ぱたんと静かに戸が閉まるのを遠くで聞いた。
土方は一人になった病室で、ふ、と深い溜息を零す。
「‥‥そんなわけ‥‥ねえよ。」
彼は自嘲じみた笑みを浮かべて言った。
が自分以外の男の隣にいる光景なんて‥‥
が自分以外の男に笑いかけるなんて‥‥
「耐えられるわけ‥‥ねえよ。」
どうして今まで、平気だなんてお燃えたのかが不思議だった。
だって自分も、彼女と同じくらい。
いや、それよりももっと、
彼女を愛しているのだから。
自分の事をどれだけでも犠牲に出来るくらい、
彼女を愛しているのだから。
今までも、
これからも、
「ああなんだ‥‥」
土方は嘲笑を漏らした。
「最初から‥‥決まってるじゃねえか。」
きっと、
彼女を手放したあの時から決まっていた。
『何があっても、手放したく――ない――』
小さな呟きに、
「なに?」
とが振り返った。
茜色の大地に長い影が伸びる。
影が髪を揺らして振り返った。
琥珀がこちらを見ていて、土方は無意識に言葉にしていた事に気付いて、ふっと誤魔化すように笑った。
「なんでもねえよ‥‥」
ただの独り言だと言うと、は疑うような眼差しを向けてくる。
今回の件があってから彼女はちょっとばかり疑り深くなってしまったらしい。
土方は困ったように笑いながら、くしゃっと頭を撫でた。
「帰るぞ。」
短く促すと、漸く、彼女は歩き出した。
二人で、肩を並べて‥‥歩く。
もしあの時、
沖田が教えてくれなかったら、
こうして隣を歩くことは出来なかったかも知れない。
当たり前のように彼女の隣に立って、
並んで歩くなんてことは。
「‥‥ここが‥‥俺の場所。」
俺だけの場所。
土方はそう願う。
これから先、彼女の隣に在るのは自分で在ればいいと。
そして、
「‥‥ここが、おまえの場所。」
自分の隣は、彼女の。
いや、
彼女だけの場所。
この先、どんなことがあっても‥‥自分は彼女以外の人を愛せないだろう。
もし彼女が離れてしまうときが来たとしたら、
自分の隣は永遠の空席になる。
そんな未来は‥‥出来れば来て欲しくない。
「。」
「はい?」
名を呼ぶと少女は視線を上げてこちらを見てくれる。
真っ直ぐに、その美しい琥珀に自分だけを映してくれる。
その瞳は‥‥この先もずっと、自分だけを見ていて欲しい。
自分だけが彼女の全てを知っていればいい。
嬉しい顔も、
怒った顔も、
泣き顔も、全部。
自分だけが一生、見ていればいい。
「なあ‥‥」
土方はそっと囁くように呟いた。
少し照れたように目元が染めながら、その、と彼はらしくもなく言い淀んだ。
「これから先‥‥俺の隣に一生いてくれないか?」
紡がれた言葉にの胸はどきんと高鳴った。
言葉の意味を理解するよりも前に、身体の方が彼の言葉に反応したようだった。
俺の傍に一生いてくれないか――
それって‥‥
どくどくとやけに早くなる鼓動に、は息苦しささえ感じながら男の言葉の先を待った。
期待に満ちたその瞳で見上げれば、彼はこくりと真剣な面持ちで頷いて、
「――俺と‥‥」
その先に続くべき言葉は、
「―――!」
まるで見計らったかのように掛けられた沖田の声で遮られた。
「っ!あっの野郎!!」
がくんと項垂れた後、土方は邪魔をしやがってとやけくそ気味に顔をそちらへ向ける。
少し先に沖田と千鶴の姿があり、
「なーにやってんのさー!」
早く行くよーと大きな声で呼びかけられ、ぐぐぐと土方が拳を握りしめる。
その隣で目を点にしていたはくすっと堪えきれずに笑いを漏らし、そして、
「土方さん。」
「なんだよ!」
不機嫌そうな顔で振り返った彼の手を取った。
小さな手が大きな自分の手を包み込んだ瞬間、どきりと男は胸が高鳴り、思わず怒りを飲み込む。
「行きましょう。」
嬉しそうに笑って促す彼女に、土方は呆気にとられ、すぐに、困ったような顔で笑った。
「ああ。そうだな。」
手の中にある小さな彼女の手をしかと握りしめながら、彼は思う。
今はまだ、この関係で許してやるか。
きっと彼女は自分の傍に居続けてくれる。
この手が離れることはきっとないのだろう。
だから、
自分は焦る必要はないのだ。
彼女を繋ぎ止めようと必死にならなくてもいいのだ。
そして、別れを恐れる必要も、ない。
「なあ、。」
楽しそうな顔で沖田や千鶴の後に続くをこっそりと呼ぶ。
なんですか?とが顔を上げるよりも先に、誰にも見られないように顔を寄せて、
彼女にしか聞こえないように、土方は囁いた。
「いつか――あの先を言ってやるから。」
だから、その時まで、
きゅっと小さな手を更に今一度強く握りしめて、
「絶対俺の手を離すな――」
悪戯でもするように耳に口づければ、真っ赤になってしまった彼女は沖田にからかわれることとなった。
その横で、終始上機嫌だった土方に、千鶴は幸せそうで羨ましいですと笑って言った。
――それは優しい冬の物語。

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