「あり得ねえかどうか――試してみるか?」

 どこか悪戯っぽい響きを湛えたその言葉を、はぽかんとした表情で受け止めた。
 恐らく、その言葉が何を示しているのか分からないのだろう。
 だからそんな風に寝台の上で、男に組み敷かれながらぽかんと間抜け面を曝す事が出来るのである。
 彼女とて行為を知らぬわけではないのだろうが、それが我が身に降り掛かるとは思っていなかったようだ。でなければ、あんな台詞は口に出来まい。自分になど、手を出すはずがないだなんて。
 そんな彼女を憎らしいとも思うし、愛おしいとも思う。
 こんな間抜け面を見る事が出来るのは恐らく自分だけだと思うと嬉しくて仕方がない。
 いや、でもやはり、少々腹立たしくもあるか。

「えっ」
 心の中でひとりごち、そっと顔を首元へと寄せた。
 緩められた首筋からふわりと彼女のにおいがする。は常々花のような甘い香りをさせている事をしっているが、首筋に鼻先を埋めるとそれがより強くなる。良い香りだ。
 もっとと鼻先を押しつけた時、唇に彼女の肌が触れた。
 柔らかく、滑らかな肌だ。ついつい啄みたくなる。
「土方さ……っ!?」
 欲望に抗わず、唇で緩く食んでみた。と、彼女の肩がぎくんっと大袈裟なくらいに跳ねる。
「痛かったか?」
「い、いえっ」
 態とらしくそう訊ねれば彼女は違うと頭を振った。
 そうかと応え、再び唇を這わせるとひゅと息を飲む音が間近で聞こえる。押さえ込んだ身体は強張ったままだ。しかし押しのけようとはしない。恐らくそこまで頭は回っていないのだろうが。
 それを良い事に柔肌に強く吸い付いて華を咲かせた。白い肌に、自分の独占の証しがよく映えた。だが足りぬと男は再び唇を這わせ、二つ、三つと勝手に刻みつけていく。
 隊士にでも見つかったら騒がれる事になるのだろう。彼女に懸想している男達には良いかもしれぬ。これほど見事な痕を見せつけられて、それでも想い続けられる人間などそうそういるはずもないのだ。
「あ、あのっ!?」
 いくつか華を咲かせたところで漸くが抵抗らしい抵抗を見せた。
 声を上げながら胸を押し返してくる。
「なんだ?」
 その力は決してはね除けられない程ではない、が、大人しく離れておいた。そうして顔を覗き込むといつの間にか真っ赤になっている彼女の顔がよく見える。先程の台詞がどういう意味か分からなくとも、こうして触れられる事に恥じらいは感じるようである。安心した。
 しかし、安心はしたが、その様子はいただけない。
 真っ赤な顔でおろおろと視線を彷徨わせる彼女は非常に可愛らしいのだが……正直その狼狽ぶりが男の加虐欲とやらを煽ってくるのである。
「あ、だから、その」
「……」
「そ、その、えっと」
「……」
「だから、だからっ」
 本気で困っているらしく眉根を寄せた情けない顔で必死に言葉を探す彼女を前に、むらむらと男の醜い欲なんぞがわき上がってしまったのは無理もない事。それなりに年を重ねているとは言っても、彼も健全な男子。しかも目の前にいるのは心底惚れた女。ついでに寝台の上に二人切り。自分に組み伏せられたままそんな可愛い反応を見せられて平気な顔でいられるのは最早男ではない。
 だから、土方は自分に非はないのだと言い聞かせて、
「だから……っ!?」
 その手を滑らせた。
 肩口を押さえていたその手を、彼女の胸元へと。
 そこには自分にはない柔らかな二つの膨らみがあった。
 夜だからなのかサラシを巻いてはいないらしい。手のひらに感じるのは確かな柔らかさと温もりだ。衣の上からでも分かる。酷く柔らかく、気持ちがよい、と。
「あ、あ」
 も分かっているだろう。触れられていると言う事は。
 だから驚きの表情で、口をぱくぱくと金魚のように開閉させている。だが、それだけ。
 胸に触れられていても彼女は拒むという素振りは見せない。まさかこれが事故だとでも思っているのか、彼女は視線を泳がせるだけだった。
 ならばと触れた手を強く押しつけてみる。二度目は、事故では済まない。
「っ」
 はびくんっと大きく肩を震わせ、男を見上げる。
 心底困ったような顔をしてはいるが……何も言わない。拒む素振りもない。
 だからついつい押しつけるだけじゃ足りなくなって、形を、感触をしっかりと確かめるように指を動かして、でもそれだけじゃ足りなくなって、直接素肌に触れたくなって釦に手を掛ける。
 ぷつ、ぷつ、と幾つか釦を外せば現れるのは白く滑らかな肌。それから、甘い胸の影。ふわりと強く感じる女の香り。
 じっと凝視をしていると、とうとう耐えられなくなったのかはぎゅっと目を瞑ってしまった。
 見えなければやり過ごせるとでも思っているのか。しかしそれは逆に男にいいようにさせてしまう事になると、彼女は知らなければならない。
「ったく、おまえはどこまで大人しくしてるつもりだ」
 呆れたような困ったような声を漏らし、土方はそっと彼女のこめかみに唇を落とす。
 はむと、唇に食まれる感触にひえと情けない声が出た。それがおかしくて、またくつりと喉が鳴る。
「そろそろ抵抗くらいしてみせろ。じゃねえと、止めてやれねえだろうが」
 なんとも勝手な言葉だが、自分からけしかけておいて止め処を見失ってしまったのだ。
 だからあまり抵抗らしい抵抗をされないと、このままずるずると行為を進めてしまいそうなのだ。もうここいらで止めてもらわなければ取り返しのつかない事になる。今だって自制心と欲望が鬩ぎ合っているところなのだから。
「いくら、おまえが俺を好いてるからと言っても許して良い事と悪い事があるだろ」
 どれだけ好きな相手だとしても、こんな暴挙を許してはならない。
 想いも告げず、冗談交じりで手を出してきた――当人はいたって本気だが――こんな酷い男を許してはいけないのだ。
 こういうことは、ちゃんと想いを通わせてから。否、男がしっかりと覚悟を決めて、けじめをつけてから許される事なのだ。
「だから、」
「……そんなの、ないもん」
 優しく諭すように声を掛ければ、はふいっと顔を背けてどこか拗ねたような声音でそう告げた。
 何の事かと微かに首を捻る。すると彼女は逸らしていた顔をおずおずとこちらへと向けて、今度はこう消え入りそうな声で言うのだ。
「土方さんになら、何をされてもいいもん」
 呆気に取られたのは男の方。
 してやられたのは、男の方。
 覚悟が足りなかったのは、男の。
「私、土方さんが好きなんだもん」
 は呆然としている男になおも言い募る。
「あなたの事が大好きなんだもん」
 恥ずかしそうに、でもきっぱりと。
 好きだから。だから、何をされても良いのだと。拒む事などないのだと。
 そう言うつもりだろうかこの馬鹿な女は。
 録に想いも口に出来ない。「好きだ」のたった三文字すら言葉に出来ない臆病な男に、何をされても良いだなんて。
 そんな馬鹿げた事を、心の底から本気で、思っているなんて。

 だから……厄介なのだ。このという女は。


「ッン…ぁっ」
 噛みしめた唇の隙間から堪えきれずに甘い声が零れる。
 それは彼女らしくない、だが理性を焼き切る程威力のある声だ。もう一度聞きたくて、指の腹ですりと勃ち上がった胸の尖りを撫でてみた。
「ぁっ、あぅっ」
 枕元に灯る唯一の灯りが、彼女の様子を照らし出している。
 頼りない光に照らされる女の顔は、ひどく艶めかしく、甘い。
 もっと見せて欲しくて、もっと聞かせて欲しくて、もっと、自分に溺れて欲しくて、男は更に女の柔肌に触れる。強く、甘く。女の欲を引き出すように触れて、口付けて。
「ンっ…はっ」
 甘えた声が鼻から抜けて零れる。媚びるような声音も、彼女ならば悪くない。寧ろ、好い。
 狂おしい程に男の欲を煽り立ててくれるというものだ。
「も、っと」
 彼女に強請らせてやりたいのに、気付けば男の唇からそんな言葉が漏れていた。
 くそと内心で吐き捨てる。自分ばかりががっついているようで格好悪い。
 八つ当たりでもするように唇を塞ぎ、深く貪る。そうすれば自分だけではないのが分かった。甘えるように絡みついてくる彼女の舌は、自分も求めているのだと男に教えてくれる。
「は……っん!」
 するりと胸の高いところをねっとりと弄くっていた指が、そろりと滑る。
 腹を撫で、そのまま太股、膝までと触れて、また太股に戻ったかと思うと尻の方まで撫でられた。
 熱く、湿った男の手は緩やかに何度か尻を揉んだかと思うと漸くそれへと手を掛けた。
「っ」
 かちゃりと聞こえた金属音に、ははっとする。
 男が手を掛けたのはベルトであった。それを外すという意味を彼女は分かっている。いや、もう肌も暴かれてしまっているのだ。濃厚な口付けと、愛撫。そして、熱っぽく飢えた男の瞳。これで分からない女などいない。どれほどに子供であっても、自分が求められているというのは分かるというものだ。
 抵抗しなければこのまま、彼に……
 考えただけでどうにかなってしまいそうだった。
 彼に全てを曝すなど、恥ずかしくて堪らない。逃げ出してしまいたい程。
 だけどそれ以上に彼に求められる事が嬉しくて。こんな何の取り柄もない自分を欲しいと思ってくれるのが嬉しくて。
「…っ」
 は腕を伸ばして男の首にしがみつく。
 ここでやっぱり嫌だと言われたのならば、それならば今度こそ止めてやろう。そう思っていたのに。彼女は本当に愚かだ。
 またそんな勝手な事を頭の中でだけ零し、しがみついてくる愛しい女の頬に口付けを落としながらベルトを解き、履き物に手を掛けた。
「ぁ、っ」
 そうして手探りで彼女の奥まった処を探し当て、指先で襞を掻き分ける。彼女のそこはしとどに濡れていた。それがどういう事を意味するか、分かっている。だからこそもう止められない。
 加速する想いのままに濡れたそこへと指を差し込み、初めて彼女のナカに触れた。の中は熱く、脈打っていた。
「あ、ひじっ…」
「中、入れるぞ」
「…ん、うンっ」
 断りにこくこくとは頷く。
 ごくりと喉を鳴らして、更に指を奥へ。
「ぁっ…は、ぁっ」
 ざらりとした壁を擦るのが気持ちよいのか、女が色っぽく声を漏らしながら背を撓らせる。
 もっと悦ばせてやりたくて指を奥まで差し込み、熱い胎内を探った。
「あっ…ぁあ」
 そうして探っている内に指先が感じる一点を掠めたらしい。甲高い声を上げ、がぎゅうと強くしがみついてくる。ここかと耳元で囁きながら先程触れた場所をゆるゆると撫でてやると、今度は泣きそうな声を上げていやいやと頭を振り始めた。拒絶というよりは感じすぎて辛いというようで、それを証拠に指には蜜が後から後から絡みついてくる。
「や、ひじか……も、っ欲しいッ」
「っ」
 甘えた声で欲しいと強請ってくれる彼女を振り解き、寝台に押しつける。
 そうして豪快に服を脱ぎすてると再び覆い被さって唇を塞いだ。口付けながら彼もベルトをかちゃかちゃと外し、前をくつろげる。
「いい、か?」
 甘えるように問えば返ってくるのは「はい」という小さくもしっかりとした返事。
 最初からその返事は想定済だ。分かっていて聞くあたり、やはり自分は性格が悪い。おまけに最低だ。好きだとも言えていないのにこのまま彼女を奪おうとするなんて。
 それでももう止まらない。
「つかまってろよ」
 どんな荒事をするというのか、脅すように一言呟き腰をしっかりと捕らえる。
 は静かに瞳を閉じるとその全てを委ねるように力を抜き、
 そして、
 数年間もの想いが漸く繋がる――

「土方君大変だよ!!」

 瞬間に、まるで予想もしない人の声が飛んできた。
 それから、ドンドンと扉を力一杯叩く音。
 大鳥であった。
 彼はどこか切羽詰まったような声で「大変だ」と何度も訴えている。火急を要するといった感じで。
君が、君がどこにもいないんだよ!!」


「ああくそ……やっぱり、邪魔されんのかよ」
「えっと、みたいですね。っていうか、土方さん……大鳥さんに私がここにいるって知らせてなかったんですか?」
「忘れてた」
「……」




 
春はすぐそこに…?