蝦夷での彼も、以前の彼と同様‥‥いや、それ以上に忙しい。
毎日机に齧り付いて難しい顔で文書と睨めっこの毎日だ。
時に、食事や、寝る時間さえも削られるほどの多忙ぶりである。
だから「自分に出来る仕事は自分で見つけて片付ける」を心掛けていた。
なるべく彼の負担にならないように‥‥
そう、心掛けていた。
だけど――
「‥‥ふぅ‥‥」
土方は深い溜息を吐き、ぎしりと椅子の背凭れに背を預けた。
今日の仕事は一段落ついたのだろうか?
別の仕事をしていたは疲れたような彼に気付いて、そっと声を掛ける。
「お茶でも、持ってきましょうか?」
声を掛けられ、土方は顔を上げる。
彼女の方を見て、いや、と首を振った。
「喉は渇いてねぇ。」
「‥‥じゃあ、軽く摘める物とか持ってきます?」
またもやいや、と男は頭を振った。
そして何故か瞳を眇めてこちらをじっと見つめたかと思うと、
「‥‥こい。」
唐突にそんな言葉を吐き出す。
はきょとんとした。
来い、という言葉が何を意味しているのか一瞬分からなかったのである。
そんな彼女に苦笑を向けつつ、彼は背凭れに身体を預けたままちょいちょいと手招きをするのだ。
「来い」
こっちに来いという意味だったらしい。
「‥‥」
は呼ばれるままにすたすたと男の傍に近付いていく。
何か用事があるのだろうかと机を挟んで前に立つと、
「こっちだ‥‥」
苦笑で自分の横を指さされた。
隣に来い、というらしい。
これまた何がしたいのか分からない。
首を捻ったまま、だがやはり言われるとおりに従い、机を迂回して、彼の横に立った。
椅子に座っているせいで、いつもと目線が違う。
は見下ろす形になり、土方が見上げる形になる。
「‥‥土方さん、一体‥‥」
なに?
が訊ねようとするよりも前に、
「‥‥」
男の長い指が、
きゅ、
と、
彼女の左手を取った。
「‥‥え‥‥?」
は驚いたような声を上げる。
手を握る‥‥というよりは、戯れに指を絡めるみたいに、男は女の細い指に触れる。
「土方‥‥さん?」
薬指からゆっくりと一本ずつに触れていき‥‥人差し指で止まって、男の同じ人差し指と親指とに絡め取られた。
男は指を絡めながらふっと苦笑交じりに呟く。
「‥‥なんか‥‥落ち着くな。」
な、にが。
問いかけを口にしなければ良かった、そう思ったのは男の次の言葉を聞いてから。
彼はひどく優しい顔で、言ったのだ。
「おまえに触れてると‥‥落ち着く‥‥」
ゆる、
とまるで甘えるみたいに絡めた指を撫でられた。
おまえに触れてると、
落ち着く。
そんな恥ずかしい言葉を、そんな穏やかな表情で言われて‥‥
「っ!」
は空いている方の手で顔を半分覆った。
「‥‥?」
べちん、と音でもしそうなくらいの早さに怪訝な眼差しを向ければ、
「‥‥み、見ないでください。」
小さな手では到底隠しきれないその顔は、真っ赤に染まっていて、
「 おまえ‥‥そういうところ、可愛いよな。」
やはり幸せそうに言う土方の言葉にはなんとも居たたまれない気分になるのだった。
指先から溶ける
こういうところで照れる女(笑)
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