慶応三年、六月。

 

もやもやする。

と思った。

胸の奥がもやもやする。

黒い何かが渦巻いていて気持ちが悪い。

 

重たくて、

苦しい。

 

と。

 

何故自分はこうも落ち込むのだろう。

何故‥‥こんなにも苦しいのだろう。

大好きな二人なのに。

大切な人たちなのに。

何故。

 

こんなにも苦しいのだろうかと――

 

 

 

「今いいか?ちょっと広間まで来い。」

もやもやとした気持ちを抱えたまま、千鶴は布団に入った。

眠れそうにもないけれど、それでも身体は休めないといけない。

無理矢理目でも閉じて今日は眠ってしまおうと、布団に入った矢先だった。

 

襖の外から土方に声を掛けられた。

 

「は、はい!」

 

慌てて起きると、千鶴は襖へと近付く。

襖を開けると廊下に彼の姿。

やけに真剣な顔でこちらを見ていて、

 

「なんでしょうか?

「おまえに客だ。」

 

短く、そう告げた。

誰だろうと首を捻る彼女に、

「来れば分かる。早くしろ。」

素っ気ないそれは少しばかり苛立っているように聞こえて、千鶴は慌てて用意をすると広間へとすっ飛んでいった。

 

 

広間には幹部の姿があった。

ずらりと勢揃いするのは、まさに圧巻だ。

その中には勿論沖田の姿もある。

「‥‥」

彼はこちらに気付くとにこっと笑みを浮かべた。

 

ずき。

と胸が痛む。

その瞬間に思い出したのはと抱擁する彼の姿で‥‥

「‥‥っ。」

千鶴はふいっと視線を逸らした。

あからさまなそれに、沖田は一瞬驚いたように目を丸めた。

沖田から視線を逸らすと、ふと、の姿がない事に気付いた。

どうやら出掛けているらしい、ちょっとほっとした。

今顔を合わせると変な態度を取ってしまいそうだと思ったから。

それから視線を別に向ければ、彼らの前‥‥そこに座る客人というものに目がいって、

 

「お千ちゃん!?」

 

思わず千鶴は声を上げた。

彼女は振り返り、

「千鶴ちゃん、お久しぶり〜」

嬉しそうに名を呼び、手を振った。

 

先日、町で知り合った彼女がそこにいる。

客、というのは千の事らしい。

同い年くらいの彼女だが‥‥独特の空気を持ち、千鶴の男装を一目で見抜く目を持っている。

何故彼女が‥‥と思いながら、隣にはこれまた綺麗な顔立ちの女性が座っていて‥‥

にこやかな笑みに、どこかで見た事があるなぁと思いながら、千鶴は席に着いた。

 

「どうしてここに?」

 

問えば、彼女はにこやかに笑いながらこう答えた。

 

「私ね、あなたを迎えに来たの。」

 

と。

 

ざわ。

言葉に、幹部の皆がざわついた。

眉をひそめたり、呆けたように口を開けたり、反応は様々だが、誰もが言葉の意味を計りかねている。

誰より一番戸惑っているのは千鶴だったが。

「ど、どういう意味?

お千ちゃんの言うこと、よくわかんないんだけど‥‥」

「まだ、状況を理解していないので。

でも心配しないで。私を信じて。」

理由を訊ねたが、彼女は柔らかく笑うだけで‥‥

「‥‥」

千鶴は困ったような顔で幹部の皆を見やる。

 

「時間がありません。すぐにここを出る準備をしてください。」

そんな彼女をせかすのは、千の隣にいた美女だ。

さあ、と促されても千鶴はそうですかと腰を上げるわけにはいかない。

「ちょ、ちょっと待ってください。

どうして私があなたたちと一緒に?」

まず説明をしてもらわないと納得もできない。

「そうだぜ、訳がわからねえ!

いきなりたずねてきて会わせろって言い出すし。」

それまでぽかんと口を開けていた永倉が抗議の声を上げた。

「会わせたらいきなり連れてくだ?

頼むから俺らにも理解できるように説明してくんねぇか?」

彼の言葉に皆そうだという反応を返した。

「私からもお願い。お千ちゃん。」

千鶴が真正面から彼女を見つめる。

視線を受けて、一瞬だけ眉を寄せた後、彼女はそうねと頷いた。

「順番を追って説明しましょう。」

そう言って彼女は一同を見回した。

 

「あなたたち、風間を知っていますよね?

何度か刃を交えていると聞きました。」

千の言葉に土方は眉を寄せた。

「なんでそのことを知ってる?」

疑いの眼差しに、千はええと、と口ごもった。

「この京で起きていることはだいたい耳に入ってくるのです。」

曖昧に濁す答えに、なるほどなと土方は意地の悪い笑みをこぼした。

「おまえも奴らと似たような、うさんくさい一味だってことか。」

「あんなのと一緒にされると困るんだけど。でも遠からず‥‥てとこかしら。」

千はさして気にした風もなく、ひょいと肩をすくめて肯定した。

その反応に土方も言及することなく、

「風間の話だったな‥‥」

と呟く。

「あいつは、池田屋、禁門の変、二条城と‥‥何度も俺たちの前に現れている薩長の仲間だろ?」

それを受け継いで口を開いたのは原田だ。

「仲間って言うより、彼らは彼らで何か目的があるみたいだったけどね。」

沖田が続ければ、土方は、

「どっちにしても、奴らは新選組の敵だ。」

と吐き捨てるように言った。

「では、彼らの狙いが彼女だということも?」

千は千鶴を見据える。

 

どきり。

と胸が一つ鳴った。

何か、自分でも知らない核心に近づいている‥‥

そんな気がした。

 

「承知している。

彼らは自らを鬼と名乗っている。」

近藤が静かに答えた。

答えに千は頷く。

「彼らが鬼という認識はあるんですね。

ならば話は早いです。」

それから、強い眼差しを向けた。

「実を申せば、この私も人ではありません。

私も――鬼なのです。」

あっさりと告げられた、驚きの言葉。

それはあまりにあっさりしすぎて、一瞬皆は目を丸くした。

 

鬼?

 

誰もが目の前の、普通の少女を見る。

信じられない事だった。

彼女は、風間たちのように人並み外れた力を持つようには見えない。

そう思うのは、彼女が女だからかもしれないが‥‥

 

「本来の名は、千姫と申します。」

 

凛とした声で名乗り、優雅に一礼する。

まるでその名の通り‥‥どこぞの姫君のようであった。

 

「私は、千姫様に代々仕えている忍びの家の者で御座います。」

 

隣に控えた美女が恭しく頭を下げる。

と土方が苦笑を漏らした。

「なるほどな。やけに愛想がいいと思ってたが、てめえの狙いは最初っから新選組の情報を仕入れることか。」

彼の言葉に、彼女は「さあ」ととぼけてみせる。

「おい、知り合いなのか?」

永倉が二人のやりとりを見て首を捻った。

よく見ろと、原田が顎で美女を指す。

「君菊さんだ。

島原であったときと服装は違うが、顔は同じだろ?」

そう言われて彼は目を丸くした。

「な、なにっ!?」

千鶴も目を丸くして、まじまじと彼女を見る。

確かに、花魁姿ではないが‥‥顔は‥‥そうだ。

見覚えがあって当然だ。

 

千姫は言葉を続けた。

「この国には、古来から鬼が存在していました。」

まるで昔話のようだ。

と千鶴は思った。

「幕府や諸藩の上位の立場の者は知っていたことです。」

驚く事に、

鬼という存在は限られたごく一部の人間には浸透していたようだ。

しかし、ほとんどの鬼たちは人と関わりを持たずに、ひっそりと暮らしていた、と千姫は告げた。

だが、そういうわけにはいかないのが世の常というもの。

 

「鬼の強大な力に目をつけた時の権力者は、自分に力を貸すように求めました。

多くの者は拒みました。

人間たちの争いに、彼らの野心に、なぜ自分たちが加担しなければならないのかと。」

彼らの言い分は正しい。

しかし、

「そうして断った場合、圧倒的な兵力が押し寄せて村落が滅ぼされることさえあったのです。」

見せしめの為。

いや、

敵方にその力を奪われぬ為でもあるのだろう。

従わないのならば殺してしまえ、そういう事なのだろう。

「そんな。」

千鶴は青ざめる。

「鬼の一族は次第に各地に散り散りになり、隠れて暮らすようになりました。

人との交わりが進んだ今では、血筋のよい鬼の一族はそう多くはありません。」

「それが‥‥あの風間たちだと言うことかな?」

近藤が口を開く。

千は小さく頷いた。

「今、西国でもっとも大きく血筋の良い鬼の家と言えば、薩摩の後ろ盾を得ている風間家です。

統領は、風間千景。」

そして、

「東側でもっとも大きな家は――雪村家。」

「え‥‥?」

不意に自分の家名を出されて千鶴の口から声が漏れた。

「雪村家は、滅んだと聞いています。

ですが、その子はその生き残りではないか。私はそう考えています。」

そう告げて、千姫は千鶴を真っ直ぐに見据えた。

「千鶴ちゃん。

あなたには、特別強い鬼の力を感じるの。」

唐突に「鬼」だと言われても‥‥いや、それどころか、血筋の良い鬼‥‥東では強大な力を持つ鬼だと言われても納得

できない。

「でも‥‥私は‥‥」

口ごもる千鶴に、千姫は首を振って、静かに告げた。

「あなたは鬼なの。それは確かなの。」

確信満ちた言葉に、広間は静まりかえった。

皆、それぞれに思い当たる節があった。

風間たちが彼女を狙う理由。

ただの人間の女を狙うというのでは理由にならない。

でも‥‥それが鬼なのだとしたら、納得がいく。

そして、

千鶴も自分の身体、異様に傷の治りが早い自分の身体に‥‥人とは違うものを感じていた。

天霧に言われた言葉だ。

『あなたは傷の治りが人とは違いませんか?』

それを受け入れたくなかった。

自分が人ではないのだと受け入れたくなかったのに‥‥彼女の言葉が否応なしにそれをつきつける。

「純血の鬼の子孫であれば‥‥風間が求めるのも道理です。」

血筋の良い者同士が結ばれればより強い鬼の子が生まれるのですから。

と千姫は言い放った。

「なるほど‥‥嫁にする気か。」

近藤はなんとも複雑な面持ちで頷く。

「風間は必ず奪いに来るでしょう。」

「‥‥」

「今の所、本気で仕掛けてきてはいないようですが、遊びがいつまで続くかは分かりません。

そうなったとき、あなたたちが守りきれるとは思わない。」

きっぱりと千姫は言った。

「たとえ新選組だろうと、鬼の力の前では無力です。」

それは完全なる侮辱の言葉だ。

すいと、

幹部の目つきが鋭くなるのを千鶴は見た。

「無力ってのは、ちょっとばかし言い過ぎじゃねえか?」

永倉が剣呑とした目を彼女に向ける。

そうだぜと隣で原田が頷いた。

「新八の言うとおりだ。

そいつはちっとばかし、俺たちを見くびりすぎだぜ。」

ゆらりと立ち上る殺気。

肌が泡立つほどのそれを突きつけられても、千姫は動じた風はなかった。

それどころか、

「今まで戦うことができたのは、彼らが本気ではなかったからです。」

などと言葉を続ける。

千鶴はひやりとした。

 

確かに、新選組の幹部が軽くあしらわれることだってあった。

それでも彼らはまだ本当の力を出し切っていない。

もし、彼らが本気で戦ったとしたら‥‥

もしかしたら、誰かが倒れてしまうのではないか。

ううん‥‥もしかしたら、誰かが死んでしまうことだって。

 

そう考えると身体が震えた。

 

「言っておくが‥‥」

黙って聞いていた土方が緩やかに口を開いた。

「ここは壬生狼と言われた新選組だ。」

瞳には冷たい色をたたえている。

冷たく、しかし、僅かに殺気をにじませた瞳で。

「鬼の一匹や二匹相手にしたってびくともしねえんだよ。」

静かに言い放った。

空気がさきほどよりも一度下がった気がする。

「そうですね。」

そんな空気の中、沖田はにこにこと笑ったまま口を開いた。

「こっちだってなく子も黙る鬼副長が率いてますからね。」

「おまえは一言二言多いんだよ。」

茶化されて土方はぎろっと彼を見やった。

 

「お気持ちはよくわかりますが‥‥

実際にはそう簡単でないことはわかっているのでしょう?」

ですから、

「私たちに任せてください。

私たちなら彼女を守れる可能性も高まります。」

「おいおい、俺たちじゃ守れないっていうのかよ。」

「あんたらの守れる可能性ってなんだ?確実に守れるって保証がないなら渡す必要ないだろ。」

「それよりも‥‥部外者のあなたが僕たち新選組の内情に口を出さないでくれるかな?」

千姫の申し出を、彼らは口々に拒む。

その言葉は、一様に怒気をはらんでいる。

 

「土方さんは、どうお考えです?」

千姫の隣に控えていた君菊が口を開いた。

「風間たちの力を承知している土方さんなら、姫のお話‥‥おわかりいただけるんじゃありません?」

千鶴をこちらに渡してくださいな。

と艶めいた笑みを向ける。

その笑みを向けられても、土方ははねのけるように表情を険しくし、

「それとこれとは話が別だ。」

とすげなく斬り捨てた。

「相手がどんだけ強いかどうかしらねえが、俺たちが新選組の名にかけて守るってこととは、関係ねえ。」

それに。

と彼は続けた。

「おまえたちが鬼だというのは認めるが、別に信用したわけじゃない。

信用する義理もない。」

「無礼な物言いですね。

千姫様は、鈴鹿御前様の血を引く――

「君菊、おやめなさい。」

侮辱の言葉に激昂する君菊をいさめたのは、静かな千姫の声だった。

静かな声とは裏腹に、反論を許さない響きがある。

それから、一同を見回して困った顔を見せた。

「どうしても‥‥承知してはいただけませんか?」

問いかけに、腕組みをして考え込んでいた近藤が口を開いた。

「雪村君。

君自身はどう思うんだ?」

何よりも尊重してあげなければいけない当人だというのにそっちのけにされている。

しかし問われても千鶴は困惑するばかりだった。

「ま、まだなんとも‥‥」

実際言われてもまだ、納得できていない。

そう答えると、そうか、と近藤はうなずき、

「我々の前では何かと離しにくいかもしれないな。」

どうだろう、と一つ提案をした。

「千姫さんと二人で話してくると言うのは。」

「近藤さんっ、そいつは‥‥!?」

彼の言葉に土方は声を上げる。

反対したのは彼だけではない。

ほかの幹部たちも口々に異を唱えた。

二人きりにした瞬間に何が起きるか分からない‥‥そう危惧しているようで、誰かを立ち会わせるべきだ、と口にした。

 

「この子は無茶なことはしないよ。

ちゃんと道理をわきまえた子だ。」

 

しかし、近藤は笑って、なあ、と千鶴に振った。

 

「皆さんを裏切るようなまねはしません。」

 

千鶴の言葉に、誰もが顔を見合わせる。

 

「仕方ないなぁ、近藤さんが言うんじゃ。」

皆の気持ちを代弁するように沖田が言えば、それから皆は口を閉ざした。

 

「大丈夫です。お千ちゃんは悪い人じゃありませんから。」

安心させるように千鶴は口を開き、千は緩やかに目を細めて「ありがとう」と笑った。

 

 

 

「急にいろんな事を言われて、頭の中が混乱したでしょう?

‥‥ごめんね。」

部屋に入るなり、千姫はくだけたいつもの口調で話し出した。

そんな彼女に千鶴はほっとする。

「ううん、大丈夫。

こっちこそさっきは皆が失礼な事を言ってごめんね。」

「まあ想定の範囲内かな。

いきなりあんな話を信用しろっていうのが無理なんだもん。」

千姫は気にした風もなく肩をすくめた。

「それよりも‥‥私の提案、どうかな?

ちゃんと考えてみてくれる?」

ここを出て、千姫と一緒に‥‥

確かに、鬼の事をよく知る彼女と一緒に行く方がいいのかもしれない。

そうした方が、新選組の皆に迷惑もかけずに済む。

彼らには彼らの戦いがある。

千鶴を守るが故に、それが全うできないのでは困る。

そう、思うが‥‥

「新選組の人は守れるっていっていたけど、私は無理だと思うの。」

確かに。

彼らの力は強大だ。

池田屋で沖田と戦った風間を思い出して、千鶴は唇を噛む。

強い彼が、まるで子供扱いだった。

手も足も出なかったのだ。

隊士の中に死んだ人間もいる。

幹部だって‥‥そうならないとは限らない。

 

「だから、私と一緒に行かない?

あなたは新選組から離れるべきだと思うの。」

 

真剣な眼差しで千姫は言った。

本気で千鶴の身を案じて言ってくれている、それが分かった。

 

「ありがとう‥‥でも‥‥」

 

千鶴は首を縦には振れなかった。

足手まといになる。

彼らに迷惑が掛かる‥‥そう分かっていても、彼女と共に行くとは言えなかった。

 

「ここから、離れたくない理由でもあるの?」

「‥‥うん。」

 

千鶴は小さく頷く。

 

「あらら‥‥

もしかして誰か心に想う人でもいるのかな?」

「えっ!?」

純粋な問いかけに、千鶴は驚きの声を漏らす。

心に思う人。

それ故に離れられないのか‥‥

とそう、訊ねられて、

 

ふと、千鶴の脳裏に一人の顔が浮かんだ。

 

意地悪な、

でも、

時折優しさを見せる、

沖田の顔。

 

彼を思い出して、

ずきりと胸が痛む。

ずきずきと痛むけど‥‥同時に、

心が温かくなるのを感じた。

彼の事を想うと、

苦しくて、

だけど、

幸せな気分になる。

 

ああ、そうだ。

と千鶴は気づいた。

 

「うん‥‥いるよ。」

 

そっとため息混じりに答える。

そうなのだ。

こんなにも胸が痛い理由が今、分かった。

 

自分は‥‥

彼が、

沖田が好きなのだ。

 

そうだ、

だから、

苦しいんだ。

彼が、

ほかの人と抱き合っていたのが。

苦しくて、

切なかったのだと。

 

「そっか‥‥」

千姫は優しく笑った。

「誰なのかまでは聞かないけど、あなたが一人の女として見つけた者がここにはあるんだね。

それなら‥‥」

少し、寂しげに、目を細めて、

「離れろなんて言えないなぁ。」

千姫は笑った。

 

 

 

「結論は出たかな?」

近藤が問いかける。

千鶴が口を開くより前に、千姫が前に一歩出た。

「これまで通り、よろしくお願いします。」

そして深々と頭を下げる。

「姫様‥‥よろしいのですか?」

「ええ、もう決めた事だから。

今は彼女の意志を優先しましょう。」

 

「わかった。

そういうことなら新選組が責任を持って預からせてもらおう。」

近藤の言葉で、堰を切ったように皆が千鶴の元へと寄ってきた。

「まあ大船に乗ったつもりで任せとけって!」

永倉が笑えば、原田が茶化す。

「新八の船は泥船だけどな。

しかし、まあ‥‥良かったな。」

「言っておくが客人扱いする気はないからな。

おまえの待遇は今までと同じだ。」

土方が苦笑混じりにこぼすのに、千鶴ははいと笑った。

そして、

ぽん、

と頭を撫でられる。

視線を向ければ、

「沖田さん。」

彼が笑顔を向けていた。

 

じくと、まだ胸は痛む。

 

「君もよくよく物好きだね。」

と言ってから、目を細めた。

優しい‥‥に向けていたのと同じ、いや、それよりも優しい笑みで、

「残ってくれて、よかったよ。」

 

でも‥‥沖田が優しく微笑むのを見て、

ああ、やっぱり、

と千鶴は目を細めて笑った。

 

自分は彼に惹かれているのだと――

 

それがはっきりと分かった。