世の中は予想できない出来事がたくさん起こる。
  例えば、親父が勝手に御家人株を売り払ってしまったりとか。
  例えば、あんなに気丈なお袋が病でぽっくり死んでしまったこととか。
  例えば、行き倒れた俺が芹沢さんに助けられるとか。
  それがきっかけで、浪士組の連中と知り合った事とか。
  羅刹の事とか。
  それから、
  それから‥‥

  ああ、そう、一番予想外なのは、
  あいつが――



  「う、わっ」
  踏みだした一歩が滑った事も予想外だった。
  そういえばその廊下は昨夜、沖田たちが俺を脅かすために油を撒いていた所だと気付いたときには遅かった。
  「え?」
  そしてもう一つ予想外だったのはそいつが俺の声に振り返った事。
  お陰で俺は顔面から廊下につっこむなんて事はならなかったけれど、
  「わぁっ!?」
  どしゃんと、派手な音を立てて俺はそいつを巻き込んで倒れ込む事になった。
  膝と手が痛んだ。
  思い切り、板床を叩いた証拠だ。
  有り難い事に、本来ぶつけるはずだった顔を庇う事が出来た。
  固い板にぶつけるはずだった顔は思ったよりも柔らかい何かが受け止めてくれている。
  助かった‥‥
  俺は思わずそこで溜息を漏らす。
  あれでも待てよ‥‥?
  今、俺は、そいつを巻き込んで倒れ込んだって事は下敷きにしているこの身体はそいつの物って事で。
  つまりは俺は今、男に受け止められているって事だよな。
  うわ、それはちょっとばかり勘弁してもらいたい。
  男の身体に顔を突っ込む、なんて悪夢でも見そうだ。
  いや、勿論、巻き込んで悪かったとは思うけれど‥‥

  それにしてはなんだか、思ったより柔らかい。
  まるで真綿にでも受け止められたみたいだ。
  なんだこれ。
  一体俺は何を下敷きにしたって言うんだ?

  顔を上げれば目の前には黄色の衣。
  着物だ。
  そいつの着ている着物。
  ほらやっぱり、こいつを巻き込んだんだろ?
  あれでも待てよ。
  なんか、これはおかしいぞ。
  だってほら。
  そいつの着物の中、何かを入れたように膨らんでるじゃないか。
  もしかしてここに何か隠していたのか?
  あ、そういえば、昨夜猫がどうこう言ってなかったか?
  土方さんに見つかるといけないからどこかに移さないといけないとかなんとか。
  まさかもしかして!
  ここに猫が入ってるとかそういうんじゃないよな!?
  だったらまずいぞ、俺がぶつかったせいで猫が潰された可能性が‥‥

  「お、おい、しっかりしろ!」

  俺は思わず叫び、目の前の膨らみを掴んだ。

  むにゅ――

  すると、明らかに猫とは違う、もっと柔らかい感触が俺の掌に返ってくる。

  「‥‥あ、あれ?」

  猫、というよりはあれだ、つきたての餅みたいな感触。
  程良く弾力があって、それでいて柔らかい、餅みたいな。
  いやでもまさか、餅なんてそんな所に入れるわけないよな。
  永倉や平助じゃあるまいし‥‥そんな隠れてこいつが餅を食うなんて事。

  「‥‥‥‥‥あれ?」

  いや、ちょっと待てよ。
  これ、餅じゃないぞ。
  だって掌に感じるんだ。
  どくんどくん、て。
  人の心臓と同じような音が。
  それにこの温もりは、餅なんかじゃなくて‥‥人の。
  人の身体のものじゃないのか?

  え?
  ちょっと待ってくれよ。

  これって。
  これって‥‥まさか。

  「いつまで女の子の胸を揉んでるつもりかな?」

  その時、ぐいっと、乱暴に、首根っこを掴まれて引き上げられる。
  思わず首が絞まって「ぐえ」と変な声が漏れた。
  しかも、そのままぽいっと後ろに放り投げられて、一回転して結局顔をごちんと思い切り板床にぶつける。
  瞼の裏がちかっと明滅した。
  その後で痛みが頭までじわじわとやってきて、俺は顔を押さえながらがばっと顔を上げた。
  「な、何するんだ! 沖田!!」
  目の前にはいつの間にやって来たのか、沖田の姿がある。
  「なに‥‥って‥‥決まってるじゃない」
  沖田は満面の笑み(だけどなんか怖い)を浮かべて、腰の刀をゆっくりと引き抜いた。
  ちょっと待て! 俺を斬るつもりか!?
  「当然でしょ?」
  「何が当然なんだよ!!」
  「だって‥‥触ったんだよ?」
  沖田は笑顔のまま、言い放った。

  「の、胸。君は触ったんだよ?」

  これは斬られても当然だよね‥‥という言葉に、俺はぎぎぎとその大きな背中の後ろに庇われたそいつを見た。

  立ち上がったらしいは、俺にぶつかられた事で少し乱れた着物を直している。
  そしてその胸元は‥‥やっぱり何かを隠しているみたいに、膨らんでいて、

  「お、おんなぁあああああ!?」

  「煩いよ、君。」

  絶叫に続いたのは沖田の無情な蹴りの一撃だった。




  「井吹‥‥てめえ、の胸に顔突っ込んだってのぁ本当か?」
  「そそそそそそ、それは事故なんだって土方さん!」
  「それにの胸も揉んだとかどうとか、聞いたぞ?」
  「は、原田! 拳を下ろせ! それは事故なんだ事故っ!」
  「事故か‥‥それは仕方あるまいな」
  「そう思ってるんだったらなんで刀抜くんだよ! 斎藤っ」
  「うだうだ言ってねえで。男なら潔く、腹ぁ詰めやがれ」
  「だ、だから! 俺は悪くないんだって!!」

  「平助―、君は何も言わないんだね?」
  「‥‥‥‥言えないだろ、オレの立場だと」
  「ああそう言えば、君も、触っちゃったもんね。でも、ほら、一君だって‥‥」
  「総司、余計な事は言うな」

  「‥‥‥ねえ、私の意見は、無視?」


 世の中全て予想外



  リクエスト『龍之介に女だとばれた!?』

  龍之介にが女だとばれるお話です。
  見当違いな事を考えて、最終的に揉んじゃったりしてま
  すので、こいつが一番助平かと←
  きっと龍之介って鈍いからわかんないと思うんですよね
  すぐには(苦笑)
  その後もずっと「嘘だ」とか信じられないんですよ☆
  因みにが女の子だって分かって、の続きがあるんで
  すが、いつかまた書けたらいいなぁ‥‥

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.5.14 三剣 蛍