雪村、最強説――なんてものが巷では広がっているらしい。

  誰が発信源かは分からないけれど、とにかく喧嘩も強くて権力もあって、実はバックに極道がついてるとかなんとか。
  あの、土方先生でさえ私の言葉に従う恐れられっぷりだとか、なんとか。

  先に断っておくけれど、私はいたって平凡な高校生だ。
  勿論バックに極道がついてる、なんて事も無ければ喧嘩も学校ではした事がないっていうか、生まれてこの方喧嘩なんて
  のは総司との口喧嘩くらいだ。しかも私が勝ったとかじゃなく、私が折れたんだから私の負けと言うことになる。
  元来面倒な事に首を突っ込むタイプではないので喧嘩なんぞあっても基本スルーの姿勢だ。
  それに第一土方先生が私の言葉になんぞ従うはずもない。
  割と無理難題を押しつけられて私はそれを細々とこなしているのが現実。
  まあ、あの先生が実は優しいって知ってるから他の生徒とは違って彼を怖がってはいないけれど、とにかく、私が最強と
  いうのは間違っている。

  それが何故、雪村最強説‥‥なんてとんでもない噂が飛び交うかと言うと‥‥原因は、あの男にあるだろう。



  「、ホームルームまでに少し食べておいた方が良い」
  私がぼーっと席について外を見ていると、いつものようにやって来たそいつが私の机の上にとんと巾着を置いた。
  中身は確認せずとも分かる。
  小さなおにぎりと、バナナ、それから、ヨーグルトだ。
  私が毎朝、朝食を抜いてくるのを知っているからこそ、そいつが用意する私の朝ご飯というやつ。
  ご丁寧にそいつの手作りで、おにぎりの具も、ヨーグルトの味も、私好みでなおかつ栄養バランスは満点という徹底ぶり。
  因みに私が作ってこいと言ったわけじゃない。
  それはそいつのお節介という名の厚意だ。
  有り難い。
  有り難いんだけど‥‥それこそが私の最強説なるものを打ち立てる原因となるもので、
  「‥‥あのさ、はじめ」
  私はため息を吐きつつ、そいつを見上げた。
  相変わらず今日もびしっと隙なく身だしなみを整えたその人の姿がある。
  この夏のクソ暑いのにきちんと第一ボタンまで締めて、なおかつネクタイまで締めてるのは学校中探してもこいつくらい
  だろう。
  まあ、風紀を正すための風紀委員をやっている人間が自ら乱すなんて事出来ないのは分かってるけどそれにしたって少し
  くらいは緩む場所があってもいいんじゃないか、と、ちょこっと思う。
  言えば煩いから言わないけど。
  まあとにかく、そいつが私の悩みの種というわけで‥‥
  「毎朝、ありがたいんだけどさ」
  「今朝は具を梅にしておいた。昨日食欲がないと言っていただろう?」
  言った。
  確かに言った。
  そういう些細な事をいちいち覚えて実行に移しちゃう徹底ぶりはすごいと感心しつつ、呆れてしまう。
  おまえは私のオカンか?
  「あ、うん、そうなんだけど。だからさ、私のことはさ‥‥」
  「それから、今日は暑くなると言っていたからこれを、休み時間の始めに必ず採っておけ」
  とんと机の上に乗せられたのはスポーツ栄養ドリンクと、ミネラルたっぷりのお茶。
  「あんたは暑いと極力動かなくなるからな」
  面倒くさがらずに採っておけ、という言葉で自分で用意するよという言葉は遮られる。
  至れり尽くせり‥‥という言葉があるけれど、まさにこれのことだろう。
  有り難い。
  非常に有り難いんだけど‥‥

  1秒の遅れも許さない、1ミリのズレも許さない風紀の鬼――斎藤一。

  そんな彼が甲斐甲斐しく世話を焼けばそりゃ最強説なるものが浮上しても仕方ないのかもしれないが、それが私にとって
  は非常に悩みの種、だ。



  一とはつきあいが長い。
  家も隣同士で親同士が仲が良ければ必然、子供同士が仲良くなるのも早くて‥‥気付くと私はこいつと人生のほとんどを
  共にしていたりする。
  同じく早生まれだけど二ヶ月ほど早い一は私を本当の妹のように可愛がってくれた。
  彼自身が一番下だったせいもあるのか、下というものに憧れていたんだろう。
  そして私は一人っ子だったから兄弟が欲しくて、一を本当の兄貴のように思って懐いた。
  一は小さい頃からしっかりしていて私の世話をよくしてくれて、私もそれが嬉しかったから甘えていたんだけどそれが高
  校になった頃には少しばかり申し訳無い気分の方が先に立つようになってきた。
  何故なら私と一は本当の兄妹ではなく、赤の他人で、なおかつ斎藤一という男は女子に非常に人気があったから。
  無愛想で堅物だけど顔は良い。
  因みに中身も本当に優しくて、多少古くさい所があるけどそれも魅力の一つになる男だ。
  実は最近総司を押しのけて学校で人気ナンバーワンになったくらいのモテっぷりで、幼なじみとして鼻が高い‥‥んだけ
  ど、いかんせん彼が私にかかり切りになっているせいで、彼女になりたい女の子が未だに立候補すら出来ない状態だった
  りする。
  いくら幼なじみで私が危なっかしいからといっても、私にばかり手を焼いていると彼は色々と貴重な体験ってのが出来な
  いような気がするんだよね。
  いや、それ以前に甲斐甲斐しく世話をするせいでついてしまった彼のイメージというのが‥‥だな‥‥

  「一、私の下僕なんじゃない? って言われてるんだけど」
  小さな呟きにずーっとオレンジジュースを飲みながら総司はあっけからんと言ってのける。
  「違わないでしょ?」
  「否定しろよ」
  「出来ないでしょ?」
  彼はだって、とストローを噛みながら続けた。
  「喉が渇いたと言えば購買に飛んでいくし、寒いと言えばブレザーを貸してくれるし、足が痛いって言ったらすかさずお
  んぶでしょ? これが下僕じゃないなら何て言うのか、逆に僕が聞きたいな」
  「‥‥」
  「もし、舐めろって言ったら足も舐めるんじゃない?」
  「んなわけないだろ」
  いくら一でも足を舐めろと言われて舐めるわけもないし、そもそも私がそんな事を言うもんか。
  まあ、それでも総司の言ったはじめの事は全部前例があるだけに否定できないし、それらを挙げれば下僕と言われてしま
  うのも仕方ない気がする。
  でもそれもこれも私が不甲斐ないからだ。
  一のせいじゃない。
  「まあ、一君の過保護っぷりは異常ではあると思うけど‥‥」
  ぎしと椅子を軋ませて総司が手を伸ばす。
  取りやすいようにポッキーの箱を差し出せば、彼はにこっと猫みたいに目を細めて笑い、一本手にとってぱきりといい音
  を立てて囓った。
  「でも、、危なっかしいのは確かだし」
  「‥‥なにそれ、私子供扱い?」
  もう迷子にはならないぞと言うと総司は苦笑を浮かべた。
  昔、本当に昔夢中になって遊んでいる内に自分の居場所が分からなくなった事があった。
  自分でもなんでそんな事になったのか分からず、とにかく元来た道に戻ろうと戻ってみたけどそうすればそうするだけ深
  みにはまって、気付いたら自宅から数キロ離れた所にいた始末だ。
  あの時は一に滅茶苦茶怒られたっけ?
  怒りながら、でも心配してるって分かったから私は申し訳無い限りだった。
  それから一は私を一人で帰宅させないようにした。
  何があっても私と一緒に帰ると決めているらしく、今日だって、彼の委員会が終わるまで教室で待っている状況だ。
  朝は風紀委員の仕事があるので別々だけど、下校はいつも一緒だ。
  家に送り届けるまでが一の仕事なのか、毎日母親が安心だと零していたのを思い出す。
  たまに両親が留守をするときは「うちの子の面倒頼めるかしら」なんて娘が一人留守番してる家に一を上げる程の信頼っ
  ぷりだ。
  そんなのもあってか、一は放課後、学校が終わっても私にかかり切りになってろくに遊べていないんじゃないかと思う。
  申し訳無いと思いつつ、私はこの関係が終わってしまうのが嫌だった。
  あいつに世話を焼かれるのが心地良いというか、申し訳無いけど、安心できるっていうか‥‥そういう風になっちゃって
  るから。
  このままじゃいけないって分かってる。
  一にだって一の思うようにさせてあげないといけないんだって事はさ。

  「幼なじみ離れ‥‥しないといけないのかなぁ」
  小さくしみじみと呟くと、私の手から奪い取ったポッキーを一人でぼりぼりと食べながら、変な顔を私に向けて、
  「‥‥一君って‥‥本当に可哀想だね」
  なんて、これまたしみじみとため息混じりに呟くから私は更に現実を突きつけられてふがいなさに肩を落とした。



  「一、明日から、朝ご飯用意しなくていいからな」

  茜色に染まる通りを歩きながら、私が小さく呟くと隣を歩くそいつの足がぴたりと止まった。
  「それから、飲み物も自分で買うし、寒かったらちゃんと上着も持って行くから」
  「‥‥」
  「だから、私の事はもう面倒見なくて良いから」
  と、私は一気に言ってのける。
  立ち止まった彼に合わせて私も止まって、なんか情けない顔を向けてしまいそうで地面を見つめたままだったんだけど、
  「迷惑‥‥だっただろうか‥‥」
  一の、困惑したような声が聞こえて私ははっと顔を上げた。
  今の自分の言い分では彼の事を迷惑がってやめてくれと言った風に聞こえる。
  そうじゃない。
  私は自分の言葉が足りなかった事に気付いて、そうじゃないと彼を見て‥‥そして、思わず、息を飲んでしまった。
  一は割と表情が顔に出ない。
  勿論、丸っきり出ないってわけじゃないけど、その表情っていうのは解り難いってくらい控えめで、時々見過ごしてしま
  う事だってあるくらいだ。
  その一が、
  なんかすごく落ち込んだって顔をしている。
  なんていうの?
  ご主人様に怒られてしょげちゃってる犬みたいに、しゅーんと‥‥こう、耳まで垂れて、さ。
  なんか、酷く罪悪感を覚えるその様子に私は一瞬呆気にとられ、すぐに慌てて違うと頭を振った。

  「ち、がっ、そうじゃなくっ!」
  「‥‥」
  そうじゃないと言っても一は視線を上げてくれない。
  哀しそうに地面に視線を落としたままで、私はずきずきと胸が痛くて堪らない。
  「違うんだって、迷惑とかじゃなくっ」
  さっきまで何を言おうか考えていたのに途端に頭が真っ白になって、私は軽くパニックになっている。
  「その、一も私にかまけてたら色々と損するんじゃないかなって‥‥だってほら、一ってモテモテだし、彼女になりたい
  って子はいるわけだし」
  「‥‥」
  「それなのに私にかまけて彼女が出来ないとか寂しいっていうか、なんていうか」
  「‥‥」
  「まあ私が不甲斐ないせいで、一は放っておけないんだろうけど、でもほらもう私だって高校生だし!」
  だからさ、
  もういいんだって。
  もう、一は一の好きなようにしたって、良いんだって。
  私の事なんて放っておいて、自分の思うように生きたら良いんだって。

  そう、私は言いたかったんだ。
  確かにその時に。

  だけど、一のキッと睨むような強い眼差しに込められた、怒りとは別の熱く激しい感情に飲まれて、私は自分の想いを全
  て紡げずに、
  ただぎくりと身体を震わせた。
  私は初めて、この日、斎藤一という男が怖いと思った。
  何故なら私はそんな真剣な顔をする彼を見たことがなかったから。
  私が迷子になったあの時とも違う。
  木の上から落ちた時に見せたあの時とも違う。
  怒りの中に込められた私の知らない感情は‥‥兄のそれではなかった。
  妹に対するものじゃなくてそれは、

  「俺は‥‥あんたが妹などと思ってはいない」

  それは、

  「あんたを、ただ一人の女として見ているからだ」

  男が女に向ける感情で。

  私はただただ彼の激しい想いに気圧され、暫くぽかんと何も言えずに佇みやがて‥‥頭に彼の言いたい事が浸透していく
  と、今度は全てを驚きが塗りつぶして私は叫ぶしかなかった。

  「嘘ぉおおおおおおお!?」

  本気で驚く私に、一がさっき以上に傷付いた顔をしてみせたのは‥‥言うまでも無いこと。



  「鈍いって罪だと思うよね」
  「‥‥そうだな」
  「一君も気が長いよね。片想い歴、何年?」
  「‥‥」
  「もしかして、十八ね‥‥」
  「言うな!」


 解り難い下心



  リクエスト『斎藤さんがあれこれ世話を焼いちゃう話』

  べったべたに甘やかすはずがオカンになりました!
  しかもこれ続けたい気分満々!!
  一君が報われるのか報われないのか‥‥とにかく続きであれ
  これさせたくて仕方ないです。
  土方さん同い年のやつと似てますが、土方さんのとは違って
  一がまるっきり恋愛感情を持たれてないって奴です(苦笑)
  それまで兄貴面しすぎたせいか‥‥ただただ安心である場所
  になってしまい、さてこれからこの場をどう打開するかが、
  一君の頑張り処。

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.8.28 三剣 蛍