どうしようかなぁ。

  はうろうろとまるで檻に囚われた獣のごとく、廊下を行ったり来たり繰り返していた。
  朝からずっと‥‥である。

  その手には、いくつかの包みが抱えられており、ふわり、と微かに甘い香りがした。

  昨夜、どうにかこうにか出来上がった渾身の「チョコレート」である。

  可愛らしく、色とりどりの紐で飾り付けてみたものの‥‥正直、不安であった。
  それを、皆に渡すのが。

  とりあえず包んでいるおかげで、中のチョコレートの形状とやらは隠せるのだが、開けるとちょっと‥‥いやだいぶ驚く
  ような形をしている。

  「‥‥源さんとか、開いた瞬間心臓止まっちゃったらどうしよう。」

  当人が聞いたら、そこまで年を取っていないと怒られそうだが、それほど、見た目がよろしくない。

  それに彼女が不器用‥‥というのは前回ので幹部全員に知れ渡ってしまっている。
  それ故に、渡したはいいが嫌な顔をされたらどうしようかと思うと、怖くて堪らない。
  ああ、世の中の女の子というのはこんな不安を抱えながら生きているのかと心底彼女らを褒め称えたい気分だった。

  「。」
  なんて考えていると、唐突に声を掛けられた。
  思わずぎゃあ、などと声を上げて飛び上がりそうになり、
  「っ!?」
  振り返るとそこに斎藤が立っていて更に声を上げて、逃げ出しそうになった。
  「は、ははは、はじめっ」
  いつの間に‥‥という声が震えて出てこない。
  彼女らしからぬ動揺っぷりに斎藤は眉根を寄せ、
  「食事の用意が出来たから呼びに来た‥‥
  こんな所で何をしている?」
  と答えた。
  そういえば朝ご飯をまだ食べていない。
  そろそろ行かないと誰かが呼びに来ると思ってはいたが‥‥

  「‥‥それは?」
  硬直するの腕いっぱいに抱えられているそれに気づき、斎藤が声を掛けてくる。
  「え?いや、な、なんでもない!!」
  これは彼らに贈るチョコレート‥‥だというのに、彼女は何でもない、と言ってそれを自分の背中に回してしまう。
  その弾みに一個がぽんっと腕から零れ、
  「あ、わっ!」
  ころころと斎藤の足下まで転がってしまう。
  しかも、それこそが彼にあげようと思っていた、一番綺麗に出来た物だった。

  「‥‥」

  斎藤は包みを拾い上げると、ふわんと微かにする甘い香りに双眸を細めた。

  それには見覚えがあった。
  今朝、千鶴が朝食の前にくれた物と同じだったからだ。
  ただ、大きさは全然違うし、包み方も違う。
  不器用ここに極まれり‥‥‥といった風貌の贈り物だ。

  「‥‥っ‥‥」

  じっとその包みを無言で見つめる彼が、何を考えているか分からない。
  ただ、彼の手の中に不格好な自分の贈り物があるというのがひどく居たたまれない。
  居たたまれないが‥‥それは紛れもなく、彼への気持ちを込めたものだ。

  日頃の感謝と、
  特別な気持ちを込めた、
  大事な贈り物。

  受け取ってもらいたいとは思う。
  でも、
  それはあんまりに不格好な贈り物。

  「い‥‥いらなかったら‥‥捨てて。」

  はぽそりと呟いた。

  なに?
  と斎藤は視線を上げての方を見る。
  彼女は視線をふいっと落とし、自嘲じみた笑みを浮かべながら続けた。

  「それ‥‥一番綺麗に出来たやつなんだけど。」
  「‥‥」
  「一番で‥‥その程度だから。」

  はは、と彼女は笑う。

  「気持ちは‥‥めいっぱい込めたんだけど‥‥」
  中を開けたら、本当に気持ちが籠もっているのかと疑いたくなるような形状をしている。
  気持ちは籠もっているけれど、

  「もし‥‥食べられそうになかったら捨てて。」

  あんな不格好な物‥‥食べなくて良い。
  食べて欲しいけど、食べなくて良い。

  はそう言って、くしゃりと力無く笑うと、

  「じゃ私‥‥」
  用事があるからと言って、踵を返そうとするのを、

  「分かった――」

  斎藤の静かな声が止めた。

  掌に乗せたそれを男はそっと、まるで壊れ物でも扱うかのように優しく包み込み、

  「‥‥あんたの気持ち‥‥大事にする。」

  目元を微かに赤く染めて笑う斎藤に、

  「あ、ありがと。」

  の方が何故か礼を述べてしまった。


  「ああでも、ちゃんと食べてね?」
  「大切に仕舞っておく。」
  「いやいや、ちゃんと食べろ!腐るから!!」
  「折角のあんたの気持ちを簡単に口にするわけにはいかない。」
  「それ食い物だから!!」



ハッピーバレンタイン



なんか腐るまで大事にしてそうなイメージ。