一日、一日が経つごとに、
体重が少しずつ減っていくのが分かった。
食べていないのだから当たり前だ。
だから、沖田と千鶴に毎日のように「大丈夫?」と心配されるようになってしまった。
大丈夫だからと答えても二人は納得してくれない。
ならばせめて心配を掛けないようにとご飯を食べようと頑張ってみても、一口口にすると、強烈な嘔吐感がこみ上げてきた。
病気かもしれない。
そう思った。
「今日こそ絶対にぜーったいに病院に連れていきますからね!」
「うわわ、勘弁!ちょ、勘弁してよ千鶴ちゃん!」
普段は温厚な千鶴が、目をつり上げて上級生であるを引きずり、大声を上げる様はさぞ不思議な光景だっただろう。
師走というのは温厚な子も変えてしまうのだろうか‥‥そんな馬鹿な、である。
「ほんと、千鶴ちゃん‥‥明日になったらちゃんと行くから、今日は勘弁してよー」
「駄目です!昨日もそう言ってたじゃないですか!」
「いやいやほんと、マジで明日こそっ」
「だーめーでーす!
さん、このままじゃ死んじゃいます!」
振り返る彼女は今度は泣き出しそうな顔だった。
死ぬなんて大袈裟だ。
ちょっとご飯が食べれないだけだ。
そしてちょっと寝付きが悪いだけ。
「一週間もまともに食事を取ってないのがちょっとなわけないじゃないですか!
いいから、私についてきてください!」
「き、君って結構強引‥‥おわ!総司っ!」
良いところに、と引きずられながら通りかかった悪友に助けを求めた。
彼に求めを求めるのは悪魔に手を伸ばすのと同じようなものだが、この際仕方ない。
「ちょっと千鶴ちゃんを止めてよー」
「何の騒ぎ?」
「さんを病院に連れていくんです!」
止めても無駄ですよ!と千鶴は沖田を睨み付けた。
そんな無理矢理行ったって仕方ないよと窘められるとでも思ったのだろう‥‥
しかし、
「いいね、それ。」
僕も賛成、と同意を示すと、
「え?て、こらっ!やめろっ!!」
沖田はひょいとを米俵でも担ぐかのように肩に担ぎあげてしまう。
「お、沖田さん!それはスカートの中見えちゃいますっ!」
「大丈夫大丈夫、パンツくらい履いてるでしょ?」
「そ、そういう問題じゃありませんっ!」
「でもほら、これでおとなしく連行できるし‥‥」
「ってかおまえら私の話をっ‥‥」
聞け、という言葉は息切れで終わった。
そりゃそうだ。
何も腹に入れていないのに大声などを出せば、目眩もする。
おとなしくなった。
これは好都合だと沖田は歩き出すが、その足がすぐに止まった。
「総司?」
どした?
とどうにかこうにか顔を上げることに成功する。
ぼやんと一瞬歪む視界に、見慣れない女性の姿があった。
高そうなスーツに身を包んだ美人だ。
色気のあるその人は‥‥どうみても教職者には見えない。
かといって保護者にしては若すぎる。
「‥‥誰?」
「さあ。」
ひょいと沖田とは首を捻る。
カツカツとヒールの音を鳴らして歩く女性は、やがてその先に誰かを見つけると表情を鮮やかな笑顔へと変えた。
が、その先にいたのは‥‥
「‥‥土方先生‥‥」
「‥‥」
腕を組み、不機嫌そうな顔で佇むのはその人だ。
なんだか久しぶりに見るなぁとは思った。
あれから、なんだか具合が悪い日が続いて、授業も休みがちになっていたから‥‥
「知り合い‥‥みたいだね。」
二人の様子は初めて顔を合わせた‥‥という風には見えない。
ただ若干、土方の方には距離があるように見えるので‥‥多分、親しい仲ではないのだろう。
一言二言と、言葉を交わすとやがて、女が男の腕を引いて歩き出す。
やれやれと言った風にその後に土方がついていった。
「‥‥あの人、新しい理事長ですよ。」
「千鶴ちゃん、知ってるの?」
じっと見守っていた千鶴がぽつんと呟く。
しかし、どうやら彼女はあまり好感を持っていないらしい。
珍しく嫌悪を露わにする彼女は、小さく頷いて、
「この間‥‥斎藤さんに教えていただいたんです。」
そう教えてくれた。
風紀委員として、風紀を乱すものは例え教師でも許さない‥‥というのが斉藤一という男である。
石頭、と沖田は言うが、これも生徒の事を思ってこそだ。
確かにあんな恰好で彷徨いている教師がいたら、風紀委員としては見過ごせないだろう。
そこで声を掛けた所、
「私は理事長だから」
という理由ではね除けられたらしい。
「へぇ‥‥あんなに若いのにねぇ‥‥」
沖田は興味なさそうに呟いた。
きっと親の七光りかなんかだな‥‥と内心で呟き、ふと、が静かな事に気付く。
「あれ??」
見ると彼女は肩に担がれたまま項垂れていた。
「あ‥‥いや、別にあの人と土方先生がどうこうってわけじゃないですよ!」
慌ててそう釈明するのは千鶴だ。
「そ、そのきっとお知り合いなんです!」
事実かどうかも分からないのに気休めを言うのはどうかと思うが、やはり別れた彼氏と他の女が一緒にいるのを見るのは
心苦しかっただろう‥‥
そう思って千鶴は慌てるが‥‥
「‥‥総司‥‥この恰好‥‥」
うう、と呻く彼女から漏れた言葉は、
「頭に、血が昇る。」
全然見当違いなものだった。

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