冬の寒さが一層厳しくなる二月の中頃。
  ひたすら身を切るような冷たさの風が吹きすさび、滑る・散る・落ちるといった不合格を思わせる単語に対して教師が神
  経質になる中、

  「ねえ、今日は帰りに千鶴ちゃん誘って駅前のカフェに行かない?」

  国立大学を志望していると沖田は無事試験を終え、いささか気の緩んだ生活を送っていた。
  とはいっても、

  「駄目。
  今日は進路指導室に用事があるから。」

  緩んでいるのは沖田ばかりのようである。

  試験は終わったけれど、もし万が一落ちたら、は浪人するつもりだった。
  もうその準備に取りかかろうというのだ。

  「大丈夫だって、が落ちるわけがない。」
  「なんでそう思えるのさ。」
  「だって、だもん。」

  胸を張って言う科白はあまりに説得力のない言葉だ。
  は半眼で、ああそう、と呟きながら鞄を肩に担いで教室を出る。
  三年生は自由登校‥‥ということもあって、あたりはしんと静まりかえっていた。
  一年と二年は学校に来ているものの、今が授業中と言うことで聞こえるのは落ち着いた教師の声ばかり。
  ‥‥時々、馬鹿みたいな大きな声が聞こえるが、あれは恐らく永倉だ。
  今日も相変わらず煩い‥‥賑やかだ。

  「ところで、総司。」

  は並んで歩く悪友を見あげる。
  三年になってまた背が伸びた彼は、随分と見上げなければいけないくらいの高さになってしまった。
  こりゃまた小柄な千鶴と並ぶととんでもない身長差で、必死に見上げる彼女が少しばかり可哀想に見えるものだ。

  「なに?」

  もう成長痛ともさよならして、今では念願の180オーバーになった彼はその大きな身体を寒さで少しばかり丸めながら
  首を捻る。
  背中が曲がってるぞと突っ込みながらは訊ねた。

  「なんで私に付き合って学校来るわけ?」

  前にも述べた通り、今は自由登校の身である。
  なんだかんだと用事のあるとは違って、沖田はやって来てもの後をついてくる‥‥あるいは休み時間に千鶴の所
  に行く‥‥だけなのである。
  あともう少しでこの学校ともお別れだからなどという可愛らしい感情は持ち合わせていないだろうし、かといって悪友で
  あると一緒にいたいというのもおかしい。なぜなら二人が揃って合格すれば同じ大学に行くのだ。しかも同じ学科。
  腐れ縁万歳。

  「そりゃ勿論。」

  訊ねれば彼はにこりと笑って教えてくれる。
  それはそれはとてつもなくいい笑顔で、

  「土方さんとをふたりきりにしないため。」

  彼の邪魔をしに、と。

  はぁ。
  は盛大に溜息を漏らした。
  彼は三年生になっても、例えば大学生になったとしてもそこは変わらないのだろう。

  「先生かわいそう‥‥」
  はふと溜息交じりに呟くとそう?と沖田は意地悪く微笑みながら問い返した。

  「いたいけな女子高生に猥褻行為を強いるような人のどこが‥‥」

  ごす、との肘が沖田の腹に決まった。
  こんな所で言うなと睨み付ければ、彼はいたたと小さく苦笑で漏らしながら肩を竦めるのだった。

  「ところで‥‥その『先生』とはどんな感じ?」

  先生を強調したのは嫌がらせだ。
  教師でありながら教え子に手を出すという所を責めているのだろうが、はあっさりと流した。

  「順調そのもの。」
  「‥‥ちぇ‥‥」
  「今なんて言った?」
  「ううん?
  去年の冬は大変だったのに、平和だなぁって言っただけ。」

  沖田の言葉にはそれを思い出して、少しだけ、困ったように笑った。

  去年、いや、始まりは二年前の冬。
  突然恋人である彼に一方的な別れを告げられた事から始まった騒動。
  思い出すと今でも胸が痛くなるほどの悲しい出来事だったが、そのお陰でと彼との絆はより一層強くなった気がする。
  勿論、もう二度と彼に「別れてくれ」という言葉は言って欲しくない。
  この先も一生。

  「‥‥一橋さんはどうしてるんだろうね。」
  ふと、が思い出したように呟くと、沖田はひょいと首を傾げてみせた。
  「誰だっけ?」
  どうやら記憶から抹消したようである。
  それだけ、一橋という人間に対して沖田が怒っている‥‥即ち、彼が自分の事を大事にしてくれているという事に、
  はくすぐったいと思いながら笑みを漏らした。

  この先も、彼とは一生友達でいたいと思う。

  「土方さん、どっかで痛い目に遭えばいいのに‥‥」

  ‥‥時々不安にはなるけれど――