事。

  「‥‥婆様、ありゃ相当焦ってるな。」
  ぶつぶつとベッドの上に胡座を掻いて、目の前にノートの切れ端を見つめながら呟く。
  そこには詳細に執事が来る時間や、部屋の見取り図、それからこれからの予定が書かれている。
  誰かを人質に取って抜け出して‥‥とか思ったが、あの婆様の事だ。執事もメイドもあっさりと切り捨てて「好きにな
  さい」とか言うんだろう。
  人命よりもそんなに血が大事か、とか突っ込んでやりたい。勿論人を殺すつもりは毛頭無いけれど。
  最悪は、あれだ。
  千歳を人質に‥‥とか思ったが、これまた残念な事に彼女はあれからの所に来ない。
  を跡取りにする根回しでもしているのだろうか。
  知らない間に色んな事が勝手に決められていて、正直腹立たしい限りである。

  「‥‥火事場のくそ力‥‥ってこういう時に発揮できないかな。」

  窓の外を見ては呟く。
  ないな。
  例え発揮できたとしても鉄を曲げるほどの力が出るとは思えない。
  っていうか、出たら、怖い。

  などと一人で考えていると、こんこんと重厚なドアをノックする音が聞こえた。

  「はい?」

  こんな状況だというのにしっかりと返事をするあたりが両親の躾の賜物である。
  失礼しますと聞こえたのが女性の声で、珍しいとは思う。
  先ほどから部屋を出入りしていたのは白髪の執事ばかりだったからだ。
  別に嫌がらせをするつもりではなかったのだが、あれこれ調べたくて何度も彼を呼びだしてしまった。彼には申し訳ない
  事をした。

  がちゃりと戸が開き、入ってきたのは、千歳の車椅子を押していたあの和服の女性である。
  目元に泣きぼくろがあり、これはまた美人だとは思った。
  だが残念なのは美人だがひどく表情が暗い事だろうか。
  笑えばきっともっと魅力的だろうに。

  「静香様。
  あなたの許嫁が参りましたのでお通ししました。」

  どう見ても年上としか思えない彼女の「様づけ」されるのは抵抗がある。
  それよりなにより抵抗があるのは「静香」という名前だ。

  「随分とお早いお着きなんですね。」
  はやれやれと肩を竦める。
  どうやら彼女がここに戻ってくる、と決まった時点から決められていたらしい。
  いや、恐らく綱道がの所にやってきた所から始まっていたのだ。
  もしかしたらもっと前から、かもしれないけれど。
  「で?その可哀想な許嫁って誰ですか?」
  言っておくけど、私かなりの問題児だから手懐けるなんて難しいと思うけれど、と言えば、叶絵はすいと瞳を眇めた。
  睨まれた?と思った次の瞬間にはにこりと笑みに変わっていて、
  「お入り下さい。」
  促され、開け放たれた扉からぬっと長身の影が出てきた。
  そういえば彼女を人質に取って‥‥というのもありだったかな?などと考えながら胡乱な視線を向けると、

  「ん‥‥な?」

  その瞳が驚きに開かれた。

  叶絵の隣に立った長身の男には見覚えがあった。
  と言っても、彼女は小さいころの姿しかろくに見ていないが、それでもその面影というのは未だ残っているわけで、ふて
  腐れたようなその顔は見間違うわけがない。

  どんな相手だろうが入ってきたら速攻で帰れと言って追い返してやろうと思ったのに、思いっきり狂わされた。
  はびしっと指を相手に突きつけて、
  思わず、叫んでいた。

  「龍之介!?」

  人を指さしちゃいけません、という教えはあまり役に立たなかったようである。