「今日の帰りはクレープね」
「何味にするの?」
「ピザ!」
それならピザを食べればいいのに、と斎藤は心の中でだけ突っ込んだ。
恒例の買い食いは、の希望が通る番だ。
昨日はたこ焼き‥‥しょうゆ味‥‥だったから、今日はピザ味のクレープが食べたいとは言いだした。
ピザ味ならばピザを、としなかったのは二日連続でしょっぱい系なので恐らく甘い物好きの沖田に配慮しての事だろう。
好きなようにすればいいのに‥‥と思いながら、沖田と斎藤は、それでもそれぞれが選択肢の多いそれに感謝したもので
ある。
クレープ屋の前には女子生徒が群がっていた。
ふわりと漂うのは甘い甘い香りだ。
思わず、の眉間に皺が寄る。
「甘‥‥」
においで酔いそうだと思った。
元より彼女はあまり甘い物が得意ではない。それは斎藤も同じ事だ。
「何にする?」
一方の沖田は上機嫌と言う風にメニューを見ながら訊ねた。
「僕は生クリームにチョコとアイスのトッピングにしようかな?」
「総司、それは女の子のチョイスだぞ」
「‥‥聞いているだけで胸が焼けそうだ‥‥」
嬉々として甘さの極限に挑戦しようとする友人に、と斎藤は揃って微妙な顔をした。
それを沖田は全く聞いていない。
「一、何にするー?」
とりあえず自分たちも何か選ばなければと声を掛けると、彼はメニューを見もせずに、
「ツナサラダ」
と答える。
彼のお気に入り‥‥らしい。
「ツナサラダねー、じゃあ、私はピザで‥‥総司は‥‥」
「‥‥‥ナッツも入れようかな」
「‥‥先、私らの分だけ注文してくる」
まだ何か入れるらしい沖田を放って、は先に二人分の注文をすべくてくてくとレジへと向かっていってしまった。
とりあえず早く注文して、この甘ったるいにおいから離れたかったのだ。
「うん。美味しい」
チョコアイス生クリームにナッツとチョコチップを加えた、とんでもなく甘ったるいクレープを注文した沖田は嬉しそう
な顔で頬張る。
ふわふわと香るチョコとアイスのにおいにそれだけでお腹一杯、と言った風なと斎藤は無言でクレープに齧り付いた。
「‥‥?」
ふいに斎藤が手を止めて、訝るようにクレープを見る。
「どした?」
「‥‥サラダのソースが変わったようだ」
「え? マジで? ゴマじゃなくなったの?」
「‥‥トマト味だ」
「一口!」
という恒例の言葉に、斎藤も慣れた様子で差し出す。
ぱく、と食いつけば小さな歯形が残り、すぐに幸せそうな笑顔に斎藤は思わず釣られて笑う。
「美味しいー」
「そうか」
良かった‥‥と別に彼が作ったわけではないのだが、そんな言葉が口から漏れる。
「あ、良かったら一も食べる? ピザの味付けは変わってないけど‥‥」
「いや、俺は‥‥」
これで十分だと言って首を振ると、はそっかと手を引っ込めて、ぱくりとピザ味のクレープに食いついた。
「あ、ねえねえ総司。」
一人少し前を歩く沖田に声を掛けると彼はもう手にクレープを持っていない。
「‥‥クレープは?」
「美味しかったよ?」
「違う。食べたの?」
もう、と訊ねれば彼はこくりと当然の如く頷いた。
あの甘ったるいクレープをものの数分で‥‥は半眼でそう、と呟き、なんだか胸焼けがした胸を押さえ、それよりと
話題を変えるように声を上げた。
「ちょっと寄り道して、いい?」
「‥‥良いけど。どこ?」
「本屋」
「ああ、三階?」
クレープ屋があるのは二階のフードコーナーの外。
の用事がある本屋は三階だ。
「いいよ。一君は?」
「構わない」
二人が揃って三階へのエスカレーターに向かおうとするのを、はちょい待ち、と言って引き留める。
何事かと振り返れば、その、と少しだけ言いよどんで、
「二人は、ここで待ってて」
「‥‥なんで?」
「何故?」
の言葉に二人が怪訝に思うのも無理はない。
別に一つフロアを上がるくらい手間ではないし、なにより三人で行動するのが常だからだ。
だというのにどうして今回に限って二人にはここで待っていろと言うのだろうか?
「‥‥‥一人で買いに行きたいの」
は憮然とした面持ちで言った。
それに少なからずショックを受けるのは斎藤で‥‥彼は自分らが嫌がられていると誤解したらしい。
一方の沖田は原因追及に走った。
「もしかして‥‥えっちな本を買うとか?」
「おまえじゃあるまいし。」
「失礼な。僕だって買わないよ、そんなの」
「嘘吐け、こないだ山崎君がおまえの持ち物検査したらエロ本出てきたって言ってたぞー」
「ああ、あれは押しつけられたんだよ、新八さんに」
僕、そっちはあんまり興味ないから、と笑って言いながら、でも、と沖田は声のトーンを変える。
「なんで、一人で?」
「‥‥‥‥‥‥」
「僕たちに言えないような理由なの?」
おまえらだから言えない――
と喉元まで出掛けた言葉をは飲み込む。
彼女が三階に行くのは決して本が目的なのではない。
三階にある、男物のアクセサリーショップに用があったのだ。
そこで以前良さそうなストラップを見つけたのだが、その時は生憎手持ちが無く、今日こそそれを買って帰ろうと思った
のである。
そしてそれは他でもない二人へのプレゼントで‥‥出来る事ならば驚かせてやりたい、という気持ちから、二人には内緒
で買いに行こうと思ったのだ、が。
「。黙ってたんじゃ分からないよ?」
沖田は腰に手を当てて追求しようとするが、はそれを突っぱねるように、とにかく、と強引に話を進めた。
「いいから、ここで待ってろ」
「だから、なんで一緒に行っちゃ駄目なの?」
はきっぱりと、言い放った。
「生理用品を買いに行くから」
それが一番、男二人には効果的ではあったのだが、その言葉を口にするにはいささか声が大きすぎた。
ぱたぱたと足音が遠ざかり、小さな背中が上階に消えていき、偶然にも聞いてしまった通行人が困った顔でやがて歩き出
す頃、
「一君、顔、真っ赤だよ?」
「っ、そ、そんな事はない!」
のんびりとした沖田の言葉に斎藤は真っ赤な顔を慌てて背けた。
目当てのストラップは運良く、二つとも残っていた。
はプレゼント包装をしてもらい、それをコートのポケットに突っ込むと上機嫌でエスカレーターへと向かう。
喜んでくれるといいなぁ、と思いながら歩いていると、エスカレーター脇の広い空間で子供たちがぱたぱたと走り回って
いる姿が目に飛び込んでくる。
何が楽しいのだろうか。
彼らはきゃあきゃあとはしゃぎ回っている。
危なくないかな‥‥
はそのすぐ傍にエスカレーターがあるのを見て、そんな事を思った。
子供というのは好奇心旺盛だ。
手や髪をエスカレーターに巻き込まれても危ないし、下手に乗って落ちても危ない。
親は何をしているのかと顔を上げると、親同士で話に花が咲いたのか、子供など全く気づかずという風に楽しげに話をし
ている。
通行人が迷惑そうに走り回る子供たちを見ている事にさえ‥‥気づかないようだ。
「‥‥まったく‥‥」
は溜息をつきつつ、子供らを避けて近付く。
そうすると階下の光景が目に飛び込んでくる。
エスカレーターの降り口‥‥そこには学生服の二人の姿があって‥‥
総司、一?
彼らは揃って視線を別へとやりながら立ちつくしていた。
手持ちぶさた、という感じの二人は明らかに、人を待っているようだ。
そう、彼女を‥‥だ。
「‥‥っ」
はなんだか可笑しくてふふと笑ってしまった。
ついてくるなと言ったから三階には上がらなかったようだが、だからといってそんなエスカレーターの真ん前で待つか?
子供じゃないんだし、そんな危ない事なんて無いというのに、二人はまるでの保護者か何かのようではないか。
いや‥‥のボディガードといった方が正しいか?
なんとも頼もしいボディガードである。
ちょっと、過保護だけど。
「‥‥?」
不意に二人がこちらに気づく。
二人はの姿を見つけると、それぞれ手を上げたり、ほっとしたように溜息を零したり、という反応を見せた。
そんな二人に、は手を振り返そうとして‥‥
「っ!?」
視界の隅で小さな影がぐらりと傾いだのに気づいた。
視線を落とせば、黄色い幼稚園の帽子がふわりと宙に浮いていて、それと同じ小さな身体が宙に浮かんでいた。
帽子とは違って、明らかに、落下するような形で‥‥だ。
転んだか、躓いたか、押されたか。
とにかく、小さな子供の身体が、
エスカレーターの上に飛びだした。
落ちれば間違いなく‥‥大怪我をする。
「あかりっ!!」
あかりという名前の子供なのだろうか?
母親らしき人の声が聞こえた。
ざわりとざわめくような声がすぐに上がった。
だけど、
それよりも強く、
「!!」
「っ!」
二人の声が聞こえた。
それは、無意識の行動だ。
飛び出した子供を、自分が飛び出す勢いで元の場所へと引っ張り込んだ。
多少乱暴に手を離してしまったが、運良く、放り投げた先にいたサラリーマン風の男が受け止めてくれたようだ。
良かった。
と思ったときには、身体は重力に従って落下する。
やばい、このままだと後頭部をぶつける。
死なないにしても怪我するよな、一応受け身くらい取っておいた方がいいかな、とか、どこか遠くで考えながらスローモ
ーションで流れる景色を見ていた。
青ざめ、驚く人々が見下ろす姿が見える。
そんな彼らを見ながら、
ああ、そういえば‥‥
と今更のように思い出した。
自分には‥‥便りになるボディガードがついていたんだっけか?と。
そう思ったら、何だか大丈夫な気がした。
「なーいすきゃーっち」
身体は、どこも痛くなかった。
数メートル落下したというのに、どこも、痛くなかった。
「何が、ナイスキャッチ、なのさ」
「まったく、おまえという奴は‥‥」
落下したというのにあははと笑う彼女を咎める声が二つ、すぐ傍で聞こえる。
身体は痛くない。
固い床の代わりにに、身体を二つの逞しい腕が受け止めてくれたから。
右を沖田が。
左を斎藤が。
まるで、それが当たり前とでも言うみたいに、二人が受け止めてくれたから。
「無茶しすぎ」
「無茶をするな」
左右から覗き込まれて叱られる。
珍しく怒っているらしい沖田と斎藤の顔は、ちょっと、怖い。
でも、は怖いとは思わなかった。
二人のその怒った顔も、
あそこで女の子を庇って落ちた事も。
だって、
「二人が、助けてくれるって信じてた」
自分にはこんなにも頼りになる人たちがついているんだから。
そう、
ひどく嬉しそうに言われ、
沖田と斎藤は面食らったようにお互いの顔を見合わせるのだった。
私のナイトたち
リクエスト『学園パロの沖田と斎藤とのほのぼの話』
超久しぶりです。
この三人を書くの☆
この三人が集まるとなんというか、割と好き勝手に話が
進んでくれるんですが、今回も勝手に指が動いてくれま
した。
なんだかんだとナイトな二人に、守られる。
このなんともいえない三人の優しい関係を書くのが楽し
くて楽しくて!!
でもこの関係が崩れる瞬間‥‥っていうのはちょっと、
どうなるのか予測不可能ですね。
そんな感じで書かせていただきました♪
リクエストありがとうございました!
2011.6.11 三剣 蛍
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