「新八っつぁん、ちゃんと買ってきてくれた?」
「おお、勿論だ!」
藤堂の答えに、どん、と永倉が胸を叩いて得意がる。
「ちゃんと、の喜びそうなもんを見繕ってきたぞ!」
自信ありげに豪語する彼だが、正直‥‥藤堂は心配であった。
「‥‥やっぱりオレもついていった方がよかったかなぁ‥‥」
彼の趣味が悪い、というのは以前千鶴への土産で分かった。
会津藩の命令で少しばかり遠出をした時、彼が千鶴に買ってきた土産は得体の知れない不気味な人形だったのである。
それが辛うじて人である事は分かったのだが、正直女の子が喜ぶものではない。
子供なら確実に泣く‥‥というほどすさまじく可愛くない土産を、しかも、彼女が喜ぶと思って買ったのだという。
これでは女に人気がないのも納得できる。
さて、今回はまともな物を買ってきているといいのだが。
「それで‥‥何買ってきたわけ?」
「そいつは見てからのお楽しみ‥‥って事で、のヤツはどこだ?」
早速こいつを渡してやらないとな‥‥と言う彼が小脇に抱えていたのは‥‥あまり小さくはない包みであった。
すげぇ、不安。
藤堂はもう一度、自分も一緒に行けば良かったと思った。
「おう、!」
こんな所にいたのか、と永倉が意気揚々と声を掛ける。
中庭で何やら山崎と話をしていたらしい。
彼は二人に気付くと「それでは」と頭を下げて行ってしまった。
「新八さんに、平助。
どうしたんですか?」
「いや、ちょっとおまえに用があって‥‥だな。」
永倉がにやにやと笑いながらもったいぶったように言う。
そんなものだから、
「ああ、もしかして給金の前借りですか?
こないだしたばっかりだから無理だと思いますよ。」
てっきり給金の前借り要求かと思って、呆れたように首を振った。
「そ、そうじゃねえよ!
そんな何度も給金借りてまで酒を飲んだりしねえって!」
「‥‥私の記憶する限り、そう言って、更に五回くらい前借りしたような気がするんですが‥‥」
じろっと半目で睨まれ、違う今日は違う!と彼は身体全部で否定する。
それなら何のようですか?とは首を傾げた。
「‥‥今日は何の日か知ってるか?」
そんな彼女に、永倉はにっと歯を見せて笑う。
何の日。
今日は三月の十四だったはずだ。
三月‥‥さて、何かあっただろうか。
「あ‥‥花見とかしたいって言ってましたっけ?」
思い当たる事があったので口にしてみたが、まだ桜は五分咲きだ。
花見をするには少し早い。
「ああそういや、花見もしてねぇな‥‥違うっ!」
「それじゃ何?」
「何って、おまえ、今日は三月十四日だぞ!」
んなことは分かってる、とは眉根を寄せてだから、なんですか?と訊ねた。
「ホワイトデーってやつだろ!」
ホワイトデー。
そういう言葉をつい最近聞いた気がする。
はて、一体なんだっただろう。
何か贈り物をするとかそう言う行事だった気がするが‥‥生憎と覚えていない。
おや、なんだっけ?
「‥‥おまえ‥‥やっぱり忘れて‥‥」
「だと思った。」
はぁ、と二人はがっくりと肩を落とす。
このという女は「誰かにしてあげる事」というのは大事でも「誰かにしてもらう事」というのはさほど重要ではないら
しい。
ホワイトデーは、バレンタインデーのお返しとしての行事だというのに、あげた本人はお礼というのを望んではいなかった
ようだ。
「おまえさー、あげるばっかで損した‥‥とか思わねえの?」
「は、なんで?」
なんで損?と言いたげな顔をする彼女に、これ以上何も言う気にはなれない。
はあ、ともう一度溜息を吐く藤堂に対し、永倉は苦笑を浮かべつつ、
「まあ‥‥あてにしてないって気持ちは分からなくもないよな。」
かりかりと後ろ頭を掻き、申し訳なさそうに呟いた。
「俺たち、貰う前にあんな態度とっちまったし。」
まるで危険物扱いをした‥‥というのに、は結局二人の分も作ってくれたのだ。
まあ、勿論開けた瞬間ちょっとびっくりしたし、口に放り込むまでは勇気はいったが、食べてみると美味しかった。
良い意味で、見かけ倒し‥‥だったのである。
「まあ、その詫びも込めて‥‥だ。」
すっと、永倉が包みを差し出した。
「受け取ってくれ。」
俺たちの気持ちだ、と彼はにかっと笑った。
「‥‥え‥‥あの‥‥」
大きな包みを差し出されては目をまん丸くしている。
困惑した表情で、二人を交互に見ていたが、やがて、
「‥‥ありがと。」
少し照れたように彼女は笑って、包みを受け取った。
受け取ってもらった事が嬉しかったのか、永倉は鼻の頭を掻きながらへへと笑っている。
その横で藤堂は興味津々という風に、
「開けて見せてくれよ。」
何が入ってる?と身を乗り出した。
「あ、ちょっと待って‥‥」
「きっと喜ぶぞー」
べりべりと包みを剥がしていく。
思ったよりも、ちょっと重たく、大きい。
一体何を贈ってくれたのかと、何枚も重ねてある包み紙を解いて、それが姿を現した瞬間、
「‥‥‥‥」
「‥‥」
と藤堂は思わず、言葉を失った。
「どうだ!?かっこいいだろ!」
その中一人、永倉だけはきらきらと目を輝かせている。
彼女の手に乗っているのは、鷹の置物であった。
しかも、
今度は、
「木彫り‥‥」
木肌色をした鷹が、大空を飛ぶかのように翼を広げている‥‥置物。
「‥‥‥」
は思わず目をぱちぱちと瞬かせている。
流石の副長助勤殿も驚いているようだ。
「あーもー!やっぱりオレが買いに行けば良かった!」
「え?!なんだ?!駄目か!?これっ!」
頭を抱えて叫ぶ彼に永倉はなんで!?と心底分からないという声を上げる。
もう説明するのも嫌になる。
「なんで置物なんだよ!もうちょっとマシなの思いつかなかったわけ!?」
これなら食べ物の方がよっぽど良かったというものだ。
四条にある評判の饅頭とか‥‥
「なんでだよ!格好いいじゃねえか!」
「格好良くても女の子になんてもの贈るんだよ!
ってもしかして千鶴にも同じ物贈ろうとしてたんじゃないだろうな!」
「千鶴ちゃんには、犬の‥‥」
「却下!!」
やっぱりオレが選んでくる、と飛び出しかねない藤堂の耳に、くすくすという笑い声が聞こえてきた。
「はえ?」
「‥‥?」
二人が見れば、彼女はその鷹を大事そうに抱えながらくすくすと楽しそうに笑っている。
「いいんじゃない?」
これ。
ちょん、と鷹のくちばしを突いてはにこりと目元を綻ばせた。
「‥‥格好いいじゃん。」
「そ、そうだろっ!!」
途端、永倉の表情が明るくなる。
「本気かよ‥‥」
一方の藤堂は信じられないと言う顔でこちらを見ていた。
「な、なあほんとにそんなもんでいいのか?」
もっとマシなものいっぱいあるぞと言うけれど、は首を振って、
「これがいい。」
「‥‥なんで?」
お世辞にも格好いいとも可愛いとも言えない鷹だというのに、何故と訊ねれば、
「なんでも。」
鷹をぎゅっと抱きしめて、本当に嬉しそうに笑った。
そんな顔にどきりとした‥‥というのは、内緒だ。
ラッキーホワイトデー
にとっては気持ちが一番♪
|