一流ホテルの上層階には、客室は数室しかない。
  そのどれもがスウィートルームで、膨大な金を取られる高級な客室である。
  上層階はもっと豪華な部屋らしく、エレベーターから出た瞬間からまるまるワンフロア全てが一つの客室なんだそうだ。
  もうそれってどんな贅沢よと言いたくなるほどの贅沢ぶりである。
  にとっては馬鹿みたいに広いスウィートで不相応と感じた。

  だだっ広いリビングに、寝室が二部屋。
  そのどちらもキングサイズのベッド。
  飛び込んだら沈みそうだ。
  もしくは‥‥ものすごく跳ねそう。

  磨かれたガラスの向こうには眠らない町の姿が映し出されている。
  きらきらと宝石のように輝いていた。

  「‥‥適当に座ってろ。」

  座ってろ、と言われてもなんとなくどこまでも沈んでしまいそうなソファには腰を下ろせずにいる。
  はその代わりにすたすたと窓に近付くと、賑やかな町並みをじっと見つめた。
  外は相変わらず喧噪が響いていそうなのに、ここまでは音が聞こえてこない。
  静かだった。

  「‥‥」

  かたん、と背後で音が聞こえて振り返ると土方がグラスを二つ手に持ってやってくるのが見えた。
  透明な液体を見ると‥‥ミネラルウォーターとかそういう所だろう。
  は未成年だし、土方はそんなに酒に強くない。
  彼はそれをテーブルに置くと、どっかとソファに腰を下ろした。
  ついでに堅苦しいスーツを乱暴に過ぎ捨てる。

  「こういうのは肩が凝って仕方ねえ。」

  眉間に皺を刻み、くしゃっと後ろに撫でつけられた髪を手で乱す。
  しかしムースがついているのか、髪の毛はぴょんと立ち上がってしまい、ちょっとおかしい。

  「‥‥髪。」
  「あ?」

  くすっと笑いながらは指さした。

  「立ってる。」
  「‥‥ああ?」

  男は眉間に皺を刻み、なおも指でがしゃがしゃとかき回そうとする。
  そうすればそうするだけひどくなり‥‥
  は笑いながら、ちょっとタオルを借りますねと言ってバスルームへと向かった。
  備え付けの真っ白のタオルを手に取ると、少し濡らして絞る。
  それを手に戻ると、土方の前に腰を下ろした。

  「ムースがついて癖になってるんですよ。」

  ゆっくりと、タオルについた水分でムースをふき取るように撫でる。
  彼女の手が届くようにそっと頭を差し出すと、ふわりと甘い香りが包んだ。
  香水でも、洗剤でも、シャンプーでもない‥‥の身体からする‥‥香り。
  それをじっくりと味わうようにもう少し近付くと、落とした視線の先に柔らかそうな肌が‥‥飛び込む。

  「‥‥土方さん?」

  ふと、されるがままの彼の視線が一点を見ている事に気付いた。
  じっと見つめているその視線の先は‥‥しゃがみ込む自分の空いた胸元、で。

  どこを見てるんだ、このエロオヤジ。

  べしりと頭を叩いて、

  「あ、おい。」

  立ち上がった。
  咄嗟に男は手を伸ばして少女を捕まえようとするが、届かなかい。

  はそのまま窓辺まで逃げてしまう。

  男は腰を浮かせて大股で近付くと、そのままカーテンの影に隠れてしまいかねない少女の左右に手を着いた。

  「逃げるな。」
  「土方さんが変な所見るからいけないんですよ。」

  つんっとはそっぽを向く。
  仕方ないじゃないかと土方は内心で呟いた。

  だって、

  「あ‥‥」

  男はそっと背を丸めて屈める。
  何をされるのか瞬時に察知したは胸を隠そうとしたが、それを男の両手で捕らえられてしまった。
  それをやんわりと窓に縫いつけて、

  ちぅ、

  「んっ」

  柔らかい胸の谷間にきつく唇で吸い付かれてしまった。

  ふわりと芳しい香りがして、男はうっとりと目を細める。

  「美味そうなんだから‥‥」

  食べたくなるのは仕方ないだろうと男は言った。

  私は食べ物じゃない。
  そう言い返してやりたいのに、それよりもやわやわと胸の膨らみを唇で食まれて腰からぞくぞくと甘い痺れが駆け上がっ
  て仕方がない。

  「んっ‥‥ぁ‥‥」

  甘い痺れに爪先立つ。
  そうすると更に男は強く胸の谷間を噛んで、更にはその合間に舌を差し込んでくる。

  ちろりと、目元を僅かに染めて、紫紺の瞳が上目遣いに見上げてきた。
  いつもは強引に奪う癖に、

  「‥‥」

  今日は、まるでこちらの気持ちを伺うみたいに‥‥遠慮がちに触れてくる。

  もっと触れて欲しかった。
  指で、唇で。
  触れて、
  キスして、
  舐めて、
  噛んで、

  もっともっと深い所まで彼でいっぱいにしてほしくて。

  「土方さん‥‥」

  甘えた声で名前を呼ぶ。
  顔を上げた彼の両頬に手を伸ばして、初めて‥‥こちらからキスを仕掛けた。
  ただ合わせるだけのキス。
  でも、自分の気持ちが伝わるように想いを込めた。

  触れる柔らかさにぼんやりと男は脳髄まで溶けてしまうかのようだった。

  初めての、彼女からのキスに酔いしれていると、僅かに離れた唇の隙間でこう、言われた。

  「‥‥抱いて‥‥」

  琥珀の瞳は、驚くほど欲情した色を湛えていた。
  思わず、
  男は喉を震わせた。

  欲しいと思った。
  今すぐに欲しいと。

  「いいのか‥‥?」

  男の訊ねるようなそれは、もう、熱で潤んでいた。

  教師の顔ではない。
  一人の男の顔だった。
  ただ‥‥愛しい人を求める‥‥男の瞳。
  熱っぽく、真剣に、甘く、凶暴に、自分を求める瞳。

  止められないくせに、いいのかと訊ねる彼はとても卑怯だ。
  でも、

  「抱いて。」

  は迷わず告げた。

  「離れてた分、いっぱい‥‥いっぱい‥‥」

  悲しみを、
  寂しさを、
  全部忘れるくらいに、

  「あなたでいっぱいにして。」

  二度と、
  忘れないように――刻みつけて。