三番組組長、斎藤一は真面目な事で有名な男である。
まさに仕事一筋。
酒も女も、博打もやらぬ‥‥浮ついた噂の一つも聞いた事がない、というほど実直な男で‥‥
だからこそ、彼がそんな所に佇んでいるのは不思議な光景だった。
京のとある一角。
煌びやかな反物を扱う店の前。
そこに斎藤は佇んでいた。
そうしてじっと、品定めというよりは睨み付けるようにある物を見ている。
着物ではない。
代の上に並べられているのは着物に合わせて造られている結い紐だった。
それらは、勿論男が身につけるような質素なものではなく‥‥
赤や青、黄色に紫といった鮮やかな色合いをし、また、綺麗な玉や細工が施されているもの。
つまり、女物だったのである。
それを彼はじっと見つめていた。
きっとどこぞの女に贈るものなのだろうが‥‥その真剣な様子に店の主人も声を掛けられずにいる。
声を掛けたらうっかり斬り殺されそうな、そんな気迫があった。
「‥‥一?」
そんな彼にあっさりと声を掛けた人物がいた。
呼びかけられ、斎藤はぎくりと肩が震えたのが分かる。
声の主に心当たりがあったから。
そして、その声の主こそ、
「‥‥‥‥」
贈り物を贈りたい女だったから。
些か強ばった顔で振り返った男に、は珍しいなと笑いながら近付いてくる。
「おまえが反物屋にいるなんて‥‥」
「いや、その‥‥」
「あ、もしかして新しい着物でも買いに着たのか?」
そうだよな、もうそろそろその着物だって駄目になるよなと言い、
「ん?」
彼が見ていたものが着物ではなかった事に気付く。
「結い紐?」
「‥‥」
は並んでいた一つを手に取ってみた。
それは綺麗な緑をしている。
「似合いそうだけど‥‥これ、女物じゃない?」
まさか男物と女物を間違える事はないだろうな。
ああでも、彼が気に入ったのならば別に身につけても構わないと思うけれど‥‥
「いや、これは、俺が身につける物ではなくっ‥‥」
指摘に彼はしどろもどろになった。
おや珍しい。
彼が慌てるなどと‥‥
「あ‥‥もしかして、これ贈り物?」
「っ!!」
ぎくり、と誰の目から見ても図星だと分かるような反応に、の瞳が一瞬見開かれた。
「あ‥‥そうなんだ‥‥」
と次に零れる声は、少しだけ戸惑いを含んだ声。
それからすぐに、
「‥‥そっか。
贈り物を選んでたんだ。」
そっかそっかと彼女はやけに明るい声で一人ごちる。
「?」
明るい声なのに、ぴり、と張りつめた空気が漂っていた。
その原因はだった。
にこにこと笑ってはいるが‥‥なんだろう‥‥まるで触れるなと言うかのように、彼女から壁を感じた。
「‥‥‥」
「‥‥」
無言で店先に佇む二人は、もうほとんど営業妨害である。
喧嘩なら余所でやってくれ‥‥と声を掛けたら、絶対に斬られるだろう。
「‥‥‥‥」
なんとも話しかけにくい空気を纏ってはいるが、彼女が自分の発言でそうなってしまったのは分かった。
どうかしたのかと問いかけようと声を掛けた瞬間、
ちゃり、
とは結い紐を一つ、拾い上げた。
それは、深い青の石をつけた結い紐だ。
綺麗だ‥‥と思った。
それから、彼女に似合うと。
「店主、これを一つもらえるだろうか?」
そう思ったら彼女に贈りたくて、思わず店の主を呼びつけていた。
店の奥からおっかなびっくりと言った風に出てきたやや小太りの男は、の手にしたそれを見て、
「は、はい、よろこんで。」
手をさすりながらへこへこと頭を下げる。
「このままで構わん。」
その結い紐を包もうとの方に手を伸ばす店主を遮り、代わりに金をぽんと乗せる。
「あ‥‥っ」
とが慌てて斎藤に結い紐を突き返そうとするので、
「それは、あんたのものだ。」
その手をそっと、優しく包み込むように握った。
「え?」
どうして?とは言いたげに目を丸くしている。
「‥‥贈り物‥‥じゃないの?」
「そうだ。」
彼はこくりと頷く。
じゃあ何故贈り物を自分に?
「もしかして、私‥‥物欲しそうな顔してた?」
これが欲しそうに見えたのだろうか。
違う、そうじゃなくてこれは彼に似ていると思ったから‥‥それだけだったのに。
「ごめん、私、そんなつもりじゃっ‥‥」
「。」
聞いてくれと彼は静かに音を紡ぐ。
「これは‥‥あんたに贈るために選んでいた。」
間違いでも、誰かの代わりでも、哀れみでもない。
紛れもなく、
今目の前にいる彼女にあげるために選んでいた。
「‥‥な‥‥んで?」
その言葉にの顔が歪んだ。
泣き出すような顔だった。
「いつかの‥‥礼だ。」
バレンタインデーのお礼だと言われ、は「あ」と小さな声を上げる。
「ホワイト‥‥デー‥‥」
今日が三月の十四日というのを思いだし、は間抜けな声で「そうかそうだったんだ」と呟いた。
「まさか気付いていなかったのか?」
「いや‥‥だって‥‥その‥‥」
驚いたような彼の問いかけに、彼女は曖昧に笑う。
気付いていなかったらしい。
ああそうか、だから先ほどあんな変な反応をしたのか。
贈り物‥‥と聞いたときに、自分がもらえるものではないと思ったから。
生まれた日でも、記念日でもない。
そんな日に、贈り物をもらえるはずがない。
自分ではない相手に贈るものだと思ったのだろう。
馬鹿な‥‥
と斎藤は苦笑を漏らした。
「‥‥俺が何かを送りたいと思う女は‥‥あんたしかいない。」
そう言いながら細い肩を引き寄せる。
「もらって、くれるだろうか?」
耳元で囁くように訊ねれば、ぱぁっとその頬に朱が散った。
恥ずかしそうに、
だけど嬉しそうな顔でそっと目を細めた彼女は、
「勿論‥‥喜んで。」
と確かに答えるのだった。
ハッピーホワイトデー
斎藤さんは今回ピュアピュアで!
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