ヴ‥‥と微かに伝わる振動に、男はぱちっと瞳を開く。
  枕元に置いてある携帯が、明滅しながら震えていた。

  ぱちりと折り畳んだそれを開くと、画面に表示されているのは保健医の名前だ。

  「‥‥もしもし。」

  土方は傍らでぐっすりと眠っている少女を起こさないように声を潜めながら電話に出る。

  『ああ、土方君。
  良かった、起きていてくれましたか。』
  「‥‥いや、さっきまでいい気分で寝てたんだが‥‥」

  言外にあんたの電話で起こされたと告げると、電話の向こうでふふっと笑い声が聞こえてくる。

  『隣で眠ってる可愛い彼女に散々嫌がらせをして‥‥ですか?
  良いご身分ですね。』
  「‥‥ったく、あんたは俺に嫌がらせのために電話をしたっていうのか?」
  『嫌がらせなんてとんでもない。
  ただ、いたいけな高校生にとんでもない猥褻行為を強いるべきではないという忠告です。』
  「嫌がらせじゃねえか‥‥」

  ちっと舌打ちしながら枕元に設置された時計を見る。
  時刻は真夜中だ。
  電話をする時間ではない。

  「‥‥ん‥‥」

  隣でもぞっとが身動いだ。
  どうやら時計を見ようとした時に動いてしまったらしい。
  頭の位置が安定せず、寝やすい場所を探るようにもぞもぞと動いている。

  「悪い。」

  土方は聞いてもいない相手に謝りながら、彼女の寝やすいように腕を動かしてやる。
  やがて、

  すぅ、
  という幸せそうな寝息が聞こえ始めた。

  『水を差すようで申し訳ありませんが‥‥』
  電話の向こうで溜息が零れた。
  『‥‥一橋理事長が動き始めました。』
  「‥‥とうとうか。」
  土方は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうなそれへと変える。
  『休み明けには恐らく‥‥彼女への嫌がらせを始めるでしょう。』
  「はっ、男がてめえの言うとおりにならないと思った途端に、その相手に嫌がらせか‥‥いい根性してやがるぜ。」
  『ええ。
  生徒を傷つけるなど‥‥教師としても人間としても誉められた事ではありません。』
  「‥‥そいつは俺にも言ってんのか?山南さん。」
  『それは被害妄想というやつですよ。』
  ふふふと食えない笑みを漏らし、ですが、と真面目な声で山南は言う。
  『このままでは、彼女の未来に傷が付きかねません。』
  「‥‥ああ。」
  そっとあどけない寝顔を見せる愛しい人を見つめ、男は分かってると答えた。

  『腹は、決まりましたか?』

  ――私、別に将来なんてどうでもいい――

  迷いもなく自分の目を見てそう告げる彼女の言葉を思い出す。

  自分一人で罪を背負う方がずっと、楽だった。
  自分一人で、何もかも抱えて、消えていく方が。
  だけど、
  彼女は言ってくれた。

  ――土方さんさえいてくれれば、それだけで幸せ――

  自分がいればそれで十分だと。
  だから、
  自分にも一緒に背負わせてくれと。
  だから、
  だから、

  「俺は決めたよ。」

  土方はそっと慈しむように少女の髪に口づけを落とした。

  「俺も‥‥それから、こいつも‥‥」

  答えに、僅かに、
  眠る少女が笑った気がした。